「人権救済制度の在り方についての答申」に対するわが同盟の見解


2001年5月25日
部落解放同盟中央本部

(1)
 本日、人権擁護推進審議会から「人権救済制度の在り方についての答申」が出された。この「答申」内容は、昨年11月28日に公表された「中間とりまとめ」に対する41,835通に及ぶパブリック・コメントや公聴会等で出された意見を一定反映したものとして評価することができる。これまで真摯な論議をしてこられた審議会委員各位の努力に敬意を表するものである。
 また、この間、「部落解放基本法」制定要求国民運動中央実行委員会は、96年の「人権擁護施策推進法」制定にもとづいて設置された人権擁護推進審議会への取り組み、政府や与野党への働きかけを強めてきた。昨年12月に公布・施行された「人権教育・啓発推進法」は、先の人権教育・啓発推進に関する「答申」の不十分点を克服してきた国民運動の取り組みの大きな成果である。さらに、今回の「答申」が日本における最初の人権救済機関(人権委員会)の設置を提言していることは、われわれの取り組みが日本における人権政策確立にむけた大きな原動力となっていることをあらためて確信させるものであり、今後とも、真に実効ある人権救済機関の設置にむけて強力な運動を展開していかなければならない。また、今回の「答申」を受け、「人権の21世紀」実現のために、今後の人権確立にむけた法制度の整備に、政府・国会が重大な決意をもって取り組みをすすめていくように強く要望したい。
 一方、今回の「答申」には、以下に指摘するいくつかの問題点も含まれており、われわれは、今後の法制度整備にむけた取り組みのなかで、その克服をめざしていくものである。

(2)
 まず、部落問題にかかわった積極的救済制度の対象として、結婚差別と部落地名総鑑の頒布等に代表される差別表現行為が位置付けられた点は評価することができる。とくに、結婚差別については、「中間とりまとめ」の中では、「個人の内心にかかわる問題」であるとして消極的な対応にとどまったが、今回の「答申」では、一定積極的な対応を盛り込んでいる。また、部落地名総鑑の頒布等の差別を助長・誘発する恐れの高い一定の表現行為が行われる場合については、人権救済機関自らが裁判所にその排除を求めるなどして、人権侵害の防止を図っていく仕組みが必要であると指摘している。
 しかしながら、「部落民を皆殺しにせよ」などの集団的誹謗については、「表現の自由」との関係で積極的救済の対象とせず、従来の指導等にとどめている点は、自由権規約20条や人種差別撤廃条約の精神を踏まえておらず問題である。

(3)
 次いで、救済手法についてみると、従来の相談やあっせん、指導等のみでなく、新たに、仲裁、勧告、公表、訴訟援助等を行うとした点は評価できる。また、調査についても、従来の任意調査にとどまらず、過料や罰金で担保された質問調査権、文書提出命令権、立入調査権の必要性を指摘した点も評価することができる。
 しかしながら、上記の積極的救済策や一定の強制力を伴なった調査は、相手側の権利を侵害したり、新たに設置される委員会の権限濫用の恐れがある。これを防ぐには、わが同盟がかねてより指摘しているように、あらかじめ積極的救済と一定の強制力を伴なった調査の対象となる差別や人権侵害行為を明確に法律で禁止するための「差別禁止法」(仮称)の必要性を強く強調するべきである。

(4)
 公権力による差別なり虐待等は、「中間とりまとめ」では消極的な指摘にとどまっていたが、「答申」では、「私人間における差別や虐待にもまして救済を図る必要」があると指摘した点は評価できる。しかしながら、公権力によるその他の侵害については、他の制度があり、必要に応じた救済を図っていくとの指摘にとどまった点は、他の制度が有効に機能していない実情を見たときに問題が多い。
 一方、「中間とりまとめ」では一定の強制力を伴なった調査の対象とされていたマスメディアによる人権侵害については、任意の調査(但しその過程は公表する)にとどめられた点は一定評価できる。

(5)
 組織体制について、「答申」は「中間とりまとめ」にあった「一定の独立性」という表現から「一定」を削除し、明確に「政府から独立性を有し、中立公正さが制度的に担保された」委員会組織<「人権委員会」(仮称)>の必要性を提言した点は評価できる。この提言を受けて、「人権委員会」(仮称)は国家行政組織法第3条にもとづく独立委員会として内閣府に位置付けすることが求められる。
 一方、「人権委員会」(仮称)の組織構成に関する記述をみると、依然として国のレベルだけで委員が選任されていて、地方自治体レベルでは事務局だけが設置されるという中央集権的な構想が維持されているという問題がある。
 しかしながら、「答申」の中でも指摘しているように「新たな人権救済制度は、被害者の視点から簡易・迅速で利用しやすく、柔軟な制度を可能とする」必要があることから、少なくとも都道府県・政令都市レベルでも「人権委員会」(仮称)を設置する必要がある。なお、これに関連して「答申」では「また、調停や仲裁の手続きに関しては、各地において法律専門家、学識経験者、一般有識者等の参加を得て、利用者に信頼される体制の整備を図ることが肝要である」との指摘を十分考慮して都道府県・政令指定都市レベルでの組織体制を充実させるべきである。

(6)
 「人権委員会」(仮称)の委員の選任については、「中間とりまとめ」で盛り込まれていた指摘に加え、「委員の選任過程に関する政府の説明責任を尽くすべきである」ことを盛り込んだ点は評価できる。しかしながら、ジェンダーバランスへの配慮にはふれているものの、被差別当事者の積極的な選任の必要性に関する指摘がない点は問題である。
 「人権委員会」(仮称)の職員については、専門性を有した職員採用の必要性を指摘した点は評価できるが、依然として法務省人権擁護局や地方法務局人権擁護部職員等の「横すべり」を提言している部分については問題がある。また、職員採用にあたって被差別の当事者の積極的な採用の必要性についてはまったく指摘されていない。

(7)
 人権擁護委員については専門性を有する委員と限定してはいるものの、新たに設置される「人権委員会」(仮称)との関連をもった活動をなしくずし的に認めている点には問題がある。各方面から指摘されているように、現行の人権擁護委員は多分に「名誉職化」「形骸化」しており、そのあり方は抜本的に見直す必要がある。この点に関し、審議会は今回の「答申」を出して以降、あらためて人権擁護委員のあり方については抜本的に見直すこととしていることから、安易な「活用」を排し、その審議を十分踏まえる必要がある。

(8)
 人権擁護の今後のあり方について、「人権委員会」(仮称)のみでは限界があり、国や地方自治体はもとより民間団体とも積極的な連携をはかっていくことを「答申」が盛り込んだ点は評価できる。この指摘を受けて、わが同盟をはじめ永年にわたって人権侵害や人権問題・差別問題の解決に取り組んできた、豊富な経験と人材を蓄積している民間団体との連携を「人権委員会」(仮称)は、積極的にはかっていくことが求められている。
 また、「答申」は、当事者間の話し合いによる解決を評価している点は重要である。これはまさしく、わが同盟によって実施されている「確認・糾弾」による解決も含まれていると考える。「人権委員会」(仮称)は、これを積極的に支援することが求められている。一方、当事者間の話し合いによる解決に関する記述の中では、必要以上にそれを制約するような表現が盛り込まれている点には大きな問題がある。

(9)
 「答申」では「人権委員会」(仮称)の救済以外の他の機能として、啓発機能と助言機能をあげている。とくに、啓発機能については、昨年12月6日に公布・施行された「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」にもとづき、この法律で定められている啓発機能の一部を担っていく必要があるが、「答申」ではこの点の指摘が全く欠落している。
 また、助言機能に関連しては、差別や人権侵害の直接的な救済を通して、それらの問題の原因・背景を解明するとともに、現行の法制度や国・地方自治体の施策の問題点を明らかにすることが重要な課題である。そしてこれらの取り組みを踏まえたより積極的な提言が「人権委員会」(仮称)によってなされる必要があるが、今回の「答申」では、助言機能に限定され、ここまで踏み込んだ指摘がなされていない。

(10)
 「人権委員会」(仮称)に求められているもう一つの機能として、国際的な連携をはかっていく点がある。これと関連して、日本は、国連が中心になって採択した26人権諸条約のうち10の条約を締結している。「人権委員会」(仮称)は、これらの諸条約の国内での実施状況をとりまとめた政府報告書の作成について、積極的に助言・提言する必要がある。また、「人権委員会」(仮称)は、これらの条約の実施のための委員会やアジア・太平洋地域で設置されている国内人権機関等とも積極的な連携をはかっていくことも求められている。
 なお、「答申」には、自由権規約の第1選択議定書に代表される国際的な人権侵害救済制度を、日本としても積極的に受け入れる必要性を全く指摘していない。

(11)
 「答申」は、去る3月20日、人種差別撤廃委員会が日本政府の第1・2回報告書の審査を踏まえた「最終見解」を採択したことに言及している点は評価できる。しかしながら、それはごく一般的な言及にとどまっており、部落問題がこの条約の対象となること、差別宣伝や差別煽動の禁止も含めた「差別禁止法」を制定する必要性があることなど、「最終見解」の具体的な内容を紹介しておらず、その実施を積極的に提言していない。

(12)
 今回の「答申」を踏まえ、人権侵害の救済のための法制度の整備が政府・国会において検討されていくこととなる。わが同盟は、今回の「答申」の積極面を活用しながらも、問題点を広範な国民運動によって克服し、「人権の21世紀」の実現にむけた、真に実効ある法制度の確立をめざしていく決意である。


 

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