前田 朗@歴史の事実を視つめる会、です。
6月27日
1) 昨日の記事です。
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朝日新聞6月26日付
イスラエル首相へ人道法告訴次々
外交への影響を懸念/ベルギー
[ブリュッセル25日=冨永格]
だれもが世界中の人権侵害を訴えることができるベルギー人道法により、シ
ャロン・イスラエル首相への告訴が相次いでいる。首相が国防相として指揮した
レバノン侵攻(82年)の責任を問うものだ。起訴されれば国際逮捕状が出る。
崩壊寸前の中東和平の当事者だけに、7月から欧州連合(EU)議長国になるベ
ルギー政府はEU外交への影響に気をもんでいる。
18日に告訴したのは、レバノン虐殺で生き残った23人。代表して、ブリュ
ッセルの予審判事に告訴状を出した女性(36)は、「この日を待ちこがれてい
た。妹は殺され、私は兵士たちに乱暴された」と涙を流した。
今月5日には、別のアラブ系住民が告訴。こちらは82年の侵攻のほか、昨秋
から続くパレスチナ人への武力行使を「罪状」に含めており、より政治色が濃
い。シャロン首相は告訴翌日にブリュッセル訪問を予定していたが、テルアビブ
で起きた自爆テロへの対応を理由に取りやめた。告訴への不快感も一因とされ
た。
同首相の右派政党リクード内には、パレスチナ自治政府のアラファト議長を同
じ法律で訴える動きもある。
EU議長国は共通外交のかなめ。ベルギー政府は「このままでは人道法が外交
の手足をしばりかねない」(ミシェル外相)として、運用ルールの見直しに乗り
出した。予審判事単独では起訴できないようにすることなどが検討されている。
ただ、運用に政治的な配慮が加われば、人権団体などが「正義のグローバル
化」と評価した人道法に傷がつく。立法を誇りにしていたベルギーにはつらいと
ころだ。
人道法は、犯罪発生地や当事者の国籍を問わずに法の裁きを求められるのが売
り物。
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2) 99年2月に改正されたベルギー人道法違反処罰法は、普遍的管轄権を掲
げました。世界のどこで起きたものであれ、犯行者の国籍がどこであれ裁くこと
ができるというものです。ただ、上の記事が「世界中の人権侵害を訴えることが
できる」としているのはミスリーディングです。訴えることができるのは、ジェ
ノサイドや、人道に対する罪や、戦争犯罪等です。通常の人権侵害を訴えること
はできません。この法改正は、ルワンダのツチ虐殺がベルギーに避難することを
防ぐという問題意識を出発点にしたものです。実際に、この4月から5月にかけ
て、ルワンダから逃げてきた虐殺関与者を裁判にかけて有罪としました。
3) この改正により、世界の人道法違反を裁くことができる形になりましたか
ら、ベルギー政府はイギリス政府にピノチェトの身柄引渡しを要請しました。こ
れは実現しませんでした。また、イランのラフサンジャニ元大統領、モロッコの
ドリス・バリス外相、カンボジアのポルポト派、コンゴ民主共和国のンドンバシ
外相などが告発されています。
4) この法はいま大きな壁にぶつかって、チャレンジを受けているところで
す。1つは、コンゴ民主共和国が、ベルギー政府に抗議して、案件が国際司法裁
判所にかかっています。というのも、ベルギー政府がンドンバシ外相に対する国
際逮捕状を出したからです。コンゴ民主共和国側は、ベルギーの裁判所には普遍
的管轄権は認められない、国際逮捕状は外交官の権利に対する侵害である、と主
張しています。
5)もう1つが、今回の記事のように、政治問題、外交問題と化してしまうこと
です。ICTY(旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷)のように、国連(特に欧米
諸国)の圧力とNATO軍の実力に支えられているケースとは違って、ベルギー
は軍事力ではなしに普遍的管轄権の行使を試みています。となると、被告人の身
柄拘束もなかなかできませんし、他方で、相手国との外交問題になってしまいま
す。現に、イランもベルギー批判を繰り返していました。また、イスラエルとパ
レスチナとなると、記事にもあるように、告訴合戦になってしまう可能性があり
ます。