パリ原則から見た旧「人権擁護法案」の問題点
(全面改訂版)

人権フォーラム21 (山崎公士作成)
国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)「人権擁護法案」の問題点
権限および責任
1. 国内人権機関は人権を促進および保護する権限を付与されるものとする。
*人権の「促進」権限に関して:人権「啓発」は人権委員会の所掌事務とされる(6条二号)が、人権「教育」(文部科学省所管)は対象外。人権教育・啓発推進法の趣旨と矛盾。
*人権の「保護」権限に関して:地方人権委員会が設置されず、地域での人権相談体制が不備。人権委員会の地方事務局体制は法務局・地方法務局を活用するため、市民から信頼されず、実効的には機能しない。人権救済権限については、公権力人権侵害にかかる救済権限が不十分。
2. 国内人権機関はできる限り広範な職務(mandate)を与えられるものとする。その職務は、機関の構成および権限の範囲を定める憲法または法律において明確に規定されるものとする。*労働分野の人権侵害など一定の事案については、人権委員会の第一次的な管轄権から外されており、また提言機能についても、「助言」と表現されているなど、人権委員会には必ずしも「広範な職務」は付与されていない。

*人権委員会は法律にもとづき設置される。
3. 国内人権機関は、特に、次の責任(responsibility)をもつものとする。
 (a)政府、議会その他権限のある機関に対し、人権の促進および保護に関するあらゆる事柄(any matters)について、関係当局の要請によりまたは上級機関に付託することなく問題につき聴聞する(to hear a matter)自らの権限の行使によって、助言的な基盤で、意見、勧告、提案および報告を提出すること。国内人権機関はそれらを公表すると決定することができる。これらの意見、勧告、提案および報告、ならびに国内人権機関の特権は、以下の分野に関連するものとする。
【人権政策提言機能】
*20条で、「人権委員会は、内閣総理大臣若しくは関係行政機関の長に対し、又は内閣総理大臣を経由して国会に対し、この法律の目的を達成するために必要な事項に関し、意見を提出することができる。」と規定する。しかし、あらゆる事柄について、聴聞し、政府・国会等に提言できる仕組みとするには、政策提言機能を6条の所掌事務の中に明記するともに、20条も「意見」の提出ではなく、「提言」及び「勧告」とすべきである。
  (i) 人権の保護を維持し展開することを目的とする立法上または行政上の規定、ならびに司法機関に関する規定。これに関連して、国内人権機関は、現行の立法上または行政上の規定、ならびに法律案(bills)および法律提案(proposals)を検討するものとし、これらの規定が人権の基本原則に合致するよう確保するため、適切と考える勧告を行うものとする。国内人権機関は、必要であれば、新たな立法の採択、現行法の改正、ならびに行政施策の策定または変更を勧告するものとする。*20条の規定から、人権委員会が法律案等の提案、現行法改正、行政措置の採択・改正等について意見提出することは、排除されないであろう。しかし、政府はそのような意図は持っていないと思われる。国会審議で、人権委員会はこうしたことも提案できることを確認するとともに、20条の規定も可能な限り広範かつ具体的にし、上記項目について意見提出ができることを明記すべきである。
*また、法案が定めるのは、あくまで「意見提出」であって、「勧告」のような強い性格をもつものではない。
  (ii) 国内人権機関が取り上げると決定した人権侵害の状況。*同上
  (iii) 人権一般に関する国内状況、およびより具体的な問題に関する報告書の準備*同上
  (iv) 国内の地域で人権が侵害されている状況につき政府の注意を喚起し、そのような状況を終了させるための施策を政府に提案し、必要な場合には、政府の姿勢と対応について意見を表明すること。*同上
 (b) 法律、規則および慣行と国家が締約国となっている国際人権条約との調和、ならびに国際人権条約の実効的な履行を促進し確保すること。*同上。人権委員会にとって重要な機能である。国会審議で、是非とも、確認する必要がある。
 (c) 国際人権条約の批准またはこれへの加入を奨励し、その履行を確保すること。*同上。人権委員会にとって重要な機能である。国会審議で、是非とも、確認する必要がある。
 (d) 国際連合の機関および委員会ならびに地域的国際組織に対し、条約上の義務にもとづき国家が提出を求められる報告につき貢献し、必要な場合には、自らの独立性を十分に考慮し、報告に関し意見を表明すること。*同上。諸国の国内人権機関の中には、自ら政府報告書を作成し、あるいは作成に関与する場合もある。政府報告作成段階で、人権委員会に必ず意見を求める制度を確立すべきである。
 (e) 人権の促進と保護の分野で権限をもつ国際連合および国際連合システムの他の機関、地域的国際組織ならびに他国の国内人権機関と協力すること。*6条四号で、「所掌事務に係る国際協力」を所掌事務としている。しかし、外務省は国内人権機関に関する国連主催の会合等には積極的に関与してこなかった。人権委員会事務局に国際協力を推進する強力なスタッフ(NGOからの採用が望ましい)を配置すべきである。
 (f) 人権に関する教育および研究プログラムの作成を支援し、学校、大学および専門家団体におけるそのプログラムの実施に参画すること。*人権「教育」は人権委員会の所掌事務とされていないため、これを実施する予定はないと思われる。このことは人権擁護法の趣旨・目的とも矛盾している。
*また、法務省所管の司法研修所における司法修習についてさえ、人権委員会は何ら関与することはないと思われる。
 (g) 特に情報伝達および教育を通じて、またあらゆる報道機関を活用して、民衆の関心を高め、人権およびあらゆる形態の差別、特に人種差別と闘う努力に関し宣伝すること。*法案には規定なし。広範な市民が人権相談・救済を利用できるよう、人権救済制度と人権委員会の組織・権限の広報義務を明文化すべきである。
構成ならびに独立性および多元性の保障

1. 国内人権機関の構成およびその構成員の任命は、選挙によるか否かを問わず、人権の促進と保護に関わる(市民社会の)社会勢力から多元的な代表を確保するため必要なあらゆる保障を備えた手続に従って行われるものとする。特に、これ〔国内人権機関の構成およびその構成員の任命(訳者注)〕は、下記の代表との実効的協力の確立を可能とする勢力によって、または下記の代表の参加を通じて、行われるものとする。

 (a) 人権に取り組み人種差別と闘うため努力するNGO、労働組合、ならびに弁護士会、医師会、ジャーナリスト協会および学術会議のような、関連する社会組織および専門家組織
 (b) 哲学思潮または宗教思潮(Trends in philosophical or religious thought)
 (c) 大学および高度の専門家
 (d) 議会
 (e) 政府部門(これが含まれる場合、その代表者は助言的資格でのみ議論に参加すべきである。)
【委員のジェンダーバランス】
*9条2項で、「男女のいずれか一方が二名未満とならないよう努める」ものとすると規定するが、「努める」でなく、「しなければならない」と法定すべきである。
【委員の多元性】
*人権委員会の委員数は5名で、しかも常勤委員は2名にすぎない(8条)。こうした少人数構成では、委員会の多元性はまったく確保できない。この規定は、もっとも明確にパリ原則に反する一例である。少なくとも委員数を9名に増員し、左記パリ原則を踏まえ、かつ各種マイノリティ出身/関係者から委員を登用できるようにすべきである。
【委員選任手続の公開性・透明性】
*委員の選任手続の公開性・透明性については、何ら法定されていない。9条に、たとえば、「委員の任命に当たっては、公開で透明な手続に従ってこれを行うものとする。」の項を追加すべきである。
*また、左記(a)(b)(c)の実効的な関与・協力を担保する手続規定を設けるべきである。
2. 国内人権機関はその活動を円滑に行えるような基盤、特に十分な財源をもつものとする。この財源の目的は、政府から独立で、その独立性に影響しかねない財政統制の下に置かれるとのないよう、国内人権機関が自らの職員と土地家屋を持つことを可能とするものでなければならない。【人権委員会の組織的独立性】
*人権委員会は国家行政組織法3条にもとづき設置され、法務大臣の所管に属する(5条)。また7条で職権行使の独立性も明記されている。しかし、形式的独立性は確保されても、とくに公権力人権侵害にかかる救済に関し、法務大臣の所管では、実効的な救済は期待できない。また、人権問題は多省庁にまたがる。人権委員会は総合調整機能を持つ内閣府に置き、独立性を確保し、併せて縦割り行政の弊害を未然に防止すべきである。
*加えて、独自の事務局を持たせ、その職員も法務省職員の横滑りではなく、人権委員会に職員の採用を含む独自の人事権を保障すべきである。
*さらに、事務局も法務省本省とは別の建物に置くべきである。
【人権委員会の財政的独立性】
*人権擁護法案では、人権委員会の財政的独立が何ら担保されていない。第2章に、人権委員会の財源面での独立性を担保するため、1条文を設けるべきである。
3. 機関の真の独立にとって不可欠である構成員の安定した権限を確保するため、構成員は一定の任期を定めた公的決定(an official act)によって任命されるものとする。この任期は、構成員の多元性が確保される限り、更新可能である。*9〜12条によって、委員の身分保障ははかられている。ただし、任期3年は短すぎ、5年程度が妥当。
活動の方法
国内人権機関はその活動の枠組みにおいて、次のことを行うものとする。
 (a) 政府によって付託されたものであれ、上位の当局に付託せず自らが取り上げたものであれ、構成員または申立者の提起によって、その権限に属する問題につき自由に検討すること。
*38条は、人権侵害を受けた者の申出による他、職権で救済手続を開始できる(3項)こととしている。
 (b) その権限に属する状況を評価するため、いかなる者の意見も聞き、情報およびその他の文書を取得すること。*17条で公聴会を開き、広く一般の意見を聴くことができると規定する。
*情報・文書取得に関しては、重大な人権侵害の救済手法としての特別調査において、人権委員会は、文書等の提出を求めることができる(44条二号)。
 (c) 特にその意見や勧告を公表するため、直接にまたは報道機関を通じて、世論に呼びかけること。*特に規定されていない。
 (d) 定期的に会合すること。必要な場合には、正式な招集手続を経て、全構成員の出席で会合すること。*14条で会議の招集・定足数・採決方法等を定めるが、定期的会合については規定なし。
 (e) 必要に応じて、構成員からなる作業グループを設置し、また機関の機能を補佐するため、地方や地域に支部 (local or regional sections)を置くこと。*地方人権委員会の規定なし。48条で「人権調整委員」を置くと定めるが、中央のみに置くのか、各都道府県に置くのか、その人数等は不明。
*16条で地方事務所に関し定めるが、法務局・地方法務局がこれを担うため、市民から信頼されるか疑問。
*人口が1億2千万以上もあって、地方分権を押し進めている日本においては、少なくとも都道府県単位にも地方人権委員会を設置し、アクセスのし易さを保障することが必要である。
 (f) 管轄権の有無にかかわらず、人権の促進と保護に責任をもつ団体(特に、オンブズマン、仲裁者類似の機関)との協議を維持すること。*83条で、人権委員会等は「関係行政機関及び関係のある公私の団体と緊密な連携を図るよう努めなければならない」と定めるが、努力義務に過ぎず、定期的かつ実効的な協議が行われる保障はない。
 (g) 国内人権機関の活動を拡大するうえでのNGOの基本的な役割を考慮し、人権の促進と保護、経済的および社会的発展、人種主義との闘い、特定の弱者集団(特に、子ども、移住労働者、難民、身体および精神障害者)の保護、または専門領域に取り組んでいるNGOとの関係を発展させること。*上記83条の規定があるのみで、NGO/NPOの役割やこれとの協力等についての言及は、一切なし。
*NGO/NPOとの協働関係を法律で明記するか、少なくとも国会での審議の中で明確にする必要がある。
準司法的権限をもつ委員会の地位に関する追加的原則

 国内人権機関に、個人の状況に関する苦情や申立を聴聞し、検討する権限を認めることが出来る。個人、その代理人、第三者、NGO、労働組合の連合体またはその他の代表組織は事案を国内人権機関に提起できる。この場合には、委員会の他の権限に関する上記の原則にかかわらず、国内人権機関に委ねられる機能は以下の原則に基づくものとすることができる。
*「人権相談」(37条)、「一般救済」(39-41条)、「特別救済」(42-44条)の規定あり。

*救済の代理申出が可能とも解釈できるが(38条)、第三者の申出は認められていない。代理申出及び第三者(NGO/NPOを含む)の申出が可能なことを、条文上明記すべきである。
 (a) 調停により、または法が規定する制約の範囲内で、拘束力のある決定によって、また必要な場合には非公開で、友好的な解決を追求すること。*調停および仲裁については、45-59条で規定。
*勧告および公表については、60条で規定。
 (b) 申立を行なった当事者にその者の権利、特に可能な救済につき情報提供し、救済の利用を促すこと。*人権委員会は人権相談に応じることといる(37条)。しかし、左記の情報を十分に提供できるかは、事務局職員の資質と姿勢にかかっている。
 (c) 法が規定する制約の範囲内で、苦情や申立を聴聞し、またはこれらを他の管轄当局に移送すること。*人権委員会は関係行政機関等との連携を図る(38条)と規定されている。
 (d) 特に法律、規則および行政慣行が、自らの権利を主張するため申立を行う者が直面する困難の要因となっている場合には、特にそれらの改正または改革を提案することによって、権限ある当局に勧告を行うこと。*上記の通り、政策提言機能については、人権委員会に実効的な権限が付与されていない。
*法令等の改正について提言を行う権限を法律に明記するか、少なくとも国会審議の中で明確にする必要がある。

パリ原則翻訳:山崎公士

出所: Commission on Human Rights resolution 1992/54 of 3 March 1992, annex(Official Records of the Economic and Social Council, 1992, Supplement No. 2(E/1992/22), chap. II, sect. A); General Assembly resolution 48/134 of 20 December 1993, annex.

注:
 1.()は英語テキストにあるもので、〔〕は訳者が補ったものである。
 2.一部のキーワードについて、参考までに(英語)を表記した。


 

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