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<緊急レポート> 「バルカン症候群」問題が問うもの
発信者=井上澄夫(戦争に協力しない!させない!練馬アクション)
発信時=2001年1月12日
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《いささかの前置き》 新年早々、マスメディアの国際欄に「バルカン症候
群」なる言葉が浮上しました。その問題については、野村修身さんが、すでに非
常に有益な情報を、次々に発信しています。ここに公表するものは、野村さんの
情報を含め、これまでとりあえず入手できたものに基づいて、簡略に問題の輪郭
をつかもうとしたものです。事態は進行中であり、今後さらに問題は発展して、
さまざまなニュースが伝えられると思いますので、せいぜい簡単な問題提起と
いったところですが。
本文でも触れましたが、問題を理解する資料として、湾岸戦争における劣化ウ
ラン弾使用問題を明らかにした次の著作を推薦します。非常に重要な基礎的文献
です。
国際行動センター・劣化ウラン教育プロジェクト、新倉修/監訳
『劣化ウラン弾―湾岸戦争で何が行われたか―』
(原題 Metal of Dishonor Depleted Uranium How the Pentagon
Radiates
Soldiers & Civilians with DU Weapons) 日本評論社 1998年12月8
日 第1版第1刷発行
本稿を執筆しながら、私の胸中にさまざまな思いが去来しました。その一つ
は、「1999年3月24日」という日付のことです。この日、NATO(北大
西洋条約機構)軍による新ユーゴスラビア空爆が始まったのですが、同日はま
た、「自衛隊創設以来初めての海上警備行動」が発令されて「不審船対処」(平
成12年版『防衛白書』)がなされた日でもあるのです。NATOが「域外派
遣」の軍事行動に踏み出した日、自衛隊はついに、軍隊の本性を露わにしました
(私はこれを「日本海事変」と呼んでいます)。「1999年3月24日」は、
後世「ドイツと日本が、また戦争を始めた日」として記憶されることになるので
はないか、私は「日本海事変」の直後、苦々しい思いで、そういう文章をものし
ました。
もう一つ、つけ加えましょう。いわゆる「人道的介入」については、すでに論
争が始まっていますが、それはもっと深められるべきだと思います。国連は国連
憲章にない「平和維持活動(PKO)」を続けています。NATOは創立の目的
になかった「域外派遣」を「新戦略概念」に取り込んで、「人道的介入」という
名の軍事介入を行なったのですが、この種の「軍事力(武力)による問題の解
決」は、もっともっと批判されるべきで、そのような作業の活性化が、今求めら
れていると思います。
昨年12月1日発行の『市民の意見30の会・東京ニュース』63号に、同会
の千村和司さんが、英国下院国防委員会の調査報告書「コソボの教訓」を抄訳し
ています。千村さんは「『軍事的介入』という手段が必ずしも有効なものでな
かったことをNATO軍の一員であった英国自身が認めるものとなっている」と
解説に記していますが、その内容は実際、私たちの反戦市民運動にとって非常に
有益で、興味深いものです。
このような作業こそ、今最も必要と私は痛切に思います。諸メーリングリスト
を通じて、さらに有益な資料が紹介されることを期待します。以下、拙稿です。
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「バルカン症候群」問題が問うもの
「バルカン症候群」問題が、末期のクリントン政権とブッシュ新政権を脅かし
ている。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争とコソボ紛争に介入したNATO(北大西洋条
約機構)軍は、セルビア系勢力やユーゴスラビア連邦軍の軍事拠点を攻撃する
際、劣化ウラン弾を使用した。九九年三月から六月の間に、米軍機がユーゴ連邦
軍の戦車に対し使用した劣化ウラン弾は、約三万一千五百発、それ以前のボスニ
ア・ヘルツェゴビナ内戦中に行なわれた空爆でも、約一万八百発が使われた(N
ATOが認めた数字)。コソボ紛争で使われた劣化ウランの総計は、十トン
(!)にのぼるという(一・四付『産経新聞』)。
バルカン半島からの帰還兵士に頻発している健康被害「バルカン症候群」につ
いての最近の報道をまとめてみよう(二〇〇一年一月十日現在)。
イタリアでは、八人が白血病や癌で死亡(レプブリカ紙)した。フランスで
は、四人が白血病にかかっている。ドイツでは、一人が白血病を発症した。ベル
ギーは、一万二千人の兵士を派遣したが、五人が癌で死亡し、約一千六百人が
「さまざまな病気や健康問題をかかえている」(フラオー国防相)。「イタリ
ア、フランス、ベルギー、ポルトガル、オランダで白血病などによる帰還兵の死
亡が確認されている」という報道もあるし(一・六付ブリュッセル発・共同)、
「オランダ兵数人、チェコ兵とギリシャ兵各一人が死亡していたことが判明して
いる」とも伝えられている(一・六付『北海道新聞』)。
ところで、この問題に関連して、現地調査がすでに行なわれている。UNEP
(国連環境計画)の調査団は、昨年十一月、劣化ウラン弾が用いられたコソボ自
治州一一二地点のうち十一地点で現地調査を行ない、その結果「高い放射能反応
を確認した」ことを、一月五日明らかにした。UNEPのドハリック報道官は
「まだ中間報告の段階だが、劣化ウラン弾の攻撃を受けた地域に、注意を呼びか
けるに十分な証拠が見つかった」と話している。またペッカ・ハービスト調査団
長は、毎日新聞に対し、現地で多数のウラン弾を発見して測定したところ、自然
値の百倍以上の放射線反応があったことを明らかにし、攻撃地点の多くで使用弾
の回収が進まず、野放し状態だと指摘した。
NATO加盟各国で、派遣兵士の健康調査など真相究明の努力が始まったのは
当然だろう。「バルカン症候群」の症例を一旦否定したドイツ国防省は、白血病
を発症した兵士の症例の再調査を明らかにした。フランスのリシャール国防相は
「今後も調査を継続する」と表明、同省のビュロー報道官は「われわれの調査で
は、バルカン症候群と劣化ウラン弾の関係は非常に近いとの結果が出ている」と
のべ、因果関係があるとの見方を示した。ポルトガルは、コソボで独自の汚染調
査を始めた。
イタリアでは、国会でも特別調査委員会設置の動きがあり、軍事検察官は、死
亡者を含め全体で三十人前後を対象に調査している。同国は、NATOに劣化ウ
ラン弾使用に関する情報の提供を求めたが、それに同調する形で、スペイン、ポ
ルトガル、トルコ、フィンランドも、帰還兵への調査に乗り出す意向を表明、英
国防省が劣化ウラン弾による健康被害の調査を始めていると、英軍事筋が指摘し
たという報道もある。
NATOは、劣化ウラン弾の使用がもたらす問題を認識していなかったのか、
そんなことはあるまい。現にこういう報道がある。「NATOが九九年夏に、劣
化ウラン弾による健康被害の可能性を指摘していたとするドイツ国防省の内部文
書がある、と一月八日付の独紙ベルリナーモルゲンポストが報じた。同紙が伝え
た九九年七月十六日付の文書によると、NATOは同月初め、バルカン半島の作
戦で使われた劣化ウラン弾に毒性がある可能性を指摘した上で、予防手段をとる
よう奨励してきた。文書は国防次官名で出され、NATO側には同弾の『毒性』
による汚染を除去する計画はない、とも指摘した。」(一・九付『朝日新
聞』)。
九一年の湾岸戦争に参加した米軍兵士が大勢、劣化ウラン弾の使用によって被
害を受けた事実は、すでに広く知られている(それについては、国際行動セン
ター・劣化ウラン教育プロジェクト、新倉修/監訳『劣化ウラン弾―湾岸戦争で
何が行われたか―』〔日本評論社発行〕が非常に参考になる)。
だが米国政府は、それを完全に否定してきた。バルカン半島への軍事介入に関
わる今回の問題においても同様だが、問題の拡大に恐れをなして、強硬な姿勢
は、いよいよエスカレートしている。一月九日の記者会見で、オルブライト国務
長官は、劣化ウラン弾と健康被害の因果関係は証明されていないと主張し、「ヒ
ステリックになったり、感情を優先させたりすべきではない」とのべ、コーエン
国防長官も科学的根拠はないと語った。そして一月九日に開かれたNATO政治
委員会で、イタリア政府は、「バルカン症候群」と劣化ウラン弾との関係が、正
式な調査で否定されるまで、同弾の使用を停止するよう求めたが、その場で却下
された。
米国政府の態度の底にあるものは、ベーコン報道官の一月四日の発言に露呈し
ている。「劣化ウランは、二つの仕方で兵士たちの命を救う。一つは、それを用
いた砲弾が、相手の戦車の装甲に対する破壊的な潜在力を増加させるからであ
り、もう一つは、それが、われわれの戦車を守る装甲をより強固ににするから
だ。イラクに対する〈砂漠の嵐〉作戦のときだって、劣化ウランを含む装甲に守
られた米国の戦車は、イラクの戦車にただの一台も破壊されなかったじゃない
か」。つまり米軍にとって大いに有用であるから、劣化ウランの使用を一時停止
するなんてトンデモナイ、ということなのである。
こういう姿勢は当然、他のNATO加盟諸国との亀裂を深めるだろう。しかし
これまでのほとんどの報道は、最大の問題を見落としている。自分たちの土地に
劣化ウラン弾を大量に打ち込まれた、バルカン半島の住民たちの受けた、あるい
は今も受けつつある被害はどうなっているのか。
「人体への影響は、九一年の湾岸戦争で、戦場となったイラク南部の子どもた
ちやイラク軍退役兵らに白血病、その他のがんが多発していることで知られてい
る。米・英・カナダなど多国籍軍の退役兵にも、深刻な健康被害をもたらし、多
くの死者が出ている」(一・六付『中国新聞』)。しかし、たとえばコソボにつ
いても、国連コソボ使節団(暫定統治機構、UNMIK)が住民の健康調査の検
討を始めたばかりで、これまで調査が行なわれたことはない。
NATOにとって「域外派遣」であるバルカン半島への「人道的介入」は、
いったい誰のために、どのような目的のためになされたのか。「バルカン症候
群」問題から浮かび上がるのは、まさにその根本問題である。
◎本稿は月刊『技術と人間』2001年1月号に寄せたものです。原文は縦書
き。