文書による意見陳述が終わり、私の草刈裁判も証人尋問に入りま した。いよいよ本格的な裁判になってきました。今までは、エホバ の証人側の傍聴者はほとんどいませんでしたが、原告の証人尋問の 頃から30人ほどの傍聴者が参加するようになりました。
10月の裁判では被告である私の尋問が始まります。この席で私は 三つの問題点を指摘していきたいと思っています。
一つは、彼らが使っている新世界訳聖書は改ざんされた聖書であ る、ということです。新世界訳の新約聖書には「エホバ」という名 前が出てきますが、原典であるギリシャ語の新約聖書には一度も「エ ホバ」は出てきません。新世界訳には237回も「エホバ」が使われ ています。
二つ目は、霊媒によって聖書を解釈したヨハネスグレーバーの聖 書を、「ものみの塔」が参考にしていることです。霊媒や占いはサ タンの働きである、と教えられているエホバの証人にとって、「もの みの塔」が悪霊の関与した聖書を参考にしていることは衝撃的な 事実だと思います。
三つ目は1914年(キリストが臨在した年とされています)の設 定の問題です。「ものみの塔」の創立者ラッセルは占いによってこ の年を設定しています。
私の実姉と兄嫁がエホバの証人の研究生になったのは、1974年の ことでした。当時の私はエホバの証人の事は何も知りませんでした。 ところが、姉が「サタンを追い出すために」と言って、洗面器に水 を張り、子供の顔を水の中に押し付けている姿を見て、エホバの証 人の異常性に気付いたのです。
姉たちは次の年にバプテスマを受け、エホバの証人になりました。 私も同じ年にクリスチャンになったのです。
神学校で聖書を学び、聖書を通してエホバの証人と話し合おうと したのですが、理解してもらうことかできず、無念の思いを抱いて いました。突破口が見えたのは、12年前のことです。教会の礼拝に 参加するようになった、長老を含む12人のエホバの証人の方々と話 しをしてからでした。
その時、エネバの証人が信じているものが分かったのです。彼ら は聖書を信じていると言っていますが、実際は聖書を信じているの ではないのです。「ものみの塔」を支配している統治体の解釈を信 じているだけなのです。統治体の解釈を聖書の真理だと信じている のがエホバの証人なのです。
このことが理解できてから、私のエホバの証人に対するアプロー チが始まりました。聖書から話すのではなくて、統治体の解釈につ いて話しをすればアプローチできる事が分かったのです。「エホバ の証人と話しても平行線になるだけだ」とあきらめていた私にも、 希望の光が見え始めたのです。
「ものみの塔」が私を告訴したことは、彼らにとっては敗北宣言 と同じだと思っています。なぜなら、私たちがエホバの証人に与え る情報とは、誹謗、中傷するもので、ありもしない事実無根の情報で ある、と証人たちは組織から教えられているからです。
私たちの情報が事実に基いたものであることを証明することは、 いくらでもできます。私たちの主張が正しいことを証明する、裁判 という公の場を、「ものみの塔」が提供してくれたわけです。彼ら にとっては大きな痛手になるのではないかと思います。また、 この 裁判が、原告自身も組織の被害者であることに気付いてくれる機会 になることを、心より願っております。