前田 朗@歴史の事実を視つめる会、です。
5月21日
1) 九州大学で日本刑法学会が開催され、5月20日午後のワークショップで
は「人道に対する罪」を取り上げました。問題提起は4本。
安藤泰子「人道に対する罪の国内立法化――各国の状況」
フィリップ・オステン「人道に対する罪の国内立法化――ドイツ」
前田朗「ベルギー国際人道法違反処罰法」
西原春夫「国際刑事管轄権」
2) 慶応大学大学院に留学中のオステンさんの報告で、5月2日に、ドイツ司
法省の専門家委員会が「国際刑法典草案」を司法大臣に提出したことが紹介され
ました。内容は、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪について世界主義に
立って普遍的管轄権を認めたドイツ国内法の草案です。「国際刑法典」という名
称ですが、国際社会の国際刑法ではなく、ドイツの「国際刑法典」です。対象犯
罪は、広義の戦争犯罪であり、それ以外のテロや麻薬等の国際犯罪は含まれませ
ん。つまり、ジェノサイドや人道に対する罪等の広義の戦争犯罪については、そ
れが世界のどこで行われたものであれ、被害者の国籍がどうであれ、被疑者の国
籍がどうであれ、すべて重大な国際犯罪であり、ドイツの裁判所に管轄権を認め
るというものです。ナチスによるユダヤ人迫害の歴史に対するドイツの反省は、
これまでは、国内刑法による一貫した刑事訴追や、ユダヤ人団体への損害賠償、
強制連行被害者への補償等によって世界に示されてきましたが、今回は、ジェノ
サイド等は世界のどこで行われたものでも許されない重大な国際犯罪だとするも
のです。「国際刑法典草案」は、おそらく夏には議会に提出され、早ければ年内
に成立する見込みです。なお、草案は近日中には公開される模様です。
3) 同様の普遍的管轄権は、1999年2月のベルギー国際人道法違反処罰法
が口火を切ったものです。これについては、前田朗「ベルギー国際人道法違反処
罰法」Let’s30号(日本の戦争責任資料センター)参照。ベルギーは、4月1
7日に、ルワンダで虐殺に関与して、ベルギーに逃げていたルワンダ人を身柄拘
束して、ブリュッセル地裁で裁判を始めました。5月10日のNHKの衛星放送
BS23で取り上げられた通りです。今月中にも判決が出るのではないかとのこ
とです。外国人が外国で犯したジェノサイドや人道に対する罪について、ベルギ
ーの裁判所で、ベルギーの検察官が起訴し、ベルギーの裁判官と陪審員が裁くと
いう普遍的管轄権の具体的行使です。その有効性については現在、ハーグの国際
司法裁判所において審理中でもあります。ベルギーに次いでドイツが動き始めま
した。今後、EU諸国にどう影響するかが注目されます。