JCO臨界事故から4年 中性子線被曝の隠された人体影響 |
最悪の中性子線被曝事故、JCO臨界事故からまもなく4年が経とうとしている。国は、この事故によって周辺住民への健康被害は起こらないと決めつけ、人体への影響を全く無視してきた。JCO事故では放射線の9割を中性子線が占めた。これだけの中性子線が多数の住民を被曝させたことは歴史的にも全くない。その影響は全く未知のものである。中性子線被曝がどれほど危険なものか。ガンマー線と比較してどれほどの危険率を見積もればいいのか。これに対して、「1986年の原爆放射線の見直しによって・・・中性子の人体影響評価の基準は消滅した」(*1)というのが、国を擁護する科学者でも認める事実である。 いったい何が起こっているのか、どのような影響がでているのか、そのことを一つ一つ調べていくという姿勢がなければ何も解明されない。被害者は切り捨てられるだけである。実は、事故による人体影響を示しているいくつかの事例が存在している。しかし国や茨城県はこれらの事実を隠してきた。改めてもう一度、これらの事実を問題にしたい。 その1 周辺住民に血液リンパ球の染色体異常が検出されていた 周辺の住民や救急作業に当たった消防士、JCO作業員ら43名から採血を行ない、血液中リンパ球の染色体異常を分析。染色体異常が検出され、それから求められた被曝線量は全体的傾向として、旧科技庁が算出した被曝線量よりも高く、旧科技庁の線量評価より5〜8倍も高い可能性が示されている。 この研究は、佐々木正夫氏によって行われたものである。氏はJCO事故で設置された原子力安全委員会・健康管理検討委員会の主査代理まで務めた人物である。 図1は佐々木氏らの研究結果をグラフにしたものである。横軸の「旧科技庁線量」は事故後に行動の聞き取り調査等によって当時の科技庁が推定した個々人の被曝線量である。これに対して縦軸がこの研究で血液リンパ球の染色体異常から求めた被曝線量である。両者が同じ評価になる場合には図中の「RBE=10」という線上に乗ってくる。旧科技庁が中性子線の危険度をガンマー線の10倍(RBE=10)という値を採用したためである。誤差が大きいため染色体異常が0個で縦軸が0のデータも多いが、線量が評価できたデータではRBE=10ではなく、RBE=40の線の付近に分布している。当の佐々木氏は言う。「現行の防護基準としてはRBE=10、また国際放射線防護委員会の1985年パリ声明ではRBE=20がある。国際放射線防護委員会1990勧告では、最大値をRBE=20として中性子のエネルギー低下とともにそれより低い値が採用されている。しかし、低線量被曝の影響評価には極限RBE(線量が限りなく小さくなった場合のRBE)が重要となってくる。我々は核分裂中性子の実験から、この極限RBEは50〜60という値を得ている。今回の被曝住民における高い染色体異常の調査結果はこのような高いRBEとして理解できる。最近Schmidらは565keV中性子の極限RBEとして76という値を報告している。放射線防護の基本となる基準が低線量被曝であることを考えれば、中性子の生物学的効果に関する基準は見直すべき段階に来ている。」(*1)(下線は引用者) つまり、従来の線量評価より5〜8倍程度の危険度を見積もる必要があるというのである。 その2 DNAが損傷したときに尿中に排出される物質が正常範囲を越えていた 旧厚生省から依頼を受けた聖マリアンナ医科大学の山内博助教授は、350m圏内で事故当時働いていた27人と、住民123人の尿を分析。放射線などでDNAが損傷したときに尿中に排出される「尿中8ヒドロキシル2デオキシグアノシン」の濃度を測定していた。この結果、27人中5人と123人中3人の計8人が、正常値の上限を上回る数値を示した。この調査の対象になった150人にはJCO内で働いていた作業員は含まれておらず、事故直後に行われた周辺住民の健康診断で採取された尿を検査対象としたものである。 同助教授は当初この値を「心配ない」と見ていたそうだが、その後DNA損傷の進み具合を検討し「事故5日目から影響が顕著になる」と判断。「8人の検体は2−4日後に採取されたもので、正確な検査には早すぎ、この後さらに高まった恐れが強い」として茨城県に強く再検査を勧めた。しかし、県は本人にも東海村にも伝えず、再検査もしなかった(*2)。 その3 事故直後の血液検査で異常値が多くて「びっくりした」 2002年5月、地元の臨界事故被害者の会と茨城県との交渉で、こちらが「びっくりする」発言が飛び出した。茨城県の設置したJCO事故の健康管理委員会の委員長である大倉医師(県立中央病院副院長)は、事故直後の検査結果について、「正直なところ最初に(実際の検査結果の)データを見たときに非常に幅があること
以上、見てきたように人体への影響を示す事実が存在している。ところが肝心の健康管理検討委員会では、これらが一切取り上げられていない。リンパ球の染色体異常を研究していた佐々木氏本人が委員であったにもかかわらずである。この矛盾は一体どういうことだろうか。氏は言う。「(研究の難しさの)第三は、事故の人体影響の具体的事例として、興味本位のマスコミの関心が異常に高いことである。このような社会的関心の中で純粋に学術的な解明を進めなければならない」(*1)と。「純粋に学術的な」範囲では論文を発表し自己の業績にする。しかし一般の人々には、その重要な内容をわざと知らせない。「50mSvだったら・・・たばこを10日間に1本吸うくらいだ」――これが委員会での氏の発言である。本当は影響が出ていることを知りながら、人体影響などあるはずがないという、これほど不誠実な態度があるだろうか。氏にとって事故被害者は実験材料に過ぎないのだろうか。このような犯罪的なことが許されるはずがない。 大泉夫妻がJCOを相手取り民事裁判を起こして丁度1年を迎えた。中性子線被曝による人体影響はないという国の主張が、いずれ裁判でも問題になるに違いない。それを打ち崩すため今後も協力していきたい。 参考文献: *1 佐々木正夫ら(2000)「被曝住民の健康管理のあり方と国際基準 -放射線生物学の立場から-」長崎医学会雑誌75巻, 118-120. 佐々木正夫ら(2000-3)「臨界事故の環境影響に関する学術調査研究 II. 人体影響評価」科研報告書, 98-115 * 2 神戸新聞 1999年11月8日 |