6.議定書交渉の論点−各国の意見の相違
COP1以降、京都での議定書の採択を目指して、6回のAGBMが開催されま した。これまでの会議の結果、議定書の論点はかなり明確になってきました。 その主なものは、以下の通りです。
(1)削減の対象とする温室効果ガスの種類
・CO2のみか、複数のガス(メタン、亜酸化窒素や代替フロンなども)か
・複数のガスを対象にする場合、
ガス毎に目標を決めるのか(ガス・バイ・ガス)
ある換算係数を用いて、合計するのか(バスケット)
*CO2以外は排出量の算出が難しい
*どのような換算係数を用いるのか
(2)ガスの排出量の目標値の計算
・排出量と吸収量とに分けるのか
・排出量から吸収量を引いた値にするのか(正味排出量/ネットアプローチ)
*CO2でも吸収量の算出は難しい
(3)削減目標
・排出量の削減量(地球温暖化防止の効果、実現可能性、公平性、etc)
・各国一律か(フラット・レート)
・各国で差異をつけるのか
*何を基準に差異化を行うのかの意見が多様で、COP3までの限られた時 間でまとまるのか
(4)削減目標の年限
・単年度か、複数年の積算・平均か
・短期か中長期か(2005、2010、2020年)
*対策の先延ばしは急速な温暖化になり、手遅れにならないか、将来世
代の削減幅が増すので世代間の公平性に反しないのか
(5)政策と措置
・各国共通の導入を義務づけるか
・各国の自主性に任せるのか
(6)対象とする国
・先進国のみか
・途上国をどこまで巻き込むか
*新しいOECD加盟国の扱いをどうするのか
*途上国の約束の実施の促進をどう具体化するか
(ベルリン・マンデートでは、途上国に新たな義務は課さない)
(7)議定書の遵守
・削減目標の達成状況や政策と措置の導入状況をどうチェックするのか
・違反国をどう罰するのか
*緩い罰則、勧告程度では、遵守しない国が生じる
*厳しい罰則では、議定書を批准しない国がでるかもしれない
具体的な議定書提案
こうした多くのテーマについて議論がされています。これらのテーマ毎に各国の 利害が絡み、千差万別、削減目標などでは10の異なる提案が出されています。そ の中から、小規模島嶼国(AOSIS)案、アメリカ案、ヨーロッパ(EU)案、日
本案の主な内容を見てみましょう。
(1) 小規模島嶼国(AOSIS)の議定書案について
気候変動枠組条約は、条約の改正や新たな議定書等の提案は、締約国会議の6カ月前までに提案するよう求めています。小規模島嶼国(AOSIS)は、フィジーやモルジブなどのサンゴ礁でできている国々で、地球温暖化による海面上昇により国土の大半が水没するなど、最も大きな影響を受けるといわれています。
こうした国々が提案した議定書案が、AOSIS議定書案といわれているもので、第1回締約国会議までに提案された唯一の議定書案です。世界の気候変動問題に取り組んでいる「気候行動ネットワーク(CAN)」はこのAOSIS議定書案を支持しています。
AOSIS議定書の内容は以下のとおりです。
CO2の人為的な排出を、2005年までに少なくとも1990年レベルから2 0%削減する。
削減目標と期限は、温室効果ガスごとに定める。
(2) アメリカの議定書案について
1997年1月17日、アメリカは議定書案を条約事務局に提出しました。こ のアメリカ案は、先進工業国などに2000年以降の一定の時期からの一律削減 目標や遵守確保のための制裁規定などを盛り込んでいるものの、排出量の取引や 排出量を将来から借り入れる制度なども広く認めようとする案になっています。
アメリカ案の第1の特徴は、複数年を単位として「排出バジェット」という名 称の「排出割当枠」の考え方を採り入れていることです。先進工業国(付属書A 国)の排出バジェットは、その第1期(何年かは未定)は1990年レベルの温 室効果ガスの純人為的排出量(人為的排出量から吸収量を引いたもの)のY%と
し、第2期には第1期より同量かそれよりも少ない量とするとしていることです。
第2の特徴は、そのバジェット期間内に割当量以下に削減した量を「貯蓄(バ ンキング)」して次の期間に使えるとするだけでなく、次の期間からの「借り入 れ(ボロウィング)」を認めていることです(但し、一定の上限を設け、20% の利子がつく)。
第3の特徴は、排出バジェットを採用した国の間での排出量の取引を認めている ことです。アメリカで酸性雨対策にもちいられ、費用削減効果が高かったとされ るものです。
アメリカ案は、このほかにも、付属書A国以外の国で排出バジェット制度に参 加する国として付属書B国を提案したり、付属書AでもBでもない国にも共同実施 についてプロジェクトごとに排出割当量を認めて共同実施の対象国となる提案を したり、温室効果ガスの純人為的排出量を抑制するための「後悔しない対策」を 義務つけるなどの提案をしています。
アメリカ案については、排出バジェットの開始年や期間だけでなく、削減率も 明らかでなく、排出権取引や将来からの借入を認めるなど、これまでのアメリカ の主張にてらせば、対策の先延ばしを容認することになるのではないかとの指摘 がされています。また、対象国を拡大する提案にも、先進工業国についての抑制・ 削減目標を決めるとするベルリン・マンデートをこえ、議定書交渉を困難にする との指摘もなされています。
(3) EU議定書案について
EUは、3月2日から4日まで環境相理事会を開催し、 EU全体として20 10年までに温室効果ガスの排出量を1990年レベルから15%削減すること を合意しました。
このEU案は、次のような提案になっています。
締約国は、個別にまたは共同して、2005年までにr%、2010年までに 1990年レベルから15%削減する。
対象ガスは、当面3つのガス(CO2、メタン、亜酸化窒素)のバスケットアプ ローチ。代替フロンについては、2000年までには対象に含める。代替フロン などのその他の温室効果ガスはまず政策と措置のみ決定。
EUの域内については、2010年までの90年比10%削減分のみ負担部分 を合意。但し、国によっては40%増加が認められる国から30%削減する国ま である(バーデンシェアリング)。
EUの域内についての、2010年目標の残りの5%分と、2005年の削減 目標は今後の協議してゆくとされています。また、アメリカ議定書案にある排出 権取引は時期尚早とされています。
新聞などで報道されたEU議長国オランダの提案では、2005年の削減目標
として90年比10%削減の提案があり、これが今後の協議になってしまったこ と、EUの域内では40%も増加が認められる国があることなどの問題はありま すが、明確な削減目標をEUが提案したことは今後の条約交渉にとって大きな意 義を持つと思われます。
(4) 日本の議定書案について
1996年12月9日、日本政府は、気候変動枠組み条約の事務局に下記のよ
うな議定書案を提出しました。この案の特徴は、「一人当たりの排出目標」と 「総排出抑制・削減目標」とを付属書Iの国が選択できることになっていること
です。
付属書Iの締約国(先進工業国)はCO2 の人為的な排出を抑制及び削減するた めの数量目標として、次の2つのいずれかを選択する。
(a) (2000+X)年から(2000+X+5)年にかけてのCO2の人為的な排出量の 年平均を、一人当たりp炭素換算トン以下とすること。
(b) (2000+X)年から(2000+X+5)年にかけてのCO2の人為的な排出量の 年平均を、1990年レベルからq%以上削減すること。
しかし、この議定書案には、次のような根本的な問題があります。
第1に、この2つの基準はそもそも全く別のもので、この2つの基準の枠組みを 全体として公平性、整合性を持たせることが困難なことです。COP3まであと1年
足らずの間に国際的な合意を得ることは難しいことです。
第2に、「一人当たりの排出目標」によると、人口が増えれば必然的に排出量 は増加することになり、排出総量が削減される保証は全くないことです。さらに、
この提案では、現在、1人当たり排出量がPトン以下の国は、Pトンまで排出量を 増やすことができるとしかよめず、ますます排出総量の削減の保証がありません。
第3に、この提案では、「2000年からX年後から5年間」で目標を達成すれば良いことになっています。この(X)が問題で、この(X)の数値次第、対策が遠い将来に先送りされる可能性があります。また、PQの値によっては、削減議定書と呼べないものになりかねません。
「一人当たりの排出量」は、日本などには有利な案でアメリカのような一人当 たりの排出量が多い国が同意する可能性はほとんどありません。議長国が誰の目 にも時刻に有利に見えるような議定書案を提案していては、まとまるものもまと まりません。COP3の議長国として日本が提案すべき案は、具体的で挑戦的(大 幅)な削減目標と達成期限を取り入れたものであるべきで、その削減目標と達成 期限を達成する政治的に明確な意思と具体的方策を示すことです。実効性ある削 減議定書の採択に向けてのリーダーシップが問われています。
今後の課題
議定書や条約の改正を締約国会議で採択するためには、その6ヶ月前までにその
案を条約の公用語である6カ国語(英語、仏語、西語、露語、中国語、アラビア語)
に翻訳し締約国に配布しなければならない、と気候変動条約は定めています。従っ
て、12月のCOP3の6ヶ月前、6月1日までにその案は6カ国語で配布されな
ければならないことになります。翻訳の作業があるので、各国からの提案は4月1
日までに事務局に提出する事になっています。
新たな提案が再度まとめられ、今後、7月、10月の2回のAGBMだけでなく、
6月のG7先進国サミットや国連環境特別総会その他様々な場で交渉を行い、意見
の違いを乗り越え、妥協の道を探っていきます。それと平行して議定書となった場
合に備えて、投票のルールも決めなければなりません。
締約国会議では、主催国が議長を行うのが慣例となっているので、COP3では
日本が議長国になるはずです。議長国である日本は、その時、自国(その前に省庁
という大きな壁がありますが)の利益にとらわれず、地球環境を保全する上で有効
な21世紀の人々に胸を張れる「京都議定書」をまとめる責務があり、世界中から
注目されているのです。
内容に関するお問い合わせは「kiko97@jca.or.jp」へどうぞ。