=維持基準どころではない=
シュラウドの2周に渡るひび割れを放置した無謀な運転

(福島第一原発3号機 1996-1997)
福島老朽原発を考える会 S


 東電は不正を行ったことは謝罪しましたが、安全上の問題はなかったとし、この点については一切謝っていません。しかし、その根拠として示した安全評価は全て、部分的なひび割れについてのものです。シュラウド交換前に、全周に渡るひび割れを隠した上で、これを放置しての運転が行われていたことについては、当時どのような安全評価を行い、誰が何を根拠に運転の継続を判断したのかについて一切明らかになっていません。実際には、極めて危険な運転が行われていた可能性があります。その一例が福島第一原発3号機の1996年から1997年までの1年間の運転です。こうしたものの真相解明なくして、どうして再発防止策が語れるのでしょうか。維持基準の遙か以前の問題です。

■1994年には全周に渡るひび割れが見つかっていた
 東電の不正事件で当初発表された29件の中で、最も危険と思われるのが、福島第一原発3号機の1996年から1997年にかけての運転です。保安院の中間報告には、

「1994年9月〜1995年2月(H6.9〜H7.2)に第14回定期検査が行われた際…シュラウドの点検を受託したGE社は、H1、H2、H4、H6の溶接線にインディケーションを発見し、発電所保修部門に報告した。UT検査(超音波探傷検査)で確認したところ、H6近傍のひび割れ及びインディケーションがほぼ全周にわたって観測された」

 とあり、1994-95年の段階で既にH6(シュラウド下部リング部)のひび割れが全周に及んでいたことがわかります。同じ時期に隣の2号機のシュラウドでは、全周に及ぶひび割れがシュラウド中間部リング(H3)に発見され、こちらの方は公表した上で、ブラケットという補助金具をあてる修理を行っています。
 ところが、中間報告の続きに「いずれも最大深さは22〜26mm以下であった。このため、発電所保修部門では、いずれも国への報告や修理の必要のない程度のものであると判断し、対策を講じなかった。」とあるように、3号機では何の対策も講じていません。この時点で2つの疑問が生じます。

@ 全周にわたるひび割れを放置しての運転を認めた根拠は何か?
 東電が不正事件の発表の際に示した安全評価は、米国機械学会の規格の方法に従ったもので、1994年当時もGEはこれを用いていたようです。しかし、この方法は亀裂の貫通を想定するので、部分的なひび割れの評価には使えても、全周に及ぶひび割れには適用できません。東電は当時、何を根拠にして、全周に及ぶひび割れを放置しての運転が問題ないと判断したのでしょうか?

A 隣の2号機は修理したのに3号機を修理しなかったのはなぜか?
 2号機については、「強度を確保する」との理由で修理を行っています。これは、修理を行わなければ必要な強度が確保されないことを意味します。ひび割れの深さ26mmといえばこのシュラウドの最小肉厚38mmの70%に達しています。それに、時間が経てばさらに深くなることは明らかです。
 一つ思い当たるのが、2号機で行ったブラケットという修理方法が、シュラウドの中間部リング部にしか使えない修理方法であるということです。3号機でひび割れが見つかった下部リング部(H6)については、当時修理方法がなく、そのために放置したのではないかという疑いが頭をもたげます。

■2周にわたるひび割れを放置しての無謀な運転
 1995-1996年の定期検査では、全周に及ぶひび割れが、2周に渡っており、深さも30mm程度に成長していることが確認されます。保安院の中間報告をさらに読み進めると、

「1995年12月〜1996年4月(H7.12〜H8.4)に第15回定期検査が行われた際、再びシュラウドの点検作業を担当したGE社は94年の測定データを再評価した上で、UT検査を行いH6aとH7に全周にわたるひび割れ(最大深さ30mm程度)があることを発電所保修部門に報告した。」

 とあります。これでいよいよ公表して停止か、と思いきや、なんとまた「異常なし」として運転を継続してしまいます。

「GE社は、次回定期検査までは運転を継続しても支障はないという評価を行ったが、この時点でも発電所は、特段の対策をせず、また、国への報告も行わなかった。なお、この回の検査結果についても、英語版報告書には記載があるひび割れにつき、日本語版報告書では「異常なし」と記載されている。」

 GEも「次回定期検査まで」という限定をつけての運転容認です。そして、1997年に、東電は、この2周にわたるひび割れを隠したまま、「予防保全のため」という名目で、シュラウドの交換を行います。

■東電自身の評価方法に従っても安全性は確認されない?
 問題なのは、1996年に定期検査を終えてから1997年にシュラウドを交換するまでの1年間の運転です。シュラウドのひび割れの状況を整理すると

・シュラウド下部リング部(H6a)とサポートリング部(H7)にいずれも全周に及ぶひび割れがあった。
・最大深さは30mm程度であった。

 となります。当時、何を根拠にこれを放置しての運転を認めたのかが全く疑問なのですが、この1年間の運転は、現在の見地からしても、とても安全性が確認されるような運転ではない可能性があります。

 東電は2001年8月に、福島第二原発3号機の全周にわたるひび割れについて、以下のような評価を行っています。

・ひび割れの進展評価を行うと、深さは約28mmで進展は停留する。
・地震を想定して、シュラウドの必要な最小肉厚を計算すると約9mmである。
・シュラウドの厚みは薄いところでも51mmあり、よって、ひび割れが進展しても必要な最小肉厚は確保される。(ひび割れは、厚みがもっとあるリング部で発生したが、東電は保守的に、すぐ近傍の厚みがもっとも薄い部分で評価している。)

 福島第一原発3号機について、東電の評価方法をもとに考察すると、以下のようになります。

・ひび割れの深さは、30mm程度に及んでいた。運転中にさらに進展が進んでいた可能性がある。同じ材料でできた隣の2号機は50mmを超えていた。
・福島第一原発3号機のシュラウドの厚みは薄いところでは38mmしかない。東電の評価方法に従えば、この厚みで評価しなければならない。
・すると残ったシュラウドの厚みは、8mm以下ということになる。これは、地震を想定しての最小肉厚に匹敵するか、それを下回るのではないか。

■交換を巡る思惑により無謀な運転が行われた?
 東電が無謀な運転に踏み切った背景には、「シュラウド交換の決断」があったと思われます。1996年の段階で次のような思惑があったのではないでしょうか。

・シュラウド下部リング部(H6a)やサポートリング部(H7)の全周にわたるひび割れは、当時の修理法(ブラケット)が使えない部分で、これを公表してしまえば運転ができなくなる。
・そこで当時東芝が技術開発を進めていた、シュラウド交換を決断した。
・交換はSUS304のシュラウドすべてで行うことにして、2号機の公表したひび割れ以外はすべて隠蔽し、今はひび割れはないけど、将来起こるかもしれないから、予防保全のため、との理由をこじつけた。
・交換は、ひび割れのひどい3号機を優先したが、ひび割れを隠蔽するために実際に交換するまでの1年間は、危険を覚悟で強引に動かした。

 交換を決めたし、ひび割れは隠蔽したいから、何とか1年間だけ…。東電の思惑により、綱渡りのような運転が行われたのであれば、これはもう絶対に犯罪行為です。

■事の真相を明らかにせよ
 東電は少なくとも、1995年の段階でH6の全周に及ぶひび割れを放置しての運転を認めた根拠、1996年の段階でH6aとH7の2つの全周に及ぶひび割れを放置しての運転を認めた根拠、当時行った安全評価のデータ、誰がその決定に係わったのか、隠蔽と運転継続の動機は何であったのか、を明らかにすべきです。それにシュラウド交換にいたる事の真相が究明されなければなりません。これなくして再発防止策など、議論しようがないと思います。



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