Date: Fri, 12 Jan 2001 14:25:13 +0900
From: "MAEDA,Akira" <maeda@zokei.ac.jp>
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Subject: [keystone 3477] 戦争犯罪の成立要素(1)
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前田 朗@歴史の事実を視つめる会、です。
1月12日

1) 数回に分けて、国際刑事裁判所(ICC)規程第八条の「戦争犯罪」の「犯罪
成立要素」をご紹介します。

2) ICC規程は、1998年7月にローマ会議で採択されました。犯罪規定とし
ては、侵略の罪、ジェノサイドの罪、人道に対する罪、戦争犯罪の4つを設定し
ています。ただし、侵略の罪については定義がなされていませんので、当面、実
際には残りの3つの犯罪が問題になります。採択後に、ICCの設置に向けて、準
備会議が繰り返され、さまざまの文書が作られていますが、その一つに「犯罪成
立要素」があります。ジェノサイド以下の3つの犯罪の成立要素を詳細に規定し
ています。そのうちの「戦争犯罪」の紹介です。

3) ここで「戦争犯罪」というのは、東京裁判条例では「通例の戦争犯罪」と
呼ばれたもののことです。東京裁判条例は、a平和に対する罪、b通例の戦争犯
罪、c人道に対する罪を掲げましたが、全体として「戦争犯罪人war criminals
」を裁くとしていました。つまり、私の表現では「広義の戦争犯罪」と「狭義の
戦争犯罪」があることになります。

Z 広義の戦争犯罪
         a 平和に対する罪
         b 通例の戦争犯罪(狭義の戦争犯罪)
         c 人道に対する罪

  ちなみに、西尾幹二が、さかんに「ナチスの犯罪は人道に対する罪であって、
戦争犯罪ですらない」と叫んで、エピゴーネン(藤岡、小林等)が反復している
のは、「cはbではない」といっているだけのことで、「cはbではないが、Z
である」が正しいのです。

4) ジェノサイドや人道に対する罪については、これまで何度か紹介してきた
のですが、「通例の戦争犯罪」については、あまり紹介してきませんでした。東
京裁判条例では、単に「通例の戦争犯罪」としか書いていませんでした。これ
は、ハーグ法規(陸戦)とジュネーヴ法規(捕虜)を中心とした当時の国際法を
念頭に置いたものです。これらは、今日では、「戦争法規慣例違反」と呼ばれて
います。ICTYやICTRの判決を見ると、「戦争法規慣例違反」で有罪判決が出てい
ます。昨日、ICTYの法廷に出頭したプラヴシッチ元大統領に対する起訴状にも
「戦争法規慣例違反」が含まれています。

5) 一方、1949年にジュネーヴ諸条約がつくられたことで、国際人道法は
飛躍的に発展しました。ICC規程も基本的には1949年ジュネーヴ諸条約の規
定をもとにしながら、詳細な戦争犯罪の規定を設けています。東京裁判では「通
例の戦争犯罪」という僅か7文字だったものが、ICC規程第八条は、膨大な犯罪
群の規定に変貌しています。

6) 以下、ICC規程の「戦争犯罪」についての「犯罪成立要素」を紹介していき
ますが、これは、2000年6月末にニューヨークで開催されたICC準備会議
で作成・検討された文書です。原文は、例えば下記のサイトに掲載されていま
す。

http://www.igc.org/icc/
http://www.iccwomen.org/
http://209.217.98.79/english/00_index_e.htm

7) ICC規程第八条の「戦争犯罪」の規定は、第二項のa、b、c、e(d
は犯罪規定ではない)に列挙されています。今回は、第八条第二項のaを紹介し
ます。強制連行や七三一部隊などの日本の戦争犯罪を考えるために役に立つと幸
いです。

* *******************

(目次)
第八条

第八条第二項a
第八条第二項a  (i)戦争犯罪としての故意による殺害
第八条第二項a (ii)-1 戦争犯罪としての拷問
第八条第二項a (ii)-2 戦争犯罪としての非人道的な取扱い
第八条第二項a (ii)-3 戦争犯罪としての生物学的実験
第八条第二項a (iii) 戦争犯罪としての故意によって重大な苦痛を引き起こ
すこと
第八条第二項a (iv) 戦争犯罪としての財産の破壊または領得
第八条第二項a (v) 戦争犯罪としての敵対国の軍隊において強制的に使役す
ること
第八条第二項a (vi) 戦争犯罪としての公正な裁判の否定
第八条第二項a (vii)-1 戦争犯罪としての違法な追放または移送
第八条第二項a (vii)-2 戦争犯罪としての違法な監禁
第八条第二項a (viii) 戦争犯罪としての人質にとること
 

第八条 戦争犯罪

序論

 ICC規程第八条第二項cとeの戦争犯罪の諸要素は、犯罪の要素を規定して
いるわけではないICC規程第八条第二項dとfの制限に服する。
 ICC規程第八条第二項の戦争犯罪の諸要素は、適当な場合には海上における
武力紛争に適用される国際法を含む、武力紛争の国際法の確立された枠組内で解
釈されるべきである。

 それぞれの犯罪に掲げられた最後の二つの要素については
・ 武力紛争が存在するか否かや、紛争の性格が国際的か非国際的かについての
実行者の法的評価を必要としない。
・ その文脈では、紛争の性格が国際的か非国際的かを決定づける事実を実行者
が知っていたことを必要としない。
・ 「その文脈で発生した、またはそれと結びついていた」という語句に含まれ
る武力紛争の存在を決定づける事実条件を実行者が知っていたことが唯一の条件
である。
 

第八条第二項a(i) 戦争犯罪としての故意による殺害

要素
1 実行者が、一人以上の人を殺した(31)。
2 その一人以上の人が、一九四九年のジュネーヴ諸条約の一つ以上で保護され
ていた。
3 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた(32)
(33)。
4 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた(3
4)。
5 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

(31)「殺した」という語句は、「死なせた」と置きかえることができる。こ
のことは、「殺した」という用語が使われている場合すべてにあてはまる。
(32)心的要素は三〇条と三二条の相互作用を認める。この註は、ICC規程
第八条第二項のそれぞれの犯罪の対応する要素にも適用され、武力紛争に関する
国際法で保護される人や財産の地位を決める事実条件の認識に関するICC規程
第八条第二項のその他の犯罪の要素にも適用される。
(33)国籍に関しては、実行者が、被害者が紛争の敵対当事者に属していたこ
とを知ってさえいればよいと理解される。この註は、ICC規程第八条第二項の
それぞれの犯罪の対応する要素にも適用される。
(34)「国際武力紛争」という語句には、軍事占領が含まれる。この註は、I
CC規程第二項aのそれぞれの犯罪の対応する要素にも適用される。

第八条第二項a(ii)-1 戦争犯罪としての拷問

要素(35)
1 実行者が、一人以上の人に重大な身体的または精神的な苦痛を加えた。
2 実行者が、次の目的でその苦痛を加えた。情報または自白を得る、処罰、強
迫、強制、またはなんらかの差別に基く理由。
3 その一人以上の人が、一九四九年のジュネーブ諸条約の一つ以上で保護され
ていた。
4 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた。
5 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。
6 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

(35)要素3は、すべての被害者が一九四九年のジュネーブ諸条約の一つ以上
で「保護された人」でなければならないと要求しているので、これらの要素に
は、ICC規程第七条?eの保護要件や監督要件は含まれない。

第八条第二項a(ii)-2 戦争犯罪としての非人間的な取扱い

要素
1 実行者が、一人以上の人に重大な身体的または精神的な苦痛を加えた。
2 その一人以上の人が、一九四九年のジュネーブ諸条約の一つ以上で保護され
ていた。
3 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた。
4 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。
5 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

第八条第二項a(ii)-3 戦争犯罪としての生物学的実験

要素
1 実行者が、一人以上の人に特別な生物学的実験を行った。
2 その実験が、その一人以上の人の身体的または精神的な健康や完全性に重大
な危険をもたらした。
3 その実験の意図が治療ではなく、医学的理由によっては正当化されず、その
一人以上の人の利益のために行われたものではなかった。
4 その一人以上の人が、一九四九年のジュネーブ諸条約の一つ以上によって保
護されていた。
5 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた。
6 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。
7 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

第八条第二項a(iii) 戦争犯罪としての故意によって重大な苦痛を引き起こす
こと

要素
1 実行者が、一人以上の人に重大な身体的または精神的な苦痛を加え、または
身体または健康に重大な傷害を引き起こした。
2 その一人以上の人が、一九四九年のジュネーブ諸条約の一つ以上によって保
護されていた。
3 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた。
4 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。
5 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

第八条第二項a(iv)  戦争犯罪としての財産の破壊または領得

要素
1 実行者が、一定の財産を破壊または領得した。
2 その破壊または領得は、軍事的必要性によっては正当化されなかった。
3 その破壊または領得は、広範であり、理不尽に行われた。
4 その財産は、一九四九年のジュネーブ諸条約の一つ以上によって保護されて
いた。
5 実行者は、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた。
6 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。
7 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

第八条第二項a(v) 戦争犯罪としての敵対国の軍隊において強制的に使役する
こと

要素
1 実行者が、一人以上の人を、自国に敵対する軍事作戦、または敵対国軍に奉
仕することを、行為または強迫によって、強制した。
2 その一人以上の人が、一九四九年のジュネーブ諸条約によって保護されてい
た。
3 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた、
4 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。
5 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

第八条第二項a(vi) 戦争犯罪としての公正な裁判の否定

要素
1 実行者が、特に一九四九年のジュネーブ第三条約および第四条約に規定され
た司法上の保証を否定することによって、公正かつ正規の裁判を拒んだ。
2 その一人以上の人が、一九四九年のジュネーブ諸条約によって保護されてい
た。
3 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた。
4 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。
5 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

第八条第二項a(vii)-1 戦争犯罪としての違法な追放または移送

要素
1 実行者が、一人以上の人を他の国家または他の地方に追放または移送した。

2 その一人以上の人が一九四九年のジュネーブ諸条約の一つ以上によって保護
されていた。
3 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた。
4 実行行為が、国際的な武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。

5 実行者が武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

第八条第二項a(vii)-2  戦争犯罪としての違法な監禁

要素
1 実行者が、一人以上の人を一定の場所に監禁し、または監禁し続けた。
2 その一人以上の人が、一九四九年のジュネーブ諸条約の一つ以上によって保
護されていた。
3 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた。
4 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。
5 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。

第八条第二項a(viii)  戦争犯罪としての人質にとること

要素
1 実行者が、一人以上の人を捕らえ、拘禁し、または人質にした。
2 実行者が、その一人以上の人を殺す、傷つける、または拘禁し続けると脅し
た。
3 実行者が、国家、国際組織、自然人または法人、集団に、その一人以上の人
の安全または釈放について明示的または黙示的な条件として、行動しまたは行動
しないことを強要しようとした。
4 その一人以上の人が一九四九年のジュネーブ諸条約の一つ以上によって保護
されていた。
5 実行者が、その保護された地位を決定づける事実条件を知っていた。
6 実行行為が、国際的武力紛争の文脈で、かつそれと結びついて行われた。
7 実行者が、武力紛争の存在を決定づける事実条件を知っていた。



 
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