2001年5月25日、法務大臣の諮問機関としてこの間、新しい人権救済機関の設置について検討してきた「人権擁護推進審議会」(以下、「人権審」〕が、「人権救済制度のあり方について」と題する答申を法務大臣に提出しました。 当会は、人権審が昨年11月、性的指向等を理由とする差別を人権救済機関の積極的救済の対象とするかどうか継続して検討する旨を記述した「中間とりまとめ」を発表して以降、人権審に対して、性的指向を理由とする差別を積極的救済の対象とするよう明記することを求め、様々な働きかけを行ってきました。また、その他人権救済機関の独立性や組織のあり方、公権力やマスメディアによる人権侵害に対する救済のあり方などについても、当会の人権に関する取り組みの経験を踏まえて「人権審」に提言してきました。当会は、上記の立場から、今回発表された「人権審」答申について、以下、見解を述べていきたいと思います。 第一「同性愛者の人権」が明記されたことを高く評価します 当会は、昨年11月の「中間とりまとめ」発表以降、「人権擁護推進審議会」に対して、同性愛者に対する人権侵害の実態を明記し、同性愛者を新設人権救済機関の積極的救済の対象として位置づけることを一貫して要請してきました。本年1月に国内各所で行われた「中間とりまとめ」に関する公聴会では、大阪、福岡、札幌の3ヶ所で同性愛者が意見発表者として同性愛者・性的少数者の人権侵害とその救済について意見を述べ、つづく2月23日には、当会が「人権擁護推進審議会」の席上で性的指向等を理由とする人権侵害についてヒアリングを受け、意見を表明しました。 本「答申」では、これら多くの同性愛者、また同性愛者の人権問題に心を寄せる多くの被差別当事者・支援者の声が取り入れられ、「第2 わが国における人権侵害の現状と被害者救済制度の実情」および「「第4 各人権課題における必要な救済措置」において、現状で同性愛者等に対する「雇用における差別的取扱い」、「嫌がらせ」、ならびに「差別表現」が存在していることが明記されたうえ、「第4 各人権課題における必要な救済措置」において、「性的指向等を理由とした差別的取扱い等」について、積極的救済の対象とすることがはっきりと記述されました。同性愛者の人権が国レベルで政策課題として示されたのは、この「答申」が初めてです。 当会としては、日本においてもついに、「同性愛者の人権」が国レベルで公的に認知されたことを高く評価するとともに,審議会委員の皆様、および法務省の英断に深い感謝の念を表します。 第二 具体的な問題解決のできる「人権救済機関」を 一方、当会は本年2月以降、他の被差別当事者団体やNGOと協力しながら、具体的な人権侵害事例をいかに解決するかについて、「審議会」会合ごとに同性愛者にかかわる人権侵害事例の報告書と意見書を提出してきました。 一般社会においては、同性愛者の問題が「人権の問題」である、という意識がきわめて希薄であり、その結果として、同性愛者は、テレビをはじめとするマスメディアにおいて、通常考えられないような軽蔑的・嘲笑的な表現の対象となっています。また、同性愛者の存在が公的に認知されてこなかったところから、公権力による取扱いにおいても、同性愛者と異性愛者の間に不合理な利益状況の差が生じたり、同性愛者に対する適切な処遇がなされない等の問題が生じてきました。「人権審」に対して、当会が求めてきたのは、同性愛者が日々、直面しているこうした問題について、具体的に解決を図ることの出来る「人権救済機関」の設立でした。 今回発表された「答申」は、上に見たように、同性愛者を、人権を守るべき対象としてはっきりと打ち出したことが高く評価できる一方で、人権救済機関の組織のあり方や具体的な救済手法などについては、必ずしも内容が充実しておらず、これらの点については大きな課題を残している、ということが出来ます。以下、具体的な指摘を行っていきたいと思います。 1.差別表現に関して 当会は「人権審」に対して、3月16日および4月6日の二回にわたり、同性愛者に対する差別表現の問題について事例報告及び意見書を提出しました。 まず事例報告においては、同性愛者全体に対する集団誹諺的表現が未だに頻発しており、その主たる加害者はテレビやスポーツ紙などのマスメディアであること、一般紙などにおいても、未だに「レズ」といった侮蔑用語が公然と使用されている実態があることを具体例をもって示しました。 マスメディアによる集団誹謗的表現は、その他の方法による同種の表現よりも被る損害が大きく、その一方で誹謗される当事者の側は損害を回復するための対抗的な表現手段をもっていないため、被差別当事者全体にとっての社会的悪影響は極めて大きくなると言わざるを得ません。また、現時点では、BROや一部新聞における第三者を活用した苦情処理制度は、被差別当事者の団体からの問題提起を予め排除しているなど大きな欠陥があり、集団誹議的表現に対する救済のための機関として極めて不十分なものとなっています。そこで当会は、意見書において、人権救済機関が行使できる人権救済の方法として、以下のことを提言しています。 (1) これらの集団誹謗的表現を行ったメディアと被差別当事者とが対等の立場で問題解決のための議論を行うことの出来る「あっせん」「調停」などの手法を導入すること。 (2) メディアによる人権侵害の深刻さに鑑み、メディア側仁対して被差別当事者側がメディアを活用して報道内容の訂正を行ったり、正確な知識・情報の普及をすることができるパブグック・アクセス権を保障すること。 (3) BROや報道各社の苦情処理機関において、集団誹謗的表現をも取り扱うこと。 これらの内容は、「表現の自由」を侵害するものになるどころか、「マスメディアの表現の自由」と化している現在の「表現の自由」のあり方を、「市民の表現の自由」にかえていくうえで積極的な意義をもつものであると言えます。 これらの提言は「答申」には生かされませんでしたが、人権救済機関が設立され、個別的な人権問題の解決がはかられる中で、「答申」から一歩踏み込んだ人権救済の手法が検討されていくことが望ましいと言えます。 2. 公権力による人権侵害に関して 当会はまた、3月6日の「人権審」会合に向け、他の民間団体と協力して同性愛者に対する公権力による人権侵害事例についての報告書及び意見書を提出しました。そこで示したのは、法務省管轄下の拘置所・刑務所や入国管理局の収容場・入国者収容所などにおいて行われている差別・虐待や人権上不適切な取扱いについて、同性愛者もその標的とされているということでした。ところが、「答申」をみると、公権力による人権侵害について、文章表現的な面では積極性が見いだされるものの、具体的な救済策については不十分な表記にとどまっています。 「答申」では、これらの収容施設等については「付審判請求」や「内部的監査・監察」「苦情処理」のシステムが設けられていると書かれていますが、現状でこれらが機能していないからこそ、差別や虐待、非人間的な処遇などが繰り返されているのです。これらの施設については、これら既存の制度にもまして、新設の人権救済機関が積極的に調査を行ったり、施設内部で人権侵害を被った被収容者が人権救済機関に容易に通報を行えるような制度を整える必要があります。具体的には、以下の事項が必要です。 (1) 刑務所・拘置所、入国管理局の収容場1入国者収容所での人権侵害に関する即時立ち入り調査権限を確保すること。 (2) かならずしも通信の自由が保障されていない、これらの施設において、被収容者か人権侵害の事実を外に訴えることが出来るような、電話や信書による人権救済機関への通報制度の確立。 (3) 人権侵害に関する調査において、調査を行う職員がこれらの施設の被収容者から自由に聞き取りや、意見交換が出来る制度の確立。 一方、出入国管理および難民認定法や監獄法など、これらの施設の設置・運営に関わる法律や政令は、施設長に大幅な裁量権を認めており、本来ならば明確な基準に従って覊束的に行われるべき本人の処遇に関する判断や処分が、施設長等の恣意によって行われているのが実態です。こうした中で、本人にとっては明らかに人権侵害である処分が、合法的に行われるという奇妙な現実が存在しています。公権力によるこうした人権侵害をなくすためには、人権機関が国内法と人権侵害の関係について調査研究し、法改正などについて提言する機能も持つことが必要です。 これらについても、人権救済機関の設立や運営の場面において、その手法を具体的に深化させていくことが期待されます。 第三 政府からの独立性を真に確保した人権救済機関を! 当会は、新設の人権救済機関が政府から明確に独立したものとして設けられるべきことを、当初から主張してきました。人権救済機関の独立性確保については、当会に限らず、様々な民間団体がこれを主張しているところであります。 ところが、「答申」をみると、人権救済機関の独立性の確保がうたわれているものの、具体的にどのように独立性を担保するかについては記述がなく、事務局についても、法務省人権擁護局の改組が念頭に置かれているようです。 もとより、人権侵害の救済は「人権救済機関」のみによって行われるのではなく、人権擁護のために活動するNGO/NPOや被差別当事者団体、弁護士などの法律家など社会の様々なセクターが協力しあって初めて可能になるものです。「人権救済機関」は、これらの要として、様々なセクターとの連携によって人権救済を成し遂げなければなりません。 そのためには、その組織体制についても、既存の国家機関を改組するというのでなく、「人権委員会」の委員についても、またその下で人権救済の調査や実務にあたる事務局についても、これまで実質的に人権救済の機能を果たしてきた民間団体のスタッフや相談員などを大規模に取り込んで再編成し、これら諸セクターを柔軟かつ有機的に結びつけていく形となる必要があります。 「答申」は全般的に、組織体制について踏み込んだ提案を避けているように見受けられますが、実際には、どのような人権救済機関を作るかにおいて、組織体制を明確かつ具体的に定めておくことが極めて重要です。実際の人権救済機関の設立においては、以下の事項が具体的に検討される必要があります。 (1) 「パリ原則」などに従い、「人権委員会」の委員には、ジェンダーバランスに配慮するのみならず、被差別当事者、およびそれを代弁する経験・知見のある有識者を始め.様々な分野からの入選を行い.それが全体として中立・公正となるように配慮すること。 (2) 「人権委員会」事務局職員については、法務省人権擁護局、ならびに法務局―地方法務局の人権擁護部門の改組にとどめるのでなく、旧来さまざまなNGO/NPOで人権救済活動を行ってきた実績のある者や、様々な人権問題について専門的知見のある者、被差別当事者なども採用すること、それを通じてNGO/NPOや関連するセクターとの柔軟かつ有機的な連携を実現すること。 (3) 人権救済活動を行ってきた民間のNGO/NPO と人権救済機関の連携については、「人権擁護委員」に委ねるのでなく、「人権委員会」およびその事務局―地方事務局が積極的にそのネットワーク化に努めること。 第四 人権救済に向けて実効ある人権救済機関の設立を! 上記に見たとおり、本「答申」は、「同性愛者の人権」を国レベルで公的に認知したという点で、私たち同性愛者にとって画期的なものとなりました。その一方で、新設の人権救済機関が、人権救済を実効的に達成していけるものとなるのかどうかについては、多くの課題を残しています。 当会は1986年の結成以来、何の後ろ盾もないゼロの地点から、同性愛者の人権を守るために様々な活動を展開し、深刻な差別、虐待、公権力やマスメディアによる人権侵害にさらされる同性愛者の姿を目の当たりにしてきました。当会はその立場から、本「人権救済機関」が、真に実効力を持って人権侵害の救済にあたることのできるものとして設立され、成長することを、心から期待しています。 以上 |
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