友永健三(社団法人部落解放・人権研究所所長)
1、 人権擁護推進審議会の皆様が、日本における人権確立に向けて真摯な議論を積み重ねておられること、さらには、このような形で幅広く各方面からの意見表明をする機会を提供されたことに敬意を表します。 2、 意見発表の時間が10分と限られていますので、早速内容に入りますが、まず第1に申し上げたいことは、そもそもなぜ今日人権救済の在り方を議論しなけばならなくなったかという「原点」をしっかりと踏まえて頂きたいということです。具体的には、1993年に総務庁地域改善対策室が同和地区実態把握等調査を奥施しました。その中で、被差別部落の人びとの中で差別を受けたことがあると回答した人は、3人に1人に上っていました。その被差別体験を持っている人の中で、現行の人権擁護制度(法務省人権擁護局や人権擁護委員)に相談したと回答した人が、わずか0.6%に過ぎなかったという実に深刻な実態があったという点です。(資料@)現在各方面で「費用対効果」という視点を踏まえた議論が交わされていますが、これでは全く役に立っていないといっても過言ではありません。【「中間取りまとめ」第2-2一(1)一Aについて】 3、なぜこのようなことになっているかについて、今から35年以上も前に出された内閣同和対策審議会答申(以下「同対審答申」と略)は明確に指摘していました。(資料A) そのポイントの一つは、「『差別事象』に対する法的規制が不十分であるため、『差別』の実態及びそれが被差別者に与える影響についての一般の認識も希薄となり、『差別』それ自体が重大な社会悪であることを看過する結果となっている。」と指摘し、「差別の実態をまず把握し、差別がゆるしがたい社会悪であることを明らかにすること。」、「差別に対する法的規制、差別から保護するための必要な立法措置を講じ、司法的に救済する道を拡大すること。」とのべていた点にあります。この意味で、国として差別が許し難い社会悪として禁止される旨明らかにするとともに、「救済」に密接不可分な事項として差別行為に対する「規制」の措置が真剣に検討されなけなければなりません。なぜなら、新たに設置される「委員会」が一定の強制力を持った調査ができること、さらに一定の強制力を持った停止命令等が出せることがなければ、現行の人権擁護制度では解決できなかった人権侵害を救済することができないからです。他面で、こうした強制力を持った調査や命令は、あらかじめいかなる行為に対して適応するかを明確にしておかないと権力の濫用が生じるという面からも、このことは必要です。【「中間取りまとめ」全般を通した基本問題として】 4、これに関連して、わたし自身、これまで国連の人権小委員会、イギリスの人種関係委員会、オーストラリアの人権委員会、二`一ヨーク市の人権委員会等を直接訪問し、さまざまなことを学んできました。人権擁護推進審議会委員の皆様も、積極的に国際的な取り組みから学んでおられ、「中間取りまとめ」でもそのことがふれられています。けれども、決定的に重要なことがふれられていないことに懸念を表明せざるを得ません。それは、国連にしても、イギリス、オーストラリアにしても、ニューヨーク市にしても、差別と人権侵害を具体的に禁止した条約や法律を明確に定めており、各種委員会は、その条約なり法律の実施機関となっているという点です。(資料B)【「中間取りまとめ」第1一Cとの関係で】 【注】なお、国際人権規約や人種差別撤廃条約に日本は締結していますが、これらの国際人権基準に基づく人権救済として、個人からの通報を認めた市民的及び政治的権利に関する選択議定書や個人もしくは集団からの通報を認めた人種差別撤廃条約の第14条等を批准・承認するすることも極めて重要です。「中間とりまとめ」では、この点の指摘が欠落しています。 5、「同対審答申」が指摘していたもう1つのポイントは、「基本的人権の擁護を法務省の一内局である人権擁護局の所管事務とし、しかも民事行政を主宰する法務局及び地方法務局に現場事務を取り扱わせている現在の機構は再検討する必要がある。戸籍や登記事務を扱っていたものが人権擁護の職務に配置されるという組織にも不適当なものがある。」と指摘し、「人権擁護機関の活動を促進するため、根本的には人権擁護機関の位置、組織、構成、人権擁護委員に関する事項等、国家として研究考慮し、新たに機構の再編成をなすこと」と述べていた点です。 現行日本の人権救済機関がその独立性、権能の面から見て真の人権救済機関でないことは、「同対審答申」とともに最近の国連機関からも端的に指摘されているところであって、この意味で国内外の評価は一致しています。【「中間取りまとめ」第2-3一@との関係で】 6、そこで、新たに設置される「委員会」の組織の在り方等について意見を述べます。 (1) 新たに設置されるであろう「委員会」は、国家行政組織法第3条に基づく独立委員会とし、内閣府に付置することが必要です。その理由は、最大の人権侵害は国家機関によって行われる人権侵害であり、これに対して有効な救済ができる「委員会」でなければならないこと、想定される人権侵害はすべての省庁に関連しており、すべての省庁に対して指導ができる内閣府に付置することが望まれることなどの理由からです。【「中間取りまとめ」第6-1、2との関係で】 (2) 新たに設置される「委員会」は、国レベルのものだけでなく、少なくとも都道府県、政令都市レベルでも般置されなければなりません。その理由は、差別なり人権侵害は多分に地域で生起するものであること、都道府県なり政令都市レベルにおいてはこれまで国以上に差別問題や人権問題に取り組んできた実績があるからです。(先の調査でも「市役所等に相談した」と回答した人は3.1%となっています。) また、新たに設置される「委員会」が、簡易、迅速に対応できるものでなければならないからです。なお、差別問題なり人権侵害については、基本的には、都道府県・政令都市レベルに設置される人権委員会が取り扱うものとし、複数の都道府県にまたがるもの、及び重大な案件について国レベルの「委員会」が取り扱うとすることが必要です。【「中間取りまとめ」第6-2に関して】 (3) さらに、「委員会」の委員の人選は、真に有効な救済が行われるかどうかに関わって決定的に婁要な問題です。「委員会」の委員の選任にあたっては、人権問題に精通していること、ジェンダーバランスを考慮するとともにマイノリティーの当事者(定住外国人を含む)を積極的に選任することが必要です。なお、国レベルの委員は内閣総理大臣が国会の承認を得て、都道府県・政令都市レベルの委員は、首長が当該議会の承認を得て選任することが必要です。【「中間取りまとめ」第6-4一@に関して】 (4) 「委員会」の職員についても、「中間取りまとめ」にあるような既存の法務省人権擁護局なり、法務局の人権擁護部や地方法務局の人権擁誕課職員の転用という構想では全くダメで、人権問題に精通していること、ジェンダーバランスを考慮するとともにマイノリティーの当事者(定住外国人を含む)などの積極的な採用など独自の採用基準を設定し、弁護士や人権NOG、地方自治体職員などからも積極的に採用していくことが必要です【「中間取りまとめ」第6-4一Aに関して】 (5) なお、人権擁護委員の現状を見たとき多分に略言職化」しており・中には部落差別事件を引き起こしている委員まで存在しています。一定の研修の蓑務付け、有給化をはかる、ジェンダーバランスやマイノリティー(定住外国人を含む)の委員を積極的に委嘱するなど抜本的な見直しをする必要があります。【「中間取りまとめ」第6-3、4に関連して】 6、 次に上記3、4に関連して、部落差別に基づく差別事件の実態を直視したとき、少なくとも以下の3点については、明確に法律で禁止し、「委員会」による効果的な救済を図る必要があると考えています。 (1) 就職差別の禁止・・・たとえば、1975年11月に「部落地名総鑑差別事件」が発覚してきました。この事件の究明活動の中から200社を越す企業がこれを購入し、就職差別に利用していた事実が明るみに出ました。この事件の反省の中から、雇用と職業における菱別を禁止したIL0111号条約に批准し国内法を整備する必要性が指摘されました。(資料C) けれどもこの指摘は実行されませんでした。そのため98年6月、「差別身元調査事件」が発覚しました。この事件では700社にも及ぶ企業が採用にあたって調査業者に身元調査を依頼していたこと、そして被差別部落出身者でないかどうか、在日韓国・朝鮮人でないかどうか、特定の宗教団体に所属していないかどうか、左翼的な思想を持っていないかどうかなどの調査が行われ報告されていた事実が明らかになってきました。(資料D) このような深刻な就職差別の事実を直視したとき、ILO111号条約に早期批准し部落差別等に基づく就職差別を禁止するとともに、新たに設置される「委員会」が一定の強制力を持った調査ができることと、是正命令等が出せるようにする必要があります。【「中間取りまとめ」第4-1一(1)一アーAとの関係で】 (2) 調査業者による部落差別調査等の禁止・・・部落差別に基づく就職差別や結婚差別を分析したとき、興信所・探偵社等の調査業者による部落差別調査が介在している例が少なくありません。このため大阪府、熊本県、福岡県、香川県、徳島県では部落差別調査を規制した条例が制定されています。このうち、大阪府の条例では、これまで2件違反事例が摘発されていますが、これらの条例を踏まえ、国のレベルでも調査業者による部落蓬別調査を規制するとともに、違反事例が発覚した弔合新たに設置される「委員会」が、一定の強制カを持った調査ができるようにすることと、是正命令等が出せるようにする必要があります。(資料E)【「中間取りまとめ」第4-1一イー(ア)一a一C】 (3) 差別宣伝、差別煽動の禁止・・・部落差別事件の実態をみたとき、近年「部落民を皆殺しにせよ」などとした内容の落書きや、インターネットを悪用した部落の所在地一覧の流布等の差別宣伝、差別煽動が多発してきています。(資料F) また、部落差別を宣伝、煽動している人に対して、関係者が説得してもそれに応じず、葦別をし続けているという事件が生起してきています。(資料G) これらの差別宣伝や差別煽動については、「表現の自由」だとして放置することは断じて許されません。これを禁止するとともに、新たに設置される「委員会」が、一定の強制力を持った調査ができることと、停止命令等を出せる必要があります。 なお、この点に関しては、日本が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約の20条2項では「差別、敵意または暴力の煽動となる国民的、人種的または宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する。」と規定されています。また、日本が加入したあらゆる形態の人種蕃別撤廃に関する国際条約の2条1項(d)では、「各締約国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは立法を含む。)により、いかなる個人、集団または団体による人種差別をも禁止し、終了させる。」と定められています。これら、日本が締結した国際人権諸条約の国内法の整備として、差別宣伝、差別煽動を禁止するとともに、それらの停止を求めることができる「委員会」の設置を盛り込むことが求められています。(差別宣伝や差別扇動は、「表現の自由」とも関連している問題なので、直罰をかけるのではなく「委員会」による指導を先行させ、これに従わないことに関して罰則を加えるという手法は真剣に考慮される必要があります。)【「中間取りまとめ」第4-1一イー(イ)一A、Bに関して】 【注】 「中間取りまとめ」では、マスメディアによる人権侵害についての記述が盛り込まれていますが、社会の不正義と権カの横暴を批判する勢力としてのマスメディアの果たしてきている役割を考慮したとき、今回設置される「委員会」が、マスメディアに対してなんらかの強制力を持って調査を行ったり、是正命令を出すことは好ましくありません。ただ、マスメディア自体も巨大な権力としての性格を持っていて人権侵害を引き起こしてきている事実に着目した際、少なくとも信頼に足りる第3者によって構成された「苦情受付機関」、「救済機関」の設置が必要です。 8、 最後に、1996年5月の地域改善対策協議会意見具申、同年12月の人権擁護施策推進法の制定、97年5月に人権擁護推進審識会の設置によって、人権が侵害された場合における被害者の救済に関する審議が行われるまで、冒頭に紹介した「同対審答申」の指摘は実行に移されなかったのです。この30年間を超す国の人権施策の「不作為」のために、どれだけの差別、どれだけの人権侵害が生起し、犠牲者、被害者が生じてきたかと言うことに対し委員の皆様が思いを致し、真の実効ある人権機関の創設に向けて審議をしていただきたいと切望するものです。(具体的な事例としては、先に紹介した「部落地名総鑑差別事件」が発覚したときに就職差別を禁止する法制度の整備が行われていたならば「差別身元調査事件」は生起しなかったでしょう。) 9、 以上、限られた時間でしたが、34年間、部落差別撤廃・人権確立に取り組み、研究してきた立場から、率直な意見を発表させていただきました。審議会委員の皆様の真摯な議論によって、国際的にも注目され、差別無き人権が確立された日本社会を構築することに役立つ救済に関する歴史に残る「答申」が取りまとめられますことを祈念して意見発表を終わります。 |
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