人権擁護法案大綱の問題点(改訂版)


2002年1月31日
人権フォーラム21
代表 武者小路公秀
事務局長 山崎公士

 「人権擁護法案(仮称)の大綱」が1月30日に公表された。昨年5月25日の人権擁護推進審議会による人権救済答申、同年12月21日の同審議会による「人権擁護委員制度の改革について」の追加答申、さらには同年12月20日に公表された厚生労働省の「労働分野における人権救済制度検討会議」報告にもとづき、法務省によって準備されたものである。この大綱によれば、新設される人権委員会は5名の委員からなり、中央にのみ設置し、地方人権委員会は予定されていない。3月上旬に法案は国会に提出され、5月にも国会で成立するものと見込まれる。これをうけて、2003年の6〜7月ころには人権委員会が発足し、活動開始するものと想定されている。
 現時点で人権擁護法案の全貌は明らかでない。しかし、この大綱を見る限りでも、多くの問題点が潜んでいる。人権フォーラム21は国内人権システムに関する調査・研究を踏まえて、人権救済制度や人権委員会のありかたについて、度々人権政策提言を行ってきた。これまで行ってきた提言の観点から、以下に人権擁護法案大綱の問題点を指摘する。国会における同法案審議を注視するさいの参考になれば、幸いである。

1.法案の名称
 「人権擁護法」でなく「人権保障法」、または諸外国の同様の法にならって「人権法」とするのが適切である。

2.「人権教育」に言及していない
 「人権啓発」は所掌事務とされているが、「人権教育」は対象として明記されていない。人権委員会を法務省の外局とするため、法務省設置法に掲げる所掌事務に限定し、文部科学省所掌の「人権教育」への言及を避けたものと思われる。しかし、人権教育・啓発推進法の趣旨からしても、「人権啓発」と「人権教育」は一体として推進すべきものである。法務省と文部科学省の縦割り行政の弊害と言わざるを得ない。

3.自治体の責務を明記していない
  大綱は人権擁護の施策を総合的に推進することを国の責務としている。しかし、自治体の責務については言及していない。地方人権委員会の設置を予定していないためと思われる。しかし、労政事務所、児童相談所、福祉事務所、青少年相談センター、配偶者暴力相談支援センター(DV法にもとづき2002年4月1日から活動開始)などの自治体機関も、人権相談・救済活動を展開している。新設の人権委員会は、国の関連機関と協力すると同時に、これら自治体機関とも協働しなければ、実効的な人権救済活動を実施できないはずである。この意味からも、人権擁護法には、人権相談・救済活動の総合的推進に関する自治体の責務を明記すべきである。

4.人権委員会は法務省でなく、内閣府の外局とすべきである
 人権委員会は国家行政組織法第3条2項にもとづき、法務省の外局として設置することとされている。人権擁護推進審議会の救済答申においても、国連パリ原則を踏まえ、政府から独立した人権救済機関を設置するとの方向が示されていた。したがって、次の理由から、実質的な独立性を確保し、あわせて総合調整機能を発揮できるようにするため、人権委員会は内閣府の外局とすべきである。第1に、法務省管轄の刑務所や入管施設などで密室的な人権侵害が多発しており、外局とはいえ、同じ省内で発生した人権侵害を人権委員会が適正に扱えるかはなはだ疑問であるからである。第2に、人権問題は厚生労働省や文部科学省など複数の省庁の仕事に関わるので、人権委員会は総合調整的な官庁である内閣府の外局とするのが妥当であるからである。この場合の事務局体制については、法務省人権擁護局からの出向者は最小限にとどめ、各省庁の人権問題関連業務に従事した経験のある者、人権問題に精通した弁護士、研究者、NGO関係者等からも積極的に人材を登用すべきである。また職員のジェンダー・バランスを確保すべきことも人権擁護法に明記すべきである。

5.司法試験管理委員会の8条委員会化は妥当でない
 行政改革大綱の一環で、一省庁に置かれる外局としての3条委員会は2つまでと制限された。法務省の場合、司法試験管理委員会と公安審査委員会がすでに外局とされているため、新たに人権委員会を外局化する場合、司法試験管理委員会を独立性が弱い8条委員会(審議会並み)化すると伝えられている。司法試験の厳正・適切な運用を確保するため、同委員会は従来通り、3条委員会としての位置づけを維持すべきである。この観点からも、人権委員会を法務省の外局とするのは、妥当でない。

6.人権委員会委員の数・任期等
 人権委員会の委員のうち、過半数の3名が非常勤とされ、また任期3年とされているのは、委員の独立性の観点から望ましくない。

7.地方人権委員会を設置すべきである
 人権侵害・差別事象は地域社会で生起する。人権委員会は中央に設置するのみで、地方事務局を法務局・地方法務局に担わせる体制では、従来の法務省による人権擁護行政と何ら変わりなく、市民からの信頼は期待できない。したがって、都道府県および政令市にも地方人権委員会を設置し、自治体職員や人権活動の経験あるNGO関係者に事務局を担ってもらう必要がある。

8.人権擁護委員制度は抜本的に改編すべきである
 人権擁護委員制度は、人数の精選、研修体制の強化、有給化等に関して抜本的に改編し、市民から信頼される相談窓口とすべきである。詳細は、昨年12月21日に公表した「人権擁護委員制度の改革について」に対する人権フォーラム21の見解を参照されたい。

9.公権力による人権侵害を独立した特別救済の対象として位置づけるべきである
 大綱では、人権救済答申の人権侵害4類型である、「差別」、「虐待」、「公権力による人権侵害」、「メディアによる人権侵害」のうち、「公権力による人権侵害」の位置づけが相対的に弱い。人権擁護法では、「公権力による人権侵害」に関する救済について、独立した章、あるいは少なくとも独立した条文を設けるべきである。

10.差別禁止事由に関する規定の充実を
 大綱における差別禁止事由の列挙である「人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向」の中に、「皮膚の色、性的自己認識、婚姻上の地位、家族構成、言語、民族的又は国民的出身、年齢、病原体の存在」を加えるべきである。

11.差別禁止法を整備すべきである
 人権擁護法案は、実質的には「人権委員会設置法」であり、差別を禁止するための法という色彩が強く出されていない。人権侵害や差別を許さないという国家の確固たる意思を示すため、禁止される「人権侵害」や「差別」の定義を明確に定めた実体法としての「差別禁止法」を整備し、その下の手続法として「人権委員会設置法」を制定すべきである。

12.メディアによる人権侵害事案は特別救済対象から外すべきである
 メディアに萎縮効果を生じさせないよう、メディアによる人権侵害事案は特別救済の対象からは外すべきである。報道機関による人権侵害のうち、犯罪被害者等に対する報道によるプライバシー侵害および過剰取材について、勧告・公表の対象とし、さらには、人権委員会が訴訟参加する対象としたのは、報道の自由を脅かしかねない制度で、容認できない。

13.労働分野における人権侵害に関する特別救済権限を厚生労働大臣に付与するのは容認できない
 労働分野人権救済制度報告によれば厚生労働大臣がこの分野において特別救済を行うこととされている。政府から独立した人権委員会でない行政庁が、こうした強い権限を行使することとなるのは、容認できない。このような制度化は、国連パリ原則からの逸脱であり、また昨年5月の人権擁護推進審議会による人権救済答申の趣旨にも合致していない。

14.人権委員会と市民社会との協働の明確化を
 人権擁護法では、人権委員会と市民社会との連携、とくにNGO/NPOとの協働関係を具体的に明示すべきである。そのため、人権委員会と人権NGO /NPOとの定期協議の機会に関する規定を盛り込むべきである。

15.人権政策提言機能の充実を
 大綱は「政府に対する助言」を所掌事項として掲げている。これまでも繰り返し主張してきたが、政府から独立した人権委員会の3機能の一つは政策提言機能であることを再度十分に認識し、政府、国会、自治体、自治体議会等への人権政策提言機能を、「提言」という明快な文言を用いて、明記すべきである。

[法務省]人権擁護法案(仮称)の大綱


 

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