高浜4号疑惑MOX燃料使用差止め裁判の

全面勝利にさいして

 私達原告団は、ついに勝利した。高浜4号疑惑燃料の使用差し止めを求める裁判闘争の力によって、この勝利を勝ち取った。12月16日、関電は、仮処分裁判の決定(判決)が出る、まさに直前になって、データ疑惑を認め、燃料使用を断念した。原告・弁護団の力を結集した裁判の進展が、そこまで関電・国を追いつめていた。彼らは、裁判で負けることを避けるためだけに、自ら断念を表明した。
 この勝利の原動力は、「若狭で東海村を繰り返してはならない」「なんとしても疑惑燃料を使わせない」という原告212名の執念である。気の遠くなるような膨大なデータ入力、イギリスに飛んでの精力的な活動等々、これらが多くの支持と共感を呼び、海外のマスコミ、国会議員をも動かしていった。さらに、立証責任は電力会社にありとした女川一審判決(94年)が訴えのベースとなった。これらすべてが裁判の書面と膨大な証拠として結実した。その意味から、今回の勝利は、反原発運動全体の勝利であり、また国際的な運動の連帯した力による勝利である。


 裁判の決定(判決)は12月17日の予定であった。福井県議会最終日であり、知事の直後の受け入れ表明にけん制をかけることが狙いとなった。しかし、関電は、16日午後5時に記者会見を行い、データねつ造を認め、MOX燃料の使用中止を発表した。11月19日の裁判提訴から1ヶ月。この過程で何が起こり、何が明らかとなったか。一言でいえば、裁判で追いつめられデータねつ造を隠すことができなくなり、責任のなすりつけ合いで、幕を引いたということである。関電・国・安全委員会・英国政府・BNFL等のそれぞれの思惑や裏取引は別として、運動の力によって、判決によって負けることを回避するために、自ら断念するという道を選んだ。しかし、関電は「英国の公的機関が検査データに不正の疑いがあるとしていること、さらに新たなデータの不正が見つかった」との理由しかあげず、自らの責任は棚上げにしたままである。
 最終局面の経過はこうである。グリーン・アクションの精力的な活動により、12月9日英ガーディアンに不正疑惑をつたえる記事が掲載された。同日NII(英国原子力施設検査局)の第3四半期報告書が発表され、データねつ造が濃厚であり調査が続けられていることが記載されていた。10日には清水澄子議員が参議院経済産業委員会でデータねつ造について質問を行った。これに対し通産大臣は、「外交ルートを通じて英国とは確認をとっているが、燃料は大丈夫」とまだウソを言い続ける。12・13日には関電・通産省の職員がイギリスに飛んだ。どうやって幕を引くかの最後の詰めにちがいない。裁判所は13日の最終審尋で「ガーディアンの予想より早く決定を出しましょう。17日に」と。そして15日になって、通産省がNIIの書簡を公表。16日午前中、原告側は、審尋が終了していたためNIIの書簡と新聞記事を参考資料として裁判所に提出。裁判所は急きょ4時から審尋を再開した。参考資料を正式の証拠として採用すること、さらに、関電に反論があれば出すように指示し、決定は来週早々と延期された。そして5時から関電は使用中止の記者会見。原告・弁護団は6時半から全面勝利の記者会見。17日、関電側は燃料の使用を中止するとした上申書を裁判所に提出。原告側は訴えの利益がなくなったために取下書を提出した。
 この流れを決定づけたのは、第1に、裁判闘争の中で、もはやデータねつ造を隠すことができなくなったこと。このことは、関電が答弁書等で、抜き取り検査のデータねつ造に対する反論を一切放棄し、「全数検査で安全は確保されている」という暴論しか展開できなかったことに端的に現れている。抜き取り検査にデータねつ造はないとする自らの11月1日付「最終報告書」もかなぐり捨てている。国・安全委員会も口裏を合わせて「全数検査論」を合唱していた。
 そして、どうしようもなくなって、責任のなすりつけ合いである。通産省は15日になってNII書簡を公表した。そして翌日関電に使用中止を発表させ、輸入燃料体検査の申請を取り下げさせた。データねつ造の事実を隠し続けてきた自らに責任追及が及ぶ時間を与えずに、新聞に関電が頭を下げている写真を大きく掲載させた。安全委員会委員長は、「故意にやられたねつ造など見抜きようがない」と居直ってみせる。関電は、ねつ造をやったのはBNFLだと責任を転嫁。同時にBNFLとは今後も大切な関係を続けることを表明。その上で、BNFLは即日謝罪声明を発表。
 福井県当局は16日、「一体誰を信じたらいいのか」と関電に怒りをぶちまけた。しかし、その言葉はそっくりそのまま、福井県民から知事に返される言葉である。県民の不安や私達の再三にわたる申し入れにも耳を貸さず、17日の県議会終了後に承認の発表を予定していたのは一体だれだったのか。


 今回の勝利の意義は、@年末MOX燃料装荷・1月実施を狙った関電の高浜4号プルサーマルそのものを阻止し断念させたことにある。関電はデータねつ造を認め、4号用燃料8体すべて、3号用燃料も8体すべてを作り直すことを発表した。「時期は白紙どうぜん」。大幅延期を勝ち取った。
 A99年からプルサーマル開始という国の政策を挫折させた。高浜4号はプルサーマル政策のトップバッターであった。トップバッターの挫折は2番手の東電プルサーマルにも波及した。福島県知事は、関電の断念発表当日「国の検査に問題があるのではないのか」と不満を述べ、通産大臣は東電にもデータ確認を要求。ベルギーで製造された東電MOX燃料は、全数検査がなされていなかった。「全数検査で安全性は確認されている」と何度も繰り返してきた通産省が、今度は「抜取検査が品質検査だから、全数データはなくても大丈夫」などと言い出した。もう全く無茶苦茶。2月開始予定の東電・福島T−3プルサーマルも延期せざるを得なくなった。
 B高浜4号MOX燃料は、東海村臨界事故翌日に搬入された。国・電力は、臨界事故後の原子力政策の立て直しの環として、高浜4号プルサーマルをがむしゃらに推進してきた。その象徴が、関電秋山会長の陣頭指揮であった。しかし、11月実施どころか、年内実施という巻き返しの第1弾の出鼻をくじいた。
 CBNFLを存亡の危機にまで追いつめている。今回MOX燃料を製造したのはMDF(8トン/年)という実証プラントである。MDFは高浜3号機のデータねつ造発覚以来工場は閉鎖されている。BNFLは日本からの発注を当て込んで約540億円を投じた巨大なMOX製造工場SMP(120トン/年)を完成させたばかりである。しかし通産大臣や高浜町長までが「BNFLとの契約は当分ない」と言い出した。さらに、ヨーロッパの反対運動によって、2年前スイスに送られたBNFLのMOX燃料で放射能漏れがあったことまでが暴露された。まさにBNFLは「MOXスキャンダル」にまみれている。高浜3号でデータねつ造が発覚したとき、BNFLは現場の労働者3人を首にして乗り切ろうとした。しかし今やBNFLそのものの首が問題になろうとしている。このままでは、SMPの操業許可もおろせず、BNFLの民営化計画も破綻してしまう。あわてた英国政府は、貿易産業省エネルギー局長を日本に派遣し沈静化をはかろうと躍起になっている。


 勝利の意義は、同時に、次の運動の課題をも提起している。関電・国は、データねつ造を認めると同時に「プルサーマルをあきらめた訳ではない。なんとしても進める」と至る所で述べている。次の反対運動の課題は、第1に、高浜MOX燃料の作り直しを許さないこと。それを通じてプルサーマル計画そのものを放棄させることにある。 さらに、再処理を中止させること。プルサーマルを中止すれば再処理の必要などない。とりわけBNFLでは、日本の使用済み燃料は未だ再処理されていないものが多い。これを直ちに中止させること。BNFLとのMOX契約を破棄させるだけではすまされない。これ以上、日本の核のゴミでセラフィールドの環境と子供たちを放射能被害で苦しめてはならない。私達には、これ以上の汚染をくい止めることしかできない。それなしには、真の意味で、英国の運動との連帯はない。12月19日の勝利報告集会で語られたCOREのマーティン氏の言葉は、参加者全員に改めてそのことを痛感させた。さらに、青森の再処理工場への使用済み燃料搬入に反対しよう。国のプルトニウム利用として唯一残されていたプルサーマルがたち行かなくなれば、青森への使用済み燃料搬入は、まさに核のゴミの搬入である。再処理工場が強硬運転されれば、青森でセラフィールドの惨事が繰り返される。どちらにしても地獄でしかない。
 これらを通じて、プルトニウム政策そのものを断念させよう。


 年明けには、関電との大衆的な交渉がひかえている。非公開の仮処分裁判闘争の内容が、公開の大衆的な場で、初めて直接的な論争として行われることになる。データねつ造はないとウソをつき続けた責任を徹底して追及しよう。「全数検査で大丈夫だから安全」という暴論を具体的に批判しよう。そのために、裁判の争点とその内容について学習会を開き、交渉に向けた準備を進めよう。
 さらに、高浜町での住民投票が1月臨時議会に提出される。高浜町の人々に、裁判闘争の内容と関電・国の無責任さを広めていこう。


 高浜裁判闘争は、1ヶ月の短期集中決戦であった。それを可能にした背景には、東海村臨界事故に対する怒りがある。東海村事故後に明らかになったのが、関電・国一体のデータねつ造隠しである。「安全文化の確立」とは、今や、ねつ造隠しのことである。この責任を追及し、暴露していく中から、新たな「プルサーマル反対」「脱原発を」の広範な声を組織していこう。勝利を基礎に運動を拡大していこう。脱原発百人署名は、各地で広がっている。12月中に提出することはできなかったが、1月の提出に向けて準備を開始しよう。
 東海村臨界事故で尊い命が犠牲となった。腐敗しきった国の原子力推進の最大の被害者である。私達は、尊い命の代償の上に、原子力からの撤退を要求していくこととなった。「これ以上の被曝者を出すな」は「これ以上事故による死者を出すな」と。この重みを受け止め、身を引き締めて、脱原発へと向かう力を蓄えていこう。




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