静岡地裁浜松支部の人種差別撤廃条約を適用した
「外国人入店拒否は違法」判決について
藤本 俊明 (神奈川大学法学部講師・NMP*研究副主任)
*NMP:人権フォーラム21・国内人権システム国際比較プロジェクトの略称。
外国人であることを理由に宝石店への入店を拒否した行為が、人種差別撤廃条約に違反するなどとして、静岡県浜松市在住のブラジル人女性が同市内の宝石店経営者らに損害賠償を求めた訴訟の判決が、10月12日、静岡地裁浜松支部で言い渡された(平成10年(ワ)332号,損害賠償請求事件,確定)。宗哲郎裁判官は、宝石店経営者側に計150万円の支払を命じ、原告側の訴えが認められた判決となった。
「外国人お断り」への「ボディー・ブロー」
人種差別撤廃条約は、日本では約4年前の1996年1月14日に発効しているが、裁判所における適用を含め、その国内的実施は、これまでのところ
必ずしも十分であるとは言えない状況が続いてきた。その意味では、本判決は、同条約を根拠に個人間の差別行為を認定しており、外国人差別に対する「ボディー・ブロー」(ニューヨーク・タイムズ11月15日付)とも呼べる、非常に画期的な判決であると言えるだろう。本判決の意義としては、特に次のことを挙げることができる。 それは、
(1) 人権条約を国内法としての効力を有するものとして、積極的に適用したこと、
(2) 私人による差別行為に対して、同条約を適用したこと、
(3) 条約の批准時に新たな国内的な立法措置が不必要とされた場合には、条約が直接的に裁判所における判断基準となることを確認したこと、
(4) 個人に対する不法行為を認定する際の判断基準として、条約を間接的に適用したこと、
の4点である。特に(4)については、国際人権法の国内裁判所における適用形態の一つの方向性を示すものとして、検討されるべき点でもある。今回の判決を契機に、今後さらに類似の裁判の増加が予想されることからも、本判決は、大きな重要性を持つものとして評価できるだろう。
しかしながら、以上のような積極的評価は、これまで同条約を含む国際人権法一般に対して、誠実な解釈・適用が十分に行なわれてこなかったことの裏返しであることも忘れてはならない。本来、人権条約が国際法であると同時に、日本においては、法律と同じ国内法でもあることは、最高法規である憲法の第98条2項の解釈から導かれることであり、国内法としての同条約が裁判において適用されることは、特別なことではないのである。同様に、私人による差別行為の禁止についても、同条約の第2条1項(d)において規定されており、条約を批准した以上、同規定が適用されること自体は、当然予想されることなのである。
差別なき共生の世紀へ向けて
外国人に対する差別による人権侵害は、人種差別撤廃条約上の問題に限定されるわけではないことにも注意を払う必要があるだろう。今回のように、人権を侵害された者が女性であれば、女性差別撤廃条約上の問題でもある。さらに、子どもや高齢者、マイノリティー、HIV感染者などの医療を必要とする人々、被拘禁者、難民(申請者)など、さまざまな外国人が存在するのであり、それぞれに対応する国際人権文書が相互補完的に考慮されねばならないのである。また、今後は、人権問題をめぐるアクターの相対化・多様化により、部落問題のみならず、家庭内や企業の内外、インターネット上など、私人間の人権問題の増加も予想されることから、今回の判決は、先例的な意義を持つものとも評価できる。そして、この判決を共生の世紀を迎える夜明けの曙光としていくことは、日本で生活する私たちに与えられた21世紀への課題なのである。
<参考文献>
・申ヘボン「人種差別撤廃条約の批准と国内的措置」自由と正義48巻5号(1997年)
・ナタン・レルナー『人種差別撤廃条約』(解放出版社、1983年)
・金東勲『解説 人種差別撤廃条約』(部落解放研究所、1990年)
・反差別国際運動日本委員会編『人種差別撤廃条約と反差別の闘い』(解放出版社、1995年)
・国連人種差別撤廃委員会ウェブサイト
(http://www.unhchr.ch/html/menu2/6/cerd.htm)