前田 朗@歴史の事実を視つめる会、です。
4月8日
1) 4月2日に公表されたクマラスワミ報告書の文書番号は、E/CN.4/2001/73
です。クマラスワミ「女性に対する暴力、その原因と結果」に関する特別報告者
は、1994年の人権委員会で任命されて、1995年の予備報告書以来、毎回
多数の報告書を出してきました。国連は1993年に「女性に対する暴力撤廃宣
言」を採択しています。「女性に対する暴力」は、家庭における暴力、共同体
(コミュニティ)における暴力、国家による暴力の3つの柱で整理されていま
す。そこで、クマラスワミ特別報告者は、96年と99年に家庭における暴力、
97年と2000年に共同体における暴力、98年に国家による暴力を取り上げ
て、今回再び国家による暴力を取り上げました。
2) 日本軍・性奴隷制(「慰安婦」)問題については、95年の予備報告書に
おいて、歴史的事実について被害者が訴えていることを記録しています。96年
の「慰安婦」問題報告書では、朝鮮・韓国・日本での調査を踏まえて、日本政府
に法的責任があり、これを受け入れること、調査して資料を公開すること、被害
者に書面で謝罪すること、被害者に賠償すること、責任者を処罰すること、教育
で教えることを勧告しました。98年の国家による報告書では、アジア女性基金
の活動や日本国内の裁判の動きを取り上げて、日本政府が法的責任を認めていな
いことを記録しています。
詳しくは、クマラスワミ『女性に対する暴力』(明石書店、2000年)、戸
塚悦朗『日本が知らない戦争責任』(現代人文社、1998年)、前田朗『戦争
犯罪と人権』(明石書店、1998年)、同『戦争犯罪論』(青木書店、200
0年)参照。
3) 今回のクマラスワミ報告書は全文45頁、本文33頁。主に、国際刑事裁
判所規程、ICTYとICTRの判例分析、各地の女性に対する暴力の被害事例
などが書かれています。以下には、クマラスワミ報告書の中から日本に関連する
箇所を紹介します。日本に関連する箇所は3個所あります。第一に、冒頭の「要
約」に「慰安婦」問題が登場します。第二に、第四章の中の「H 国連平和維持
軍/基地」という項目に沖縄が出てきます。第三に、「慰安婦」問題の状況が書
かれています。
4) 報告書冒頭に全体の「要約」(4−5頁)がありますが、その最後の段落
は以下のようなものです。
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特別報告者は、強姦その他の性暴力を行った者には法的責任があり、処罰されな
ければならないという国際共同体の認識と、国際人道法と人権法を施行し、その
違反者の責任を問うべき国連加盟国の政治意思との間には、いまだに重要なギャ
ップがあることを強調したい。第二次大戦時の日本の軍隊奴隷制を実行したもの
がいまだに処罰されずにいることは、過去の強姦や性暴力に責任ある者を国連加
盟国が捜査、訴追、処罰することができずにいる多くの事例の一つにすぎない。
処罰がなされないことが、今日も女性に対する暴力を行っても不処罰のままの環
境をもたらしている。本報告書に記載された暴力が捜査され処罰されるか否か、
こうした行為が将来は予防されるか否かは、結局は国連加盟国のしっかりしたコ
ミットの有無にかかっている。
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5)次に、クマラスワミ報告書の「第四章 女性に対する暴力と武力紛争に関す
る総論的問題(1997年―2000年)」に次のような記載があります。
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H 国連平和維持軍/基地
61 日本(沖縄)、フィリピン、大韓民国の女性たちは、それらの国における
米軍基地と軍の存在が、強姦と性暴力の危険を増加させていることに関心を表明
している(74)。例えば、2000年11月8日、米軍兵士がソウル高等裁判所で6年
の刑事施設収容の有罪を言渡された。理由は、セックスを拒んだ31歳のウエイ
トレスを絞め殺したことである(75)。民間住民の近隣に基地が存在すること
が、この種の暴力の危険性を高めている。重要なことは、ホスト国(受入れ国)
と軍隊指揮国(派遣国)が、こうした暴力を予防するのに必要な用心をし、ひと
たび暴力が行われたなら迅速に犯行者を訴追し処罰することである。
註
(74)日本NGO報告書準備委員会『女性2000:日本NGOのオルタナティ
ヴ・レポートWomen2000:Japan NGO Alternative Report(13 August 1999)』。
2000年6月の国連総会特別会期「北京+5」のために準備された報告書。
(75)「米軍兵士、バーメイド殺害で6年の刑事施設収容を言渡される」The
Korea Herald,8 November 2000.
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6) 最後に「慰安婦」問題です。本文および註をまとめると、98年以後の状
況を概括して、アジア女性基金では責任をとったことにはならないことを示し、
日本政府の法的責任を確認し、クマラスワミ96年勧告と、マクドゥーガル98
年勧告が全然実行されていないとし、「女性国際戦犯法廷」を記録しています。
以下、パラグラフ92−96です。
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日本。「慰安婦」のための正義に関する発展。
92 日本政府は第二次大戦時における婉曲的に「慰安婦」と呼ばれた組織され
た性暴力制度について道義的責任を認めたにもかかわらず、法的責任を受け入れ
て被害者に賠償を支払うことを拒否している(115)。特別報告者が1996年
に行った一連の勧告(116)を実施する試みもなければ、人権小委員会の特別報
告者が、「武力紛争時における組織的強姦、性奴隷制、奴隷類似慣行に関する最
終報告書」付録で行った勧告(117)を実施する試みもない。
93 「アジア女性基金」の2000年12月の報告書によれば、この民間基金
は、被害者に補償を支払い、被害者への援助プロジェクトを行うために設置され
たものであるが、日本国民による償い金プロジェクトは、総理大臣のお詫びの手
紙と200万円の補償を受け取るものにかかわる。これまで170人の元慰安婦
が償い金を受け取っている。さらに、基金は、第二次大戦や女性に対する暴力に
よって影響を受けた女性や高齢者に対するその他多くの賞賛されるべき援助活動
を行っている。
94 近年、性奴隷制の被害者の中には、日本の国内裁判所に訴訟を提起してい
るものがいる。その多くの事件が係属中である。すでに判決が下された事件につ
いては、結論は明らかに混乱している。3人の慰安婦は1998年4月27日、
山口地裁下関支部によりそれぞれ30万円の支払いを裁定された。裁判所は、こ
の女性たちが性奴隷として拘禁されつづけ、彼女たちの人権が侵害されたことを
認定した。裁判所は、日本政府にはその女性たちに賠償する法的義務があり、女
性たちが被った苦痛について賠償する法律を国会が制定していないことは、「日
本国憲法および制定法に違反する」と判断した(118)。原告・政府双方が広島高
裁に控訴して、係属中である。
95 反対に、東京地方裁判所は、1998年10月9日、フィリピンの46人
の元「慰安婦」の訴訟(119)、および、1998年11月30日にオランダの元
「慰安婦」の請求を棄却した(120)。フィリピン女性の訴訟では原告らの控訴
は、2000年12月6日に東京高等裁判所によって棄却された。オランダ女性
の訴訟の控訴は東京高裁に係属中である。同様に、東京高裁(*原文はJapanese
High Court of Justice)は、2000年11月30日、韓国の元「慰安婦」
(*宋神道さんのこと)の控訴を、彼女が被った被害を認定しつつも、彼女に
は、個人として、国際法のもとでは国家に賠償を求めるっ訴訟を提起する権利が
ないと判断して、棄却した。また、裁判所は、戦争被害の賠償を求める在日韓国
人については1985年に時効が成立したと判断した(121)。2000年9月、
15人の元「慰安婦」グループが、彼女たちに犯された犯罪の賠償を求めてワシ
ントン地裁に集団訴訟を提起した(122)。
96 2000年12月、女性たちのグループが「日本軍性奴隷制を裁く女性国
際戦犯法廷(2000年東京法廷)」を開催し、日本政府が日本の「慰安婦」制
度の被害者に賠償を拒否しつづけていること、およびその犯行者について不処罰
のままであることに光をあてた。証拠は、南北朝鮮、フィリピン、インドネシ
ア、東ティモール、中国、オランダに住む「慰安婦」から詳細に収集され、記録
が利用できるように保全されている。証拠は、国際検察団が、著名な国際裁判官
による裁判所に提出した。この法廷の裁判官の判断は、日本政府の法的責任、お
よび犯行者を処罰するための訴訟手続きを行う必要性を改めて確認した。しか
し、日本政府はこの法廷に出廷しなかった。
註
(115)1995年に日本政府が設立したアジア女性基金は、元「慰安婦」のために
民間募金を集め、これらの被害者と協力するNGOの活動を支援するためのもの
である。しかし、多くの被害者は、アジア女性基金が提供するお金の受け取りを
拒否している。理由は、アジア女性基金のお金は侮辱的なものであり、主として
日本政府の実際の責任を回避しようとするものだと考えているからである。被害
者たちは、それに代えて(アジア女性基金ではなく)、彼女たちに犯された犯罪
に対する本物の賠償と公的謝罪を要求している。
(116)『戦時軍隊性奴隷制問題に関する朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、
日本への調査訪問報告書(E/CN.4/1996/53/Add.1 and Corr.1)』第九章。
[*訳註…邦訳は、ラディカ・クマラスワミ『女性に対する暴力』明石書店、
2000年、263?265頁]
(117)『第二次大戦時に設置された「慰安所」についての日本政府の法的責任
についての分析(E/CN.4/Sub.2/1998/13)』付録。
[*訳註…邦訳は、VAWW-NET Japan編訳『戦時・性暴力をどう裁くか』凱風社、
1998年]
(118)『武力紛争時における組織的強姦、性奴隷制および奴隷類似慣行に関す
るゲイ・マクドゥーガル特別報告者の最終報告書へのアップデイト
(E/CN.4/Sub.2/2000/21)』パラグラフ75より引用。
[*訳註…邦訳は、VAWW-NET Japan編訳『戦時・性暴力をどう裁くか・新装増補
2000年版』凱風社、2000年]
(119)同上パラグラフ76。
(120)同上。
(121)「日本の裁判所が韓国人慰安婦の控訴を棄却」Korea Times,1 December
2000.
(122)ソ・ジヨン「日本の戦時性奴隷制犯罪に関する民間法廷開催」Korea
Times,9 November 2000.