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企業と人権:中間報告書


目次

序文 国連人権高等弁務官−メアリー・ロビンソン

第一節 人権−企業活動の枠組みの中で
なぜ人権が企業にとって重要なのか?
人権とは何か
重要な基準
関連団体への指針
指針から実践へ
関連団体――その展望と関心
提携原則

第二節 国連:重要な提携先
効果的な手段としてのグローバル・コンパクト
グローバル・コンパクトを支援するために企業ができることは何か
グローバル・コンパクトは、いかにして企業に利益をもたらすか
国連人権高等弁務官事務所の先導

第3節 企業がリーダーに
企業が実施していること
企業が共同で行なっていること
報告と調査
企業と開発
人権の促進、市民団体との協働

第4節 行動枠組み−九つのステップ
・ 人権問題を見極めること
・ 追加的指針の作成
・ 運営を可能にする人権指針
・ 対話/接触/協働
・ 幹部への教育/研修
・ 適切な企業の能力開発
・ 提携先とのコミュニケーション
・ 企業内への説明責任
・ 外部監査及び公報

第5節 今後予測される状況



序文
国連人権高等弁務官−メアリー・ロビンソン


人権問題は、企業が社会的責任を果たしていくうえで無視できませんし、健全に利益をあげていくのにも欠かせません。多くの企業は、人権履歴の影響力を認識しています。認識の足りない企業は苦境に立たされていますが、それは企業活動において必要不可欠な部分を無視した結果なのです。今日、人権は全世界の企業にとって、活動の重要な指針となっているのです。

歴史的に見て、現代はとても皮肉な時代です。その一つは、技術によって世界が様変わりした途端、労働は人的側面を保つことが必要とされ、企業は社会的責任を念頭に置くことになり、そうした動きが絶えまなく、かつ急速に大きくなっているということです。経済成長と人権保護を両立させることは、今日、人類が直面している大きな課題の一つです。もし両立を達成したら、経済成長がもたらす大きな力を、人間としての尊厳という大原則に役立てることができます。

ダボスで催された1999年世界経済フォーラム年次総会において、国連事務総長コフィ・アナンは、世界の財界指導者に課題を与えました。その課題とは、共有された価値としての、また世界市場に人間性をもたらす原理としてのグローバル・コンパクトを先導することです。年次総会から12ヶ月、世界経済が人々のニーズに対して真摯にかつ確実に答えていく必要性は増していく一方です。

現報告書は、財界が果たした進歩を検討しています。財界は、グローバル・コンパクトが示す人権原則を実践しています。グローバル・コンパクトは、企業が実践すべきことを二点示しています。
1. 企業は、その影響が及ぶ範囲において国際的に宣言された人権の保護を支援・尊重すること。
2.人権侵害に共謀しないと確約すること。

もちろん、財界、政府、国連、商業組合、そして非政府組織が手をとりあって協力していくのは言うまでもありません。

本報告書において、まず尋ねるべきは、なぜ人権が企業活動にとって重要なのか、企業の立場から見た人権とは何か、人権の基準や指針はどこで見極めるのか、原則を明示してから実践までどのように移行していくのか、といったことです。

準備をするうえで強調されるのは、国連と財界が、基礎的な社会的価値の実現を目的とした協働関係を広げていくことです。

三点目として、国連は、発展段階の諸企業が人権について理解していること、現場では明確な経営原則に従うという方針を転換していることを再調査します。調査には、市民社会との密接な協力が必要です。

最後に、9段階に分けられたチェックリストは、企業がその原則・方針・活動に人権をとりいれることを可能にするもので、企業における人権活動の有効な指針となります。

企業における人権という課題にうまく対処することは、今後、国内・国外でビジネスを成功させるうえで重要な鍵となるでしょう。本報告書は、国連人権高等弁務官事務所で作成されました。BSR(社会的責任を果たし変革を志向するアメリカの企業や経営者の団体)の企業活動と人権プログラムは、サンフランシスコを拠点としたプログラムで、人権問題や企業の社会的責任に関連したその他の問題に取り組んでいる諸企業のためのものです。BSRに関する詳しい情報は、www.bsr.org をご参照下さい。また、BSR及び本報告書の起草にあたり貴重なコメントを提供して下さった人権法律家委員会に厚く御礼申し上げます。

本報告書に関する読者のご意見も歓迎いたします。また、国連人権高等弁務官事務所は、将来にわたって、財界との協働を通して、人権尊重の促進を望むすべての人々に協力していく準備があります。

2000年1月、ジェノヴァにて


第一節 人権−企業活動の枠組みの中で
1999年12月8日付のニューヨーク・タイムスの社説に、「人権を世界共通のものとする理想は…20世紀で最も重要な政治遺産である」とあった。

21世紀が幕を開け、人権論争の最も重要な変化の一つは、企業活動と人権は、切っても切り離せないものとの認識が高まっていることである。国連が世界人権宣言を採択してから最初の40年は、世界を展望していくうえで、冷戦が政治枠組みの中心にあった。人権は国家活動が関与する問題であって、民間部門の活動とは無関係だとみなされていた。しかしながら、冷戦が正式に終結してから10年で、実態はまったく異なるものになっていると、世界が認識し始めた。シアトルでの世界貿易機関(WTO)総会以前から明らかだったのは、人権に関する議論は、今ではもう企業抜きでは語ることすらできないということである。

なぜ、このようなことが起きたのか? 企業活動の枠組みの中で、人権はより一層重視されているが、以下に示したいくつかの世界的な動向は、人権重視の動きを推進するものである。

・ 現代の主要な地理学的・政治学的事実としての世界経済の出現、そして世界的に分極化した政治問題としての対外貿易の出現
・ 以前には考えられなかったIT革命が世界をつないだこと
・ 消費者が購入する製品を生産する企業には労働慣行があり、その労働慣行が抱える問題に目を向ける消費者が増えたこと
・ 民営化。これは、企業は公に責任を負うべきだとする関係団体の主張だけでなく、企業活動の影響も合わせて大きくするものである
・ 企業が深刻な人権侵害に関与して、注目を集めたいくつかの事件があること
・ より透明性の高い方法による企業運営を望む声が広がっていること
・ 関係団体の急激な成長。例えば、国際的に認知されたNGOの数は、1990年代に6000から26000へ増加した(エコノミスト、1999年12月11日刊)。

いくつかの企業は、人権と関連のある事業を日常業務に組み込み始め、上記の動向に対応している。こうした進展は、以下に示した最近の動向にも見ることができるが、一時代前の企業問題のような環境が現れていることと無関係ではない。

・ 企業やその提携先に雇用された者の人権及び労働権保護の実施を盛り込んだ会社法が急増している
・ 世界人権宣言で定義された人権が、全ての企業に通ずる営利原則に包含されている
・ 企業が人権に与える影響に対して、人権機関、消費者、メディアの注目度が増している
・ 人権に関心を向ける企業と関係団体の間での対話が増加している
・ 人権の国際基準を無視している国への貿易制裁をめぐる論争

なぜ人権が企業にとって重要なのか?
企業が個人・地域・環境に及ぼす影響は、ますます注目を浴びている。企業が果たすべき社会的責任の中核となる目安の一つとして、人権に対する責任があるのは明らかである。さらに、ほとんどの企業は、人権原則に見合った経営を求める道徳的要請を認識しつつ、人権尊重は業績改善の手段にもなりうるとの認識も高まっている。

人権に対する配慮のうち数項目は、以下の事項に関わる企業にとって重要である。

・ 国内法及び国際法の遵守:人権原則は、国内法及び国際法に記載されている。法的原則に沿った企業経営が確立されれば、世界的経営への法的な異議申立ての回避に役立つ。近年、米国及びその他の国々において、裁判所は、多国籍企業(時としてその提携先を通して)が世界的経営を行なっていく中で人権侵害に関与した、とする訴訟の申し立てを認めている。

・ 消費者満足事業:企業の人権保護に果たす役割に対するメディアの注目が強まったことで、労働者――世界市場を狙った製品の生産を行なっている――の待遇に対する消費者の注目が増し、企業に公共責任を果たすよう求める声も大きなものとなっている。いくつかの企業は、人権団体、労働団体、宗教団体、消費者団体が人権侵害の申し立てをはっきりと示したことで、反対キャンペーンのやり玉にあげられていることに気がついた。企業は、その全般的イメージを守るだけでなく前面に出せば、人権に対する有意義な取り組みを構築・強化することで、こうしたキャンペーンを回避するのに役立てることができ、キャンペーンが企業へ及ぼす影響を抑えることも可能になる。

・法治主義の推進:世界人権宣言で明言された原則は、その多くが、企業のスムーズな運営に不可欠な、安定感とルールに基づく社会の創造にかかわるものである。企業の世界的経営に人権原則を十分に、一貫して、かつ公平に適用すれば、法制度の発展に寄与することが可能になる。法制度の発展とは、すなわち契約が公平に履行され、汚職の蔓延を減らし、すべての企業が公平に法的手続きを利用する権利及び法的保護を受ける権利を有する、ということである。

・ 地域における信用の構築:多国籍企業の存在は、地域に好意的に、あるいは非好意的に受け取られるはずである。人権侵害の防止は、地域との良好な関係を維持し、またより堅実で生産的な経営環境の構築に寄与するであろう。

・ 人権戦略のチェーン展開:多くの企業が実施している人権戦略は、世界的規模を持つ提携先が、人権及び労働基準の遵守を進めていくことを想定している。人権戦略は、企業がよく管理され、信頼でき、かつ倫理にのっとった経営を行なっている提携先を選ぶのを助ける役割も果たすことができる。

・ リスク管理の強化:リスクの予測は、安定して生産的な企業経営を行なっていくうえで必要不可欠である。基本的人権の無視は、しばしば社会的・政治的混乱につながる。すると、労働争議、モノ・サービスの調達制限、さらに製品物流の滞りを引き起こす可能性がある。人権問題は大きな注目を集めるため、一般大衆から騒ぎが起こらないようにすることで、その解決に要する直接経費を減らせるのである。

・ 開放市場の維持:国連事務総長コフィ・アナンの発言によれば、社会的価値の促進は、「開放市場の維持を確かなものにする助けとなるであろう」ということである。最近のWTO(世界貿易機関)関係閣僚会議で示されたのは、世界的な貿易協定のさらなる発展を妨げる企業、人権、その他の問題とのかかわりに、いかに幅広い関心があるかである。EUでは、人権侵害に幅広く加担していると見られる多くの国々に貿易制裁が設定・提案されており、米国でも全国レベル及び州レベルで、同様のことが起きている。企業は、人権侵害を犯している国々で人権尊重を大きく推進することにより、貿易制裁は企業の世界的経営能力を制限するものではない、ということを裏付けるのに役立てることができる。

・ 労働者の生産性及び保護の増強:被雇用者及び提携先の被雇用者の人権と労働権を保護すると、生産性の向上につながるが、これは、公平に、かつ尊厳と敬意をもって遇される労働者はより生産的になる傾向にあるからである。人権及び労働権を侵害しない企業は、被雇用者の離職率を減らし、より高度な製品品質も実現できるのである。

・ 企業への人権価値の適用:基本的人権を無視することは、身の丈にあった経営をする企業の能力を妨げるもので、誠実さという点で、被雇用者と社外株主の信頼をないがしろにすることになる。

人権とは何か
人権基準は、国際協定により設定されており、全世界共通の規範に基づき、すべての社会に通ずるものである(世界人権宣言が示す人権については、
www.unhchr.ch. を参照されたい)。

しかしながら、人権基準は、企業によってそれぞれ違った形で実施され、扱いも異なっている。例えば、世界人権宣言(UDHR)には「尊厳ある生存」権が明確に示されており、企業は、労働者に支払われる賃金、あるいは社会資本投資による地域の物質的幸福への貢献を通して、実践することになる。

こうした人権基準の多くは、基準の程度を変えることで民間セクターにも適用しうる。人権基準は、以下のように分類することができる。

・ 人権とは、企業の被雇用者に直接影響する原理である。

・ 人権とは、公私を問わず、企業の提携先及びその被雇用者にかかわる原理である。

・ 人権とは、企業活動が行なわれている地域及び企業活動と人権がかかわるすべての環境に影響を及ぼす原理である。

・ 人権とは、多様なレベルで企業と公的機関の関係を形成しうる、あるいは個々の人権意識、環境意識、地域意識に伴って生じる可能性のある「複雑に絡み合った論争」である。

この分類が示すのは、一企業が幅広く人権問題を取り扱うよう期待されているということである。企業の中には、自社及びその提携先に雇用された労働者の人権及び労働権の保護に直接取り組んでいるところがある一方で、自社のみにかかわっているところもあるであろう。また、企業と人権がかかわるすべての環境を改善するよう政府に促すことを求めるように、活動環境にいまだに関わっている。しかしながら、ここで明確にすべきなのは、企業は政府に代わって人権保護の正当な責務を果たすよう求められているわけではないということである。

企業が取り組んでおり、かつ関係団体が頻繁に取り組むよう要求する特定の問題があるが、そのいくつかを以下にあげる。

・ 国際労働機関(ILO)が設定した基幹的労働基準の厳守。すなわち、非差別、組合の結成及び団体交渉の自由、児童労働及び強制労働の禁止であり、企業及びその提携先の双方に求められている

・ 人権に対して十分な対策がとられていない国々での投資指針及び(または)経営指針の作成

・ 公私における治安部隊の活用

・ 被雇用者または企業活動に関連する者の一方的な拘留

・ 原住民及び移民のような特定集団に対する企業の影響

・ 人権剥奪に供する汚職及び贈収賄

人権問題は企業と結びつく。そのことを確認するための枠組み作りが、昨年ダボスで着手された国連事務総長のグローバルコンパクト(概要1参照)を通して呼びかけられている。グローバルコンパクトは、「企業は、その影響が及ぶ範囲において国際的に宣言された人権の保護を支援・尊重し、人権侵害に共謀しない」ことを企業に要請している。この取り組みにより、企業が認識したのは、直接管理してきた人権問題と差別を行なう有象無象の衆の一人になりうる場との間で差別してきたこと、また企業責任を明確にするという理由で差別の枠組みを構築してきたということである。

概要1:グローバルコンパクト( www.unglobalcompact.org
グローバルコンパクトは、1999年世界経済フォーラム年次総会において国連事務総長によって着手され、個々の企業及び代表的な商業組合が以下に示した9つの原則――国連文書にある全世界的同意を得た基準から生じている――を支援するよう働きかけるものである。

人権
1. 企業は、その影響が及ぶ範囲において国際的人権の保護を支援・尊重するものとする。
2. 企業は、人権侵害に共謀しないことを確約する。

労働
3. 企業は、組合結成の自由を支え、団体交渉権が有意に承認されるよう支持する。
4. 企業は、あらゆる形の強制労働の撲滅を支持する。
5. 企業は、児童労働の実質的全廃を支持する。
6. 企業は、雇用及び業務における差別撤廃を支持する。

環境
7. 企業は、環境課題への予防的取り組みを支援する。
8. 企業は、率先してより大きな環境責任を負う。
9. 企業は、環境にやさしい技術の開発及び普及を奨励する。

重要な基準
人権問題は、前節で概略を示されていたが、そのほとんどが国際協定によって形成された人権原則とかかわるものである。企業は、国際協定があるおかげで、程度の差こそあれ、いかにして人権尊重を確立していくかについて、また説明責任制度を構築するための基盤作りの指針を得られるのである。しかしながら、人権基準の多くは、当初、公的機関を対象にして作成されたので、人権基準の実践を促進できる方法をもって、企業がその運営に関連した人権原則の作成を確実に行なえるよう、企業向けのさらなる指針がしばしば必要となる。

企業及び人権に関連した法や基準は、近年、増加してきている。このような状況における企業の課題は、実際に人権基準を実践し、信頼に足る公的説明責任制度を構築することである。出発点は、人権の根本原理となる世界人権宣言で、同宣言は世界で最も多く翻訳され普及している文書として、最近、ギネスブックで表彰された。世界人権宣言は300以上の言語及び方言に翻訳されており、国連人権高等弁務官事務所のウェブサイト(
www.unhchr.ch )で見ることができる。同様に重要なのは、国際労働機関( www.ilo.org )が定めた基幹的労働基準である。

企業活動に基本的人権の原則をいかにして組み込んでいくかを決めることは、非常に重要である。多くの企業にとって、この取り組みは、幅広い一連の人権原則が述べているところから生じたもので、かつ企業の活動指針に支えられたものである。社内指針を作ることは重要であるが、それは主に4つの理由からなる。(1)社内指針があることで、会社の意欲を明確に示すことができる。(2)提携先及び投資受入れ政府との関係を導く。(3)企業業績評価の基盤となる。(4)社外株主へ意欲を示す手段としての機能を果たすことができる。

人権基準は、企業の人権に対する取り組みの発展に活かすことができ、分類は以下の通りである。

・ 世界人権宣言
・ 国際人権規約−経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)、市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)
・ 子供の権利条約を含めた、その他の国連条約
・ 労働基準に関するILO(国際労働機関)条約及び勧告
・ 労働の基本的原則および権利に関するILO宣言
・ 国連事務総長のグローバルコンパクト
・ 国連法執行官行動綱領のような目的別の国際基準
・ OECD(経済協力開発機構)多国籍企業行動指針及びILO多国籍企業行動原則三国宣言のような多国籍指針
・ 地球規模の関係団体が主導する人権基準。例えば、アムネスティーインターナショナルによる多国籍企業人権指針、グローバル・サリバン原則、ソーシャル・アカウンタビリティー8000、エシカル・トレーディング・イニシアティブである。
・ 問題別に関係団体が主導する人権基準。例えば、ナイジェリアの石油産業に関してヒューマン・ライト・ウォッチが推奨した活動、あるいは米国の企業・NGOグループが同意した中国における企業活動原則である。

人権に関する企業指針を作り出すうえで、世界人権宣言は、人権を確立した根源的文書として、最も大切である。同宣言に示された人権原則のすべてが企業に直接かかわるわけではないが、同宣言と矛盾することを行なえば人権侵害とみなされるであろう。小規模ながら成長しつつある数々の企業は、近年、このことをはっきりと認識しているが、これは地球規模の企業原則・行動綱領として、またはグローバル・コンパクトは企業と共にあると是認することで、同宣言を支持する意欲を公表しているからである。支持意欲の表明は、長期間持続可能な手法、つまり、より透明度が高く、高度な説明責任を負う企業活動へと導く手法を生み出すための一つのステップである。

人権基準の中には、特定の状況において指針となるものがある。労働権に関連した基本的な国際原則は、ILO条約、特に児童労働の禁止、強制労働の禁止、組合結成及び団体交渉の自由、非差別という「基幹的労働権」を規定している条約に由来する。こうした人権基準は、承認・批准を経て何十もの国々の国内法に組み込まれており、労働慣行を含むほとんどの企業行動綱領の基盤としての機能を果たしている。地球的規模を持つ提携先が公平な労働基準に則った運営を確保するための事業は、急ピッチで進められており、人権基準はその第一の基準となる。

治安維持軍の使用、あるいは移民の労働権のような個々の問題に対しては、国際協定も企業にとって有意義な指針となる。国連警察職員行動綱領及び移住労働者等権利保護条約(案)は、このような問題に対してさらなる指針を示すものである。

関係団体への指針
企業は、国際的・地域的な人権関連団体が提案している基準も考慮に入れてよい。近年になって、いくつかの人権団体が企業との対話に取り組んでいるが、その中には成果を上げたものもあり、企業向けの基準が提案されている。ここで、地球規模の例をあげるならば、「アムネスティー・インターナショナル−企業のための人権原則」があげられる( www.amnesty.it/ailib/aipub/1998/ACT/A7000198.html )。同原則に示された10の原則は、国際基準に基づいており、人権侵害が起きている、あるいは起こりそうな状況において、企業が果たすべき役割を創り出すことを支援するのがねらいである。数ある団体の中でも、ヒューマン・ライト・ウォッチ(
www.hrw.org/ )及びグローバル・ウィットネス( www.oneworld.org/globalwitness )は、ナイジェリア及びアンゴラそれぞれの石油企業に対し特別勧告を行なっており、国際労働権基金(ILRF − www.laborrights.org )及びグローバル・イクスチェンジ( www.globalexchange.org )が主導する米国に拠点をおく企業・NGO連合は、企業向けの人権原則の草案を作成している。

指針から実践へ
単に人権対策を掲げるだけでは、人権に取り組む意義ある意欲を形成し、示していくには概して不十分である。ロイヤル・ダッチ・シェルのウェブサイトにある「人権セクション」では、「人権原則を示すことはたやすい。それよりもはるかに難しいのは、人権原則を企業文化の中に組み込み、実地で本当の意味で成果をあげ続けることなのである」と述べられている。この言葉は、人権に取り組み、人権原則の受け入れから完全実施へ移行しようとする企業が直面している真の課題を的確に表している。

指針を実施するには、様々な段階を経ることになる。第一段階は、企業と関係づけた広範な人権原則を必ず作ることである。世界人権宣言に正式に記載された「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない」という原則に、異議を差しはさむ者はほとんどいないであろう。しかし、企業活動に対しては、この原則の妥当性がやや不明瞭になってしまうことがよくある。ノルウェー企業連盟が作成した人権チェックリストによれば、民間の警備員を雇用している企業は、以下の2点 ――(1)警備員が「拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰」とみなされうる方法を絶対に用いないようにするためのルール作りを行なっている(2)警備員が国連法執行官行動綱領を遵守して訓練を受けている―― が行われているかどうかを見直すことで、人権原則を実施に移すことができる、としている。

問題の中には、合意を得た基準が存在しない場合もありうる。例えば、幅広い人権侵害が存在する国々に対して企業はどのように対応していくべきかに関して、まだ合意はなされていない。アパルトヘイトが存在した時代の南アフリカでは、サリバン原則を通して取り組んだ。同原則は、たとえ国の人種政策が組織的な人権侵害を強要している場合であっても、どのようにすれば企業が適切に活動することが可能かについての指針を生み出した。

今日、政府の人権政策が原因で、いくつかの企業がミャンマー(旧ビルマ)での操業停止を選択している。その根拠として多く述べられているのは、アパルトヘイトが行われていた頃の南アフリカのように、現地の民主化運動は、幅広く認められているものの、資本を削るものだという事実にある。いくつかの関係団体が求めるのは、企業がその影響力を、人権尊重のさらなる拡大に活用することである。ノルウェーのエネルギー企業であるスタットオイルは、同社が存在することで、人権状況にポジティブな影響をもたらすことを実証しようとする見解を表明した。また、それが不可能な国では操業停止を選択することもありうるとした。この見解は前向きなもので、企業の存在が自由主義化の要因になりうるのは当然のように思えるが、すぐにポジティブな影響をもたらせるわけではない。

しかしながら、ここまでの段階では、人権侵害が横行している国々で企業が活動できるかどうか、またどうすれば活動できるかを決定する、そうしたことを目的とした、共に受け入れられる指針は生み出せないのである。

関連団体――その展望と関心
NGOの爆発的な成長は、1990年代の社会のグローバル化を示す一つの現象であった。 NGOは、発展途上国での成長がもっとも顕著である。というのも、現在、グアテマラ、インドネシア、旧ソビエト連邦、南アフリカといった国々では人権団体が自由に活動できるからである。以前は、人権擁護を表明することすらほとんどままならなかった国々なのだが。報告によれば、インドでは、百万以上の草の根団体が社会的目標を達成するために活動しているとのことである。

さらに、先進国の関係団体や国連の社会的パートナーは、自国及び所属地域での活動と発展途上国の姉妹団体との協調を通して、地球規模の企業が果たす役割と影響への関心を着実に増している。実際、まさにそのネットワーク作りは、地球規模の企業の成長を促しており、驚くべきことに、地球規模NGOネットワークの成長と並行している。

企業発展の重要性は確かなもので、以下にそれを見ることができる。

・ 貿易自由化の重要性が増し、国の役割が減っていると認識し、多くの人権団体が多国籍企業の資本に注目している

・ NGOは、伝統的メディアが消費者も巻き込んで人権について話し合うよう持ちかけることに長けている

・ インターネットを活用した仮想の人権コミュニティーは、基本的人権の侵害、汚職、法の支配をないがしろにする公的措置について、迅速かつ効果的に話し合う場を生み出している。同コミュニティーでは、特定の工場における人権侵害及び国際的人権基準の侵害に対する企業の共謀疑惑も報告されている

・ 人権、環境、地域経済開発、性の平等、宗教といった分野の問題に注力している関係団体は、時として企業活動に目を向けることを目的にして、今まで以上に密接な提携活動を開始している

・ 非常に多くの企業が、NGOとの対話・協働の道を模索しているが、これは企業及びNGOの双方が懸念している問題に取り組むことを目的としている。

・ 社会は、今まで以上に企業の透明性に対して関心を寄せている。このことは、NGOを人権を尊重した結果としての企業業績に関して検証・報告を行うのに適切な方法を追求する方向へ導いている。

関係団体の見解及び意見を提示することは、本報告書の範囲を超えている。それでも、少なくとも、色々な国や企業があるように、関係団体にも多くの種類があるということを念頭に置きつつ、見解及び意見の提示をおこなうことは、広く共有されているいくつかの意見の概要を説明するのに有益といえる。

国際的人権団体の発言及び国内で活動している人権団体との対話に基づき、企業がNGOとの対話の中で衝突しやすい10の基本的なポイントを以下に示す。

・ 企業は、企画立案及び企業活動に、人権団体を考慮に入れなければならない

・ 企業は、世界人権宣言に端を発する国際的に承認された人権原則の支持を表明しなければならない

・ 企業は、重要な提携先の活動を評価するのと同様に、人権が自社にもたらす影響についても体系的に評価しなければならない

・ 企業は、自社の被雇用者及び提携先の被雇用者が基幹的労働基準を確実に尊重するようにしなければならない

・ 企業は、可能な限り透明性のある経営を行なわなけらばならず、自社及び重要な提携先の経営について外部監査を行なわなければならない

・ 企業は、人権侵害を行なってはならず、人権侵害に共謀することもあってはならない

・ 企業は、人権対策を成功させるために、指針形成、実践、説明責任システム構築に先立って、多岐にわたる関係団体から得られるものを求めなければならない

・ 企業は、人権状況に関わる政府、特に企業活動に影響を及ぼす政府機関との対話が可能であるし、また行なわなければならない

・ 企業は、問題を回避し、実践を改善していくために、人権団体及びその他の人権に詳しい団体と、定期的に対話を持たなければならない

・ 人権の享有に根本的な限界がある国々に関して、企業は、人権侵害を永続化することにしかならないような活動は避けなければならない。また、地方で目にする反対キャンペーンで資本を消耗してしまう国々との取引は避けなければならず、人権状況の改善を模索する目的があるからといって、そのような国々の影響力を利用することも避けなければならない。

提携原則
企業及び関係団体は、同じ問題に対して異なる見解を示すことがよくある。異なる見解を示すことで、関係団体は自らの存在価値を引き上げるが、誤解のもとになり価値を停滞させてしまうこともある。関係団体と強固かつ敬意に値する関係を築き上げることに成功している企業は、時間を投資することでそのような関係を築き上げており、関係作りに取り組むよう考えているのである。提携原則の中には、企業が関係団体と互いに同意できる関係を構築するうえで有益だと考えられるものがあり、そのいくつかを以下に掲げる。

・ 組織内部の透明性を認識してから、業務提携を決定すること

・ 提携先として適切なNGOを選択すること:非常に多くの市民社会組織が世界中に存在している。このことが意味するのは、有用な情報を提供することに関しては右に出るものがない団体もあるだろうし、紛争解決の助力が可能な団体もあれば、外部監査を実施しているところもある、ということである。また、国内規模、地域規模、あるいは地球規模の専門的知識を追求しているかどうかを確かめることも重要である。企業にとって、世界中で活動している幾千ものNGOを先導すること、そして適切な提携先を見つけることは、この上なく重要なことである。

・ 相互関係及び信頼関係の構築:NGOは、自身と多国籍企業の間に存在する力の格差に対して、神経質と言えるほど注意を払っている。しかし、敬意を持った関係を構築して格差解決に取り組めば、両者の関係を最良の方向へ動かすことも可能である。企業が関係を強化することもできるが、それに必要なのは、NGOにその信頼を損なう恐れのある署名・承認などを求めないこと、企業が合法的商業ニーズに取り組むのに必要なものを受け入れさせないことである。

・ NGO共同プロジェクトがもたらす素晴らしい成果からさらなるステップアップを:独自の活動を展開しているNGOのほとんどは、適切な効果もないのに、その信頼をもたらすよう求められると信じ込む危険がある。ゆえに、おそらく企業は、プロジェクトがもたらす望ましい結果について考えてしまうであろうが、その一方で重要なのは、最終見込みにプロジェクト関係者すべてが同意すること、プロジェクトの目標達成と提携先を支援する具体的な目標を共同で設定することである。

・ 提携の組織体制・目的・期間の決定:組織体制・目的・期間の決定は、それぞれが今後行なうことについて明確な理解を築く助けになるであろう。決定事項に含まれるのは、プロジェクト管理、目的・期間、提携するうえでの基本原則の作成、機密保持及び情報公開、提携にかかる費用、伝達方略の決定、である。以上の事項を決定することは、効果的な提携――役割と責任について確かな共通理解を持つもの――を生み出していくうえで、最も重要な部分の一つである。

・ プロジェクト及び提携の評価:プロジェクトが終わり次第、プロジェクトを内部から共同で見直すのは、非常に有効である。企業とNGOの提携が最良の形でなされれば、通常、どの団体も活動を前進させるるために手をとりあえるのだ、との理解を生み出す。また、困難な提携もおそらく他の目的にとって価値のあるものとなる、との理解を生み出す。プロジェクト及び提携を見直すことで、将来、さらに提携が促進されるのである。


第二節 国連:重要な提携先
昨年、国連事務総長コフィ・アナンが米国商工会議所に対して行なった演説では、「近年、根源的な変化が起き、国連が民間セクターへ目を向けるようになっている。対立は、協調の影に追いやられた。論争は、協調の前に屈服した」とあった。この変化は、実践的な方法で共通課題に取り組むことを目的に、国連機関・国連プログラムと民間セクターの間に生まれた共同発議が増加していることからもうかがえる。このような発議の多くは、国連のウェブサイトの専門ページ(
www.un.org/partners/business ) に記述されている。

国連事務総長は、発展途上の国連と民間セクターの関係に、さらなる一歩をもたらした。そこには、増加するニーズに応じて昨年ダボスで発表されたグローバル・コンパクトの存在があり、「地球規模で共有された価値のために、世界市場を支える役割を果たしている有能な地球規模の機関のために」という国連事務総長の言葉があった。

グローバル・コンパクトは、国際的規模を持つ財界と国連との間の協力関係を強化するための枠組みと想定されている。グローバルコンパクトで特に重要なのは、重要な国連文書――世界人権宣言、労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言、1992年の国連地球サミットで採択されたリオ宣言――にある世界的な同意を受けた人権基準の実施の支援に、企業が直接かかわるよう求めていることである。

効果的な手段としてのグローバル・コンパクト
グローバル・コンパクトが示す原則に従って活動することを目的とする企業の自助努力の支援を目的に、今まで数々の手段が講じられてきた。

グローバル・コンパクトのウェブサイト
www.unglobalcompact.org )は、2000年にダボスで行われる世界経済フォーラム総会で公式に開設されるであろう。

グローバル・コンパクトのウェブサイトは、企業、商業組合、国連協力機関、NGOの協力を得て、現在、創設中である。また、グローバルコンパクトは、その原則を企業の使命記述書や経営慣行に結びつけて、財界指導者を支援することを目的とした多様な手段であるばかりでなく、グローバル・コンパクトが対象とする3つの分野に関する情報も提供する。同ウェブサイトには、閲覧者が、用意された情報を容易に取り出せるように構造化された検索機能もある。情報は、現在、どの集中フォーマットでも入手できない広範な国連国別関連報告書に基づいている。多くの財界指導者が協調するのは、サイトに掲載された情報はサイトを閲覧する人に使いやすいフォーマットとなっており、企業の意思決定にとても有用なものとなるであろう、ということである。当ウェブサイトは、企業の社会的責任の分野で活動している、およそ38に及ぶ重要団体のウェブサイトにリンクしている。

解決に向けた対話。これは、財界指導者、国連幹部、市民社会からの協力者を集めて行われているが、これはお互いの見解、情報、活動、学んできたことを交換することを目的としている。

パートナーシップの構築。これは、国連と共にグローバル・コンパクトを実践しようとする意欲のある重要企業との間になされている。そのよい例としてあげられるのは、1999年6月に国連事務総長コフィ・アナンと国際商業会議所会長アドナン・カサールとの間でなされた共同声明の一部である。「財界指導者は、国連事務総長が呼びかけたグローバルコンパクトを歓迎した…そして国連と労苦を共にする準備があると表明した」。

企業が積み上げてきたものを見極めること、そして感じ取ること。これには、グローバル・コンパクトの原則を促進・実践することが必要となる。

グローバル・コンパクトを支援するために企業ができることは何か
ここで注目すべきは、グローバル・コンパクトの取り組みは、ミクロ及びマクロレベルの双方でとりあげられなければならないということである。政府には、国際基準を確実に踏襲していく第一義的責任があることを明確にする一方で、グローバル・コンパクトは、企業に、その影響が及ぶ範囲で直接グローバル・コンパクトの原則を踏襲するよう求めている。

まず、ミクロレベルで、私企業はグローバル・コンパクトを企業指針及び実践に読み替えることができる。これは、株主を分析することから目的の作成まで、また社員研修から運営手続き及び監査の仕組みまで、多くのことに絡むプロセスである。企業は、基準実施の努力を評価する効率的な仕組みを開発するため、また株主、顧客、より広範な一般大衆へ向けて自らの進歩を報告するため、業種別団体やその他の提携先と協働することもできる。

マクロレベルにおいて、国連事務総長が強調するのは、民間セクターが果たせる極めて重要な役割、つまり国連の強さと有効性を支持することである。企業が世界的ルールの構築の分野に目を向けていれば、国連の機能、つまり人権、労働及び環境保護の分野の基準をより広範に実施することに貢献することを目的とした機能を強化することになり、昨年のWTO閣僚会議期間中にシアトルで見られた極度の不安の一因となった重大な管理不安を埋めたであろう。

グローバル・コンパクトは、いかにして企業に利益をもたらすか
グローバル・コンパクトは、三つの重要な分野――人権、労働及び環境保護――に取り組むにあたって、企業に共通の枠組みを提供する。今日の国際企業は、多くの自発的決断を行ない、様々な項目をカバーする規約を抱え、さらに同一の定義及び適切な説明責任を欠くことも頻繁にあるがために、複数のプレッシャーにさらされている。企業の共通枠組みは、このプレッシャーに共同で対応していくことを可能ならしめるものである。

また、企業は、国連機構が蓄積してきたもの、地域及び国内状況に対する国連の見識、さらに関係者すべてを集めて共通の問題に取り組ませる国連の能力を、自らの利益のために活用することができる。最終的に、グローバル・コンパクトが示すのは、国連の規約及び宣言に正式に記されている世界的同意を得られた原則に基づくのは、正当なことであるということだ。

国連人権高等弁務官事務所の先導
グローバル・コンパクトは、民間セクターが企業と人権の問題に携わることを目指した独自の取り組みを展開するため、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に、価値ある枠組みを提供している。国連人権高等弁務官は、1999年中に何度も公の場に姿を現したが、これは、なぜ人権を支持・尊重することが企業にとって有益なのかを説明する「書類ケース」を作るばかりでなく、企業の社会的責任から考えたより広範な人権のあり方を財界指導者と共に追求していくためであった。

1999年6月に、ヴィンタートゥル保険の主催により、スイスのインターラーケンで「女性の国際ネットワーク会議(WinConference)1999」が開催された。そこで国連人権高等弁務官は、国際的な工業・貿易・金融団体に向けた演説を行ない、その中で多くの財界指導者の間に「企業に人権尊重に関わる姿勢があれば、長期にわたって企業活動を存続し、将来にわたって株主の利益を強力に保護することになるであろう」との認識が増していることを歓迎した。

国連人権高等弁務官は、1999年11月にサンフランシスコで行われたBSR(ビジネスを通じた社会貢献)の年次大会でも、人権を真に進展していくためには、政府、企業、NGO、国際組織、広範な市民団体といったすべてのレベルにおいて、革新的かつ相互に利益をもたらすパートナーシップが必要となるであろうと強調した。

国連人権高等弁務官は、重要な企業団体との会合にも定期的に参加している。2〜3例を挙げると、持続可能な発展のための世界経済人会議(WBCSD)、国際商業会議所、米国国連協会の機関である国連のためのビジネス協議会(BCUN)といったものがある。

グローバル・コンパクトの発展のために国連事務総長、国際労働機関(ILO)、国連環境計画(UNEP)と協働することに加えて、国連人権高等弁務官事務所は、以下の分野の活動にも焦点を当てている。

情報及び教育の提供
国連人権高等弁務官事務所が企業の社会的責任運動に対し、主として果たすことのできる貢献は、財界指導者にタイムリーかつ分かりやすい情報を提供することで、企業団体の知識――国際的人権基準及びその実施に結びつけていく仕組みに対するもの――を強化することである。

国連人権高等弁務官事務所は、知識の強化という目標の達成に向けて、いくつかの重要な提携先と協力関係を築いている。その例の一つは、国連人権高等弁務官事務所とBSRが協力して、2000年世界経済フォーラム総会で発表した論文を発行することである。また、国連人権高等弁務官事務所は、プリンス・オブ・ウェールズ・ビジネス・リーダーズ・フォーラム(the Prince of Wales Business Leaders Forum )及びアムネスティー・インターナショナルによって作成され、2000年4月に発行予定の経営者向け入門書「Human Rights:is it any of your business?」に寄稿もしている。

認識すべきは、良質な企業実践
多くの財界指導者及び国連人権高等弁務官事務所は、人権に前向きな影響をもたらす企業実践を見極め、公式に認めることは、人権に対する取り組みを喚起するのに効果的な方法であることを認めている。国連人権高等弁務官事務所が求めているのは、良質な企業実践の基準を見極め、それに相応しい企業実践の選別・認証に適した方法を提案する、そのようなプロセスに関心のある提携先である。

多国籍に活動を展開する関係団体との対話及びパートナーシップ発足の促進
国連人権高等弁務官事務所は、持続可能な発展のための世界経済人会議(WBCSD)のような団体と協働しているが、その目的は、企業と人権の問題に関して、地域単位で対話を行なう団体を鼓舞することにある。企業と人権の問題は、財界指導者、政府、国連機構、NGO、労働組合、その他の市民団体が人権問題に対する見解を共有し、パートナーシップ発足につながるであろう。

国連人権高等弁務官事務所が協働しているのは、国連環境計画及びNGOネットワーク、諸企業、国際組織、グローバル・リポーティング・イニシアティブ(GRI、www.globalreporting.org)のさらなる発展に寄与している関係団体である。国連環境計画は、国連基金から豊富な助成金を受け取った。その目的は、1997年に運営を開始して以来、企業レベルで環境・経済・社会の重要な指標について報告するための共通枠組み開発するという点で、重要な前進を見せているGRIを発展させることにある。企業レベルでの持続可能な開発に関する報告は、ある意味で広く受け入れられた説明手続きを認めるのに似ており、このような報告書は広く受け入れるよう奨励しようと試みている。受け入れを奨励することは、そのような報告の仕組みの構築が始まったばかりの段階にある人権分野において、特に重要である。

国連人権機関との協働
国連機構にある他の人権機関は、人権に対する企業責任の問題にもさらなる取り組みをみせており、国連人権高等弁務官事務所は、その事務局として機能を果たしている。

例えば、1998年(決定は同年8月)の人権の促進及び保護に関する国連小委員会では、活動方法及び多国籍企業の人権に対する取り組みの効果を調査すること、また、取り組みへのアドバイスを行なうことを目的とした作業部会の構築を決定した。

作業部会は、1999年8月に初めて会合を開き、以下の内容を含むいくつかのアドバイスを行なった。

・ 国際的な人権基準に基づいた多国籍企業向けの運営綱領を作成すること

・ 投資受入政府が、多国籍企業活動の尊重を伴う自国内の法的人権監視基準を念入りに作成せざるをえなくなるような仕組みを案出・採用すること

・ 国及び多国籍企業が責任を全うするのを妨げる可能性のある障害を細かく検討すること

人権保護の第一義的責任を負うのは政府であることを念頭に置きつつ、国連人権高等弁務官事務所は、人権侵害を申し立てられた企業の国際的な説明責任の問題を調査している。このことに関連して、国連人権高等弁務官事務所が、6つの人権取扱機関、特別報告官、さらに国連人権委員会が指名した作業部会に依頼したのは、政府が、その権限の範囲内でどのようにすれば国際的な説明責任を最大限促進できるかを研究することである。

国連人権高等弁務官がしばしば強調している通り、国連と企業集団が共通の目標に向けて力を集結すれば、グローバル・コンパクトは、唯一無二の真に有用な手段となるであろう。そして、共通の目標は、国際協力の強化という国連の使命の達成と、国連憲章が掲げているような「社会の進歩及び大いなる自由の下でのより良い生活水準」の促進に寄与するパートナーシップへと姿を変えていくに違いない。


第3節 企業がリーダーに
企業が人権問題に取り組み始めている。そこで、いくつかの団体が依頼しているのは、世界中に及ぶ人権の拡大に対して、企業が良い影響を及ぼしうる方法を示すことである。グローバル・コンパクトに示されている通り、企業がその存在の与える影響に責任を持ち、より堅実な商業環境の創造を支援できる方法を実践する、そのような社会的期待が増加しており、その期待に応じられる多くの企業が存在するのである。

近年、企業、国際的・地域的人権団体、労働組合、宗教団体、そして慈善団体の間で、数々の画期的なパートナーシップが着手されている。この中には、労働者とコミュニティーのための国際同盟(GA)、スタットオイルと化学・エネルギー・採鉱・一般労働者の国際労働組合との団体協約、公正労働協会、そしてグローバル・サリバン原則を生み出した共同会議が含まれる。

企業が実施していること
人権に関する企業の取り組みは、多くの形をとり始めている。その取り組みを以下に示す。また企業がこの急速な進展を見せる分野を調査すると、当然に生じるいくつかの実施課題が意味するものも追加的な形で示しておく。

人権責任の認知:近年、ロイヤル・ダッチ・シェル、BPアモコ、ノボノルディスクのような多国籍企業が公に認めたのは、企業の活動は人権と合致し、かつ世界人権宣言をしばしば実践していくものであり、企業にはそのことを確かなものにしていく責任があるということである。これは、公的説明責任の確立に向かう最初の非常に重要なステップといえる。というのも、企業が人権団体を企業の地球規模の営利原則に加えようと乗り出しているからである。、一時代前、企業は、環境保護に寄与できる(同時に恩恵も受ける)ことを初めて認識した。今回の進歩も、同じくらい重要なものになる可能性を秘めている。

今回の進歩の重要性は、3つの面から捕らえることができる。一つは、適切な人権責任を公に認めることで、以前は多くの企業集団が拒絶してきた人権団体との業務提携を思案することになる。ゆえに、今回の進歩は、1948年の世界人権宣言に掲げられた「社会のすべての成員」は人権を支援するという責務を遂げる助力となる。二点目として、人権に対する企業の認識が進んだことで、人権に取り組む企業の責任を決定する明確な枠組みを構築することになる。明確な枠組みがあれば、人権、特に現在発議されているおびただしい数の法規や基準を理解しようとする企業を支援できる。最後に、人権を認知しようとする企業の意欲は、世界人権宣言及び人権全般に対する支持を支援して強固なものにする可能性がある。業務提携は、より深く人権にかかわることを目的とした他の市民団体の触媒としての機能を果たすことができる。企業が政府、人権団体、消費者などとパートナーシップを築いているので、人権に対する共同の取り組みが増している。

企業の中には、人権または世界人権宣言の支持を渋るものもあるが、その理由は、人権原則は部分的にしか企業にそぐわない、人権に対する取り組みの行きつく先が不透明といったことである。

世界人権宣言の支持を表明しているいくつかの企業は、企業の適切な役割を慎重に検討する方法をとっている。例えば、BPアモコが生み出し公表した方針は、人権につなげられる異なる責任レベルの違いを公式に認めることである。このような認知の枠組みによって構築されるのは、人権の第一線としての企業の雇用方針であり、影響力が小さいと思われるその他の問題に対する取り組み意欲の度合いも関係する。先述したとおり、国連事務総長のグローバル・コンパクトも、国連の加盟国には「国際的に受諾された価値を実践する第一義的責任」があり、一方で企業にも必要不可欠な果たすべき役割があるということを認識している。他の機関・団体も果たしている非常に重要な役割から鑑みて、民間セクターと協調することは、企業がどのようにすれば積極的な影響をもたらすことができるかを追求するという、始まったばかりの事業がもたらした実りのある成果の一つである。

人権の企業制度化:今までの経験が示唆するのは、人権指針の作成には、その指針を実行しようとする意欲が必要であるということである。指針の作成の是非は、人権意識を企業の意思決定及び運営構造の中に制度化する適切な方法を見出すことにかかっている。企業の人権指針の実施を可能にする方法については、後に詳述する。

役員レベルでの人権管理:人権についてアドバイスを行なう企業役員を雇用し、人権指針の実施を管理することで、人権意識を向上させ、人権指針を実施するうえで大切な実施しようとする意欲を生み出す内部説明責任システムの構築を促すことになる。

人権研修:いくつかの企業、特に労働基準の問題に関して活動を行なっている企業は、人権問題についての研修を開発・提供している。このような内部研修機能は非常に重要で、企業と人権の関係に対する注目を高めて研修実施ノウハウを提供することで、企業役員は人権問題に対して非常に優れた取り組みを行なうことが可能になる。

原住民への配慮:カナダの炭鉱会社の一つであるプラサードーム(Placer Dome)は、操業地域における原住民の利益及び原住民が居住する地域のニーズを確実に考慮するよう、詳細な手法を打ち出している。

人権が与える影響の評価:ノルウェーの石油会社であるスタットオイルは、様々なステップを踏んで人権尊重を実践している。BPアモコとの協定は、アゼルバイジャンにおける石油の採掘及び生産が人権に与える影響を調査する目的がある。この調査は、スタットオイルアゼルバイジャン支社長が要求したもので、企業が投資を決定する前に調査できるのは「当然」としている。

基幹的労働権を支持する革新的な努力:ここ5年間、企業は、サプライチェーン全体が基幹的労働権を確実に尊重するよう働きかけてきたため、重要な進歩が現れてきている。多くの分野で、多数の企業が公的説明責任を果たす第一段階として、ILO協定や労働法に基づいた行動綱領を採り入れている。ここ1年で、基幹的労働権の尊重を目的に、革新的ともいえる実施努力がなされ、可能性のある進歩が見られた。以下はその例である。
〇若年労働者とコミュニティーのための国際同盟(
www.iyfnet.org )。このプロジェクトは、国際青少年育成財団、ナイキ、マテル、世界銀行、及びジョン・D・アンド・キャサリン・T・マッカーサー財団が出資し、地球規模のサプライチェーンで働く若者に最大限、人格的・経済的発展を果たす機会を保証するよう意図されたプロジェクトである。

○ 公正労働協会( www.lchr.org/lchr/sweatshop/main.htm )。これは、NGOと衣料や履き物を扱う企業との間に結ばれたパートナーシップで、会員企業とその主要な契約先及び供給業者の双方を拘束すると考えられる労働慣行の業界基準を提示・監視している。

○ 英国を拠点としたエシカル・トレーディング・イニシアチブ(Ethical Trading Initiative、 www.ethicaltrade.org )の試験的プロジェクト。これは、基幹的労働権の尊重を強化することを目的とした分野を越えたパートナーシップである。今までに実施されたのは、南アフリカ、ジンバブエ、中国のそれぞれで実施されたワイン、紅茶、衣料品の生産といったものである。

○ 玩具、衣料品、農業、その他の製造業を対象とした数々の独立した労働基準監視プロジェクトが、アジア、ラテン・アメリカ及びアフリカで開始されている。以前、民間セクターは労働基準の外部監査を不適切だと考えていたが、今では、いち早くサプライチェーンの公正な労働環境を確保する企業努力の第一義的かつ当然の基準の一つとなっている。

○ 供給業者主導:基幹的労働基準の遵守を確かなものにする努力は、様々な国の顧客からだけでなく、地域の供給業者によってもたらされるものである。多くの地域製造業者は、自ら労働基準実施への取り組みを行なうことで、探し求めていた海外の顧客に大きく接近できるということを理解し始めている。スリランカのような地域の企業は、安全な労働環境、公正な待遇及び市場での利益を確保した現代的な職場への投資することで、労働基準の向上がいかにビジネスを有利に導くことができるかの手本を示すことに気づいている。ドミニカ共和国における、ある供給業者共同プロジェクト(次節参照)のリーダーが、プリンス・オブ・ウェールズ・ビジネス・リーダーズ・フォーラムで語ったところによれば、「これは、ほとんど世界規模の意識変革といえる。経営者は労働者を公正に扱うようにしなければ、働いてもらうことはできない。もう列車は走っている。国によって速い遅いの違いはあるかもしれないが、走っているのである。企業は乗ることもできれば、降りることもできる」。

企業が共同で行なっていること
民間セクターの提携:最近の発展の中には、業務提携の結果としてもたらされたものがある。業務提携は、基本的に二つのことを実現している。一つは、多くの企業が、より良い人権の理解を模索している企業に対して手段と援助を提供していること。二点目として、新たなパートナーシップは、企業が効果的に人権問題に取り組むのに必要とされる技術及び協力関係を生み出す支援を、明確な形で生み出していること、である。

企業の特別提携も、人権問題に取り組むことを目的とした協働を生み出した。ブラジルでは、企業団体が児童の権利に取り組むために一致団結した。エタノールを使用した穀物生産における児童労働撤廃に動くためである。

既存企業は、いくつかの興味深い試みを実施している。その一つは、ノルウェー産業連盟(NHO)の活動で、アムネスティー・インターナショナルと協働して行われている。ノルウェー産業連盟は、「国際的に認められた人権基準に従って、人権に対応することを目的とした独自の戦略を考案することに関心のある企業のためのツール」を意図した「チェックリスト」を作成した。

米国を拠点としたビジネス・フォー・ソーシャル・リスポンスィビリティー(Business for social responsibility
www.bsr.org )は、人権プログラムを実施している。このプログラムは、同会の会員企業及びサプライ・チェーン企業のみならず、他企業や関係団体にも、企業向けの人権指針を作成・実施することを意図した一揃いのツールを提供するものである。

英国において、プリンス・オブ・ウェールズ・ビジネス・リーダーズ・フォーラム( www.oneworld.org/pwblf )は、健全な人権指針を、戦略レベル及び実施レベルの双方で促進するため、企業と協働している。

グアテマラにおいて、非伝統的製品輸出協会(VESTEX)は、中心的労働権及び国内の労働法を遵守しているかどうかを試験・実証できる工場検定プログラムを開発することで、労働基準を促進し、その実施具合を測ることを目的とした地域的な取り組みを行なった。

多くの企業が気付いたのは、これまで述べてきたような組織団体を通して活動すれば、一企業のみではなしえない影響力を生み出すことになり、結果として人権への取り組みを支援することができるということだ。加えて、企業が集まることで、単一企業では言いにくい、あるいは実行しにくいことが可能になりうるのである。同時に、企業は、広範な組織を通して活動するからといって、間違っても自らの限界を越えてまで革新的段階に入ることのないよう留意しなければならない。広範な組織は、「最低水準」の取り組みを行なうようなことがなければ、有用な支援を提供できる。

報告と調査
いくつかの企業では、人権問題に関する履歴の体系的な調査が開始されている。この進歩は、企業の社会的責任をあらゆる面からより透明にしていく大きな流れである。関係団体及び社会的パートナーが頻繁に透明性の向上を要求するのに従って、グローバルサリバン原則( http://sullivanprinciples.org )、グローバル・リポーティング・イニシアチブ、ソーシャル・アカウンタビリティー8000(
www.cepaa.org/sa8000.htm )のような試みが現れ、自らの人権履歴を調査・報告する方法を試す企業の割合が加速度的に増している。この報告は、以下の三つの方法、つまり企業自身による調査、営利目的の企業による外部からの調査、あるいは独立した監視・調査によって、実施され、調査されることになっている。

デンマークのバイオ企業であるノボノルディスク社は、人権を、同社の社会的責務の重要な要素の一つとした。最初の社会報告書において、同社は自らの発展のため、人権指針の発展と報告を確約した。1999年の社会報告書において、ブリティッシュテレコム社も、持続可能な発展に関する報告の中で人権に言及している。労働基準関連の活動を展開している企業の中には、広範な人権情報を利用可能にしているところもある。情報は多岐にわたっており、多国籍企業のブランド品を生産している被服縫製工場の情報開示、幅広く入手可能な独立した調査報告書、独立した人権監視プログラムの開発を委任された外部の専門家集団の招集、人権監視システムを監督し、消費者に対して公に報告することを意図した新たな独立機関の創設といったものがある。

現時点では、その数は着実に増加しているものの、まだほんの一握りの企業のみが幅広い人権履歴の「社会的監査」を実施しているにすぎない。基準となる指標も、開発の初期段階にあるのみである。報告・調査の過程に磨きをかけ、全関係団体の期待に応えるためにも、さらなる活動と試みが必要とされている。実際、先述した企業のみならず、そうした活動を展開している他企業も、まだ活動は初期段階にあり、調査基準を開発しつづける必要があることをはっきりと認めている。

企業と開発
多くの企業、特に発展途上国に拠点をおく企業にとって、人権と企業の最初に交わる場として、地域開発及び社会資本の整備に焦点が当てられることになる。女性及び児童の教育を受ける権利、医療を受ける権利及び経済的機会を促進する発議は、その表題に「人権」と名のつく政策の結果ではないかもしれないが、世界人権宣言やその他の国際協定、とりわけ子どもの権利条約にある様々な条項の享受を広める助けとなるものである。

その一例は、女性・児童の健康に焦点を当てた職業訓練と地域保健を通して女性及び児童を援助し、また、その他の形での地域開発も行なうことに対して、信用のおける長期的立場に立った公約を表明しているインドのタタ財閥に見ることができる。この公約は、一種の発議であり、行動綱領を遵守する枠組みを凌ぐもので、また特定団体に研修を行ない、公の大きな注目を集めることにも関わってくるものである。タタ財閥が模索するのは、「具体的な支援の提供を凌ぐプログラムを促進すること、そして、行動から学ぶことを通して確かな自信をつけることを目的とした参加する能力を開発すること」である。

人権の促進、市民団体との協働
いくつかの企業及び企業集団は、人権に対する一般的理解の促進を支援する段階にある。こうした活動は、企業の持つ「四つの壁」を乗り越えてこそ行われうるものであり、時として、多くの企業が実行を渋る政策提言を行なっている企業に関係する可能性がある。その活動例は、世界人権宣言50周年及びリーボック・インターナショナルが若い人権活動家に対して授与する年次表彰に注目した、イタリアの衣料品小売業者であるベネトンの一般広告キャンペーンに見ることができる。他企業は、自身のウェブサイトに人権を対象としたセクションを設けることで、人権への注目度が増すよう支援することを選択しており、そのようなウェブサイトの多くは人権団体へリンクしている。

先述した発議の中には、分野を越えたパートナーシップに関係するものもある、実際、多くの企業は、市民団体との協議やパートナーシップが企業活動のあらゆる面で強化をもたらすことを理解している。

ドミニカ共和国には、企業の労働基準実践を見直すことを目的に、リーバイス社が最初に招集した国内及び国際NGOグループがある。同グループは、現在、ドミニカ共和国にあるリーバイスの仕入先と関係を築いているが、これは、その仕入先が、工場で働く女性衣料品生産労働者の健康を守ることを企図したプログラムを生み出しているからである。グアテマラにおいて、多国籍企業は、同国にある人権法典の施行の支援を企図するNGO代表の連合体であるCOVERCO (Commission for the Verification of Corporate Codes of Conduct、企業行動綱領調査委員会)とのパートナーシップを築いて活動している。

先述した通り、企業とその他の市民団体との間に協働プロジェクトを構築するのは、困難な道であるかもしれない。両者は、世界の見方が食い違うこともたびたびあり、市民団体の中には、まだ企業文化を理解していなかったり、分野を越えて活動することに妥協できないものもある。さらに、企業とNGOには、時間に対する考え方に大きな隔たりがある。企業の運営は結果を指向したものであり、NGOは透明性の最大化と独立した公的説明責任システムを追求する。しかし、その大きな隔たりは、両者のパートナシップをすこぶる貴重なものにできるものでもある。両者の協力なくしては果たすことのできない結果があり、頻繁に成果を上げている。


第4節 行動枠組み−九つのステップ
人権は、もはや小さな社会事業のみが問題にするつけあわせ的な問題とみなされていないのは明らかである。今、世界にある巨大で絶大な影響力を持つ企業のいくつかは、人権を「主役」として組み込んでいる。

企業がいかにして企業運営に人権配慮を一体化し、それを進めていくことができるかについては、多くの問題がが残るところだが、同様にはっきりしているのは、企業がいかにして企業運営を壊さないで人権の改善を達成するかについての骨子に焦点が当てられているということである。財界指導者が、献身的な関係団体によって雄弁に表明された懸念にしたがって行なった、奏効した試みは、企業が広範な人権原則を実践に移すことを可能にする方法について、初めてともいえる合意を生み出した。

行動枠組みが示すのは、企業が実行できる広範な一連のステップで、以下に掲げておく。

人権問題を見極めること:第一段階は、企業が直面している可能性のある人権問題を見極めることである。人権問題は、産業部門によって、また企業の運営・取引がなされている国々であれば、明確に改めることができる。過去5年間で、明示されたのは、ほとんどの企業が労働基準に注目する必要がある上に、採鉱企業、衣料品または履き物を扱う企業及び農産業は、目に見える問題を抱え、種々の取り組みを必要としているということである。企業の運営・取引がもたらす人権に対する影響の潜在力を見直すことは、人権指針の設定及び実施に目を向けてもらうのに役立つであろう。

追加的指針の作成:先述した通り、世界人権宣言と国際労働機関(ILO)の中心的労働権は、一般に、企業の人権指針の基礎となるものである。また、企業が直面している企業ならではの問題に取り組むため、新たな広がりを見せている。例えば、石油企業数社は、同社が保有する施設内で、またはその近辺で働いている警備員のためのガイドラインを作成するため、国連の法執行官行動綱領に基づいた人権指針を作成・実践している。

運営を可能にする人権指針:人権指針を手にすることは望ましい効果を生み出し、多くの企業は、指針の実践を支援するガイドラインを作成している。広い範囲にわたる人権原則を実践に移すプロセスは必要不可欠だが、場合によっては複雑かつ困難なものとなる。しかし、そうしたプロセスを経なければ、人権指針を実践し、内部で意思疎通を図り、提携先と活動し、外の世界へ向けて活動する、そうした企業の能力が実質的に制限されてしまうことになる。人権指針の作成は、自社内での努力及びNGOやその他の外部関係団体に働きかけることの双方をもってすれば強化されるであろう。

対話/交流/協働:多くの企業にとって、これが実質的に第一段階となる。例えば、ノボノルディスク社は、人権指針の設置に先んじて、企業の人権問題への取り組みに関心と懸念を示す関係団体だけでなく、研究者たちへの働きかけにも力を割いている。熟慮のうえで実行すれば、人権団体及び社会的パートナーとの事前協議は、企業が人権に取り組む準備を整える基礎構造の強化を可能にし、公的説明責任システムの構築を支援することになるであろう。

幹部への教育/研修:企業を見るのと同様に、特に重要なのは、人権指針を「作成・破棄」する機会を得た者すべてに、人権指針の背後にある哲学だけでなく、人権指針が現場で意味するものについての教育を確立することである。これは、数え切れないほど多くの国で活動を展開している企業にとっては、困難な任務である。また、規模の大小に関わらず、全世界に展開している企業は、異なる文化的背景を持ち、人権への取り組み方や人権履歴が幅広く変化する国々に拠点をおくスタッフに対して、地球的人権原則を伝える必要性も理解している。企業のこのような姿勢は、人権指針を実践する上で大きな違いをもたらす可能性のある微妙な文化的差異に取り組むと同時に、一貫したメッセージの伝達を重んじるものでもある。

適切な企業の能力開発:過去5年間で、いくつかの企業は、人権問題を取り扱うには、企業の内部に人権問題に取り組む能力と専門性が必要ということに気付いている。環境保健事業公団(EHS)の機能は、たいていの多国籍企業の中で発展しており、それと同時に、人権の専門家を養成する多国籍企業が相次いでいる。企業が人権の専門家を養成する価値は、(1)人権という複雑な論題にふさわしい専門性(2)移り変わりの速い人権環境を監視する能力(3)NGO及び公的機関と意義ある交流を行なうに十分な知識と伝達能力(4)人権指針の違反があった場合に事態を収拾する能力(5)従業員による人権指針の実施責任を確立する権限、を獲得するのに役立つところにある。企業の中には、人権または労働権を扱う独自の部・課を設けているところがある。その中には、広範な企業の社会的責任を扱う団体または企業問題に関わっているところもあれば、国または地域担当マネージャーに責任を「移譲」しているところもある。

提携先とのコミュニケーション:企業内の能力は非常に重要だが、同時に、提携先が確実に企業の人権意識を理解・実践することも大切である。提携先は多くの形をとる。供給メーカー、下請け業者、政府、その他諸々である。このことが意味するのは、提携先とのコミュニケーションも、また多くの形をとるということである。以下は企業が通るステップである。行動綱領及びその他の人権基準に関する供給メーカーへの研修には、契約による同意に示された人権基準及び労働基準の遵守及び人権が尊重される環境を確保する必要性について、役人としかるべき対話をもつことが含まれる。

企業内部への説明責任:企業指針のほとんどは、説明責任システムなしでは、効率的に機能せず、人権指針も例外ではない。実施基準を設け、人権指針の実施に責任を持つスタッフを確保することで、企業は更なる成功へ向かうことができる。こうした企業の成功を可能にするには、いくつかの方法がある。上級管理職が最終責任を負う企業もあれば、国ごとに戦略を立てることを選ぶ企業もある。両方を選択しているところもある。様々な手段を経て、外部監査あるいは公報、調査報告といったいくつかの方法を実施する企業は、企業内部への説明責任を一歩先に進めることになる。

外部監査及び公報
本報告書を通して述べてきた通り、企業の中には、異なる形で監査や報告といった試みを始めているところがある。そうした実践は、労働現場で非常に高度な発展を見せており、また最近の発議の例も、本報告書で既に見ることができる。WTOシアトル閣僚会議を含めた最近のイベントが示しているのは、一般消費者が、透明性の増強と独立した公的説明責任システムを認識することの重要性が増しているということである。経済学者であるポール・クルーグマンの言葉を借りれば、外部監査及び公報は、企業に「ダボスに集結したいくらかの者を越える顧客の獲得」をもたらす一つの方法である。


第5節 今後の予測される状況
企業と人権は、まだ未成熟な分野である。世界貿易に対する注目は、地政学的議論の中でも支配的な状態が続いているので、多くの新たな疑問が噴出しているにもかかわらず、実益のある解答を模索する必要性は尽きることがないであろう。これは疑う余地はない。そして、我々が住む世界は、類を見ない速度で変化している最中である。実際、多くの人が変化の度合いは、今日の世界を支配する力だと信じている。

さらに、議論がどのような方向に発展していくかを確実に予測することは困難である。しかし、新世紀は「予測不可能」と認めながらも、いくつかのことは確実に見えてきている。

企業に直接関わる調和的基準を生み出す努力は継続されるであろう。多くの企業とおびただしい数の関係団体が、行動綱領の増殖は、人権状況の改善への努力を希薄にし、混乱を生む可能性があるとの懸念を表明している。ゆえに、世界人権宣言、基幹的労働基準、さらに、ある意味で企業や関係団体の目的・意義を支持し、実際に強化する国際的な原理・原則を、以下にして実践していくかについての調和的基準の創設を支持する者が増加している。この試みは、ある程度時間がかかるかもしれないし、乗り越えなければならない組織的競争になる可能性がある。しかし、こうした試みは、おそらく幅広く議論されると思われる。グローバル・コンパクト、グローバル・リポーティング・イニシアティブ(GRI)、グローバル・サリバン原則及びその他の発議は、明確な一連の基本原則を通して生み出されたと思われる手段と言えるかもしれない

活発な議論と実践は、多国間レベルで継続されるであろう。公式の貿易協定、グローバルコンパクトのような試み、世界銀行やその他の団体が行なった発議を通して、地球規模の同意が、地球規模で活動を展開する企業に対して最も良い形で達成できるかどうか。これは、企業の社会的責任に対する同意を形成したいと望むことに対して、少なくとも一部で責任が生じるし、また、混乱や重複を回避する責任も生じる。

NGOセクターは、規模・影響力の両面で、急速に成長を続けるであろう。議論すべきことは、規模が拡大し、洗練され、多様性を増しているNGOセクターによる多くの例で、引き続き決定されるであろう。仮想の人権ネットワークは、情報交換、政策提言、組織化、提携を行なうための非常に大きな器として発展している。

新たな問題が企業の枠組みの中に出現するであろう。労働基準をめぐる議論は、本題と著しく乖離したところで大きなものとなり、児童労働へと焦点を当て始めている。同様に、人権についての一般的な話し合いも大きなものとなるであろう。移民労働が注目を集め始めているが、これは世界中の人々が、かつてないほど移動しやすくなったからである。「最低生活賃金」の問題と、生活の基本的ニーズを確実に満たすものとしての企業の責任は、より議論の的となることであろう。性の平等を確立する企業の責任も大きなものとなるであろう。

企業が実施する技術的進歩は、人権の再定義を促すであろう。我々が認識し始めたばかりの、しばしば技術的進歩によってもたらされる真新しい問題がある。人権の定義が変化すると、バイオテクノロジー、特に遺伝子工学に関わる技術の発展は、人権にどのような影響を与えるのだろうか。情報技術が台頭し、商業目的で利用可能な個人情報が広く流布されると、世界のそれぞれの地域で異なる理解がなされている概念であるプライバシーの権利にどのような影響を与えるのだろうか。バイオテクノロジーと情報技術を「複合活用」した技術を駆使する製造メーカーの責任はどうなるのか。企業は、製品をそんな風に使用されるとは思っていないのだが、政府あるいは個々人から権利を奪う民間セクターというものは、製品の意図せぬ利用を行なうことがある。ほとんどの企業は、まだ、そのことから生じる責任について深く考えていない。最後に、e−コマースの成長が共用スペースの概念を再定義するとき、企業は、このような状況下で、どうすれば個人が共用スペースを利用しやすくなるか、その可能性を大きなものにするかもしれないのである。企業は、こうした問題のすべてに取り組むよう要請されるであろう。

新たなセクターは、より深く議論に絡んでくるであろう。企業が発展するにつれて、民間の産業セクターも議論に絡んでくるであろう。今まで、人権団体は、採掘企業ばかりでなく、玩具、靴、衣服といった軽消費財の販売業者にも注目してきた。その他の成熟した分野――農業、家庭用電化製品、製薬、自動車といったもの――では、議論が起きやすい。同時に、新産業セクターあるいは最先端技術を扱うセクターも、その社会的影響、そして、何を置いても企業に存在する人権に真剣に取り組まなければならなくなるであろう。

企業は、その内部で、人権に対する取り組みを継続的かつ専門的に行なう必要があるであろう。近年の社会的責任に取り組む企業努力を明確にするテーマの一つとして、 があげられる。主要な多国籍企業内の人権機能の発展に関わっている。企業が取り組むと見込まれている問題が拡大しつづけるならば、企業にとって、ある種の巧みさ――予測可能な課題に対しては上手に取り組むこと、どのような課題が現れてくるかを可能な限り完璧に予測すること、警告もなく、しかし必ず浮かび上がってくるであろう課題に対して賢明に対応すること――を維持することが必要になってくるであろう。

上記の英文サイト↓
http://www.unhchr.ch/business.htm

(人権フォーラム21事務局:北村訳)


 

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