【資料1】
1 センターの目的 監獄人権センターは1995年3月に結成された。その目的は設立趣意書において 「1 わが国及びアジア地域の刑事拘禁施設並びに出入国管理拘禁施設の人権状況を国際基準に合致するよう改善していく。 2 刑罰手段における不公正で倫理的でないあらゆる差別をなくしていく。 3 死刑を廃止する。 4 不必要な刑事拘禁自体を減らし、刑事被拘禁者の社会復帰に役立つよう拘禁刑の内容を改善していく。 5 建設的な被拘禁処遇(保護観察や社会奉仕命令など)の使用を促進する。」とされている。 そして、その活動の一環として「刑事拘禁施設における人権侵害の事実を調査公表し、また、これに対する弁護士紹介、訴訟支援などによって個別的な救済を図る。」 ことに取り組んできた。 私たちは会員約500名、年間予算は約100万円の非常に小さな市民団体である。 2 重点的な改善の目標 私たちの重点的な改善目標としては 「規律関係では、刑務所で多発している刑務官の暴力を止めること、拷問道具と言うべき革手錠の廃止、懲罰制度の適正化、独居拘禁処遇適用の厳しい制限、不必要な軍隊式の処遇や細かすぎる規則の撤廃、外部交通関係では、受刑者・死刑確定者と友人との面会・通信の自由化、外国語による面会と手紙を認めること、電話通信の導入、弁護士との面会の立会いの廃止、所内生活関係では、工場でのわき見と会話の全面的禁止体制を緩和すること、受刑者に対する差別と偏見の原因ともなっている囚人服と丸がりの廃止、一日一時間の戸外運動の確保、屈従の儀式となっている正座点検の廃止、毎朝の全裸身体検査の着衣をみとめること」などを掲げてきた(海渡雄一編『監獄と人権』「日本の監獄の改革を目指して」)。 これらの指摘の多くは1998年11月の規約人権委員会の日本政府宛の勧告に取り入れられた。監獄人権センターの連絡先である福島武司法律事務所では、年間百数十件もの、施設側による人権侵害等を訴える被拘禁者からの手紙を受領している。これはほぼ2日に1件という非常に高い頻度である。 第2 現行の人権救済制度 1 監獄法上の救済手段 2 行政訴訟・国家賠償訴訟 3 刑事告訴・刑事告発 4 人身保護請求 5 弁護士会の人権救済申立 第3 現行の人権救済制度は適切に機能しているか 1 日本の刑事拘禁施設における権利救済の基本的な問題点 日本の実務においては受刑者と施設当局が権利・義務の関係に立つという基本原則が確立していない。当局に従順な者に対しては、権利ではなく恩恵として、一定の生活水準が保障される。反対に、監獄の秩序に反抗する者は一切の恩恵を剥奪され、非人間的な生活状態に置かれるのである。施設当局は、法に定められた一種の不服申立手続である情願(注:監7条)や所長面接(注:監施規9条)を行うこと、弁護士に委任して訴訟を提起すること自体を、監獄秩序に対する反逆とみなし、このような被収容者を「好訴性収容者」等と呼んで、報復として厳正独居拘禁などの不利益処分を行っている。 2 監獄法上の救済手段 監獄法上の救済手段としては所長への面接(監施規9条)、巡閲官への情願、法務大臣への情願(法7条)などの手段が規定されている。これらはいずれも行刑当局内部の手続であり、法的な応答義務がなく、到底実行性のある制度とは言いがたい。国際人権・規約人権委員会も98年11月の最終見解27項で「d)刑務官による報復行為に対し、申し立てを行った受刑者に対する保護が不十分であること。e)受刑者による申し立てについて調査するための信頼できるシステムの欠如」に懸念を表明している。 3 民事訴訟・行政訴訟 1)被拘禁者本人による訴訟と出廷の権利 弁護士に委任しないで被収容者本人が裁判を提起した場合、当局は多くの場合被拘禁者の法廷への出廷を認めないため、証人調べにも立ち会えない。裁判所もこのような扱いを憲法の許容するところである、としている。 2)訴訟代理人を探す困難 弁護士に委任して訴訟を提起することにも大きな限界がある。刑事拘禁については国選弁護制度はなく、また、効果的な法律扶助の制度も確立されていないため、弁護士を委任することのできるのは経済的に恵まれた者に限られる。さらに、現状では国に対する損害賠償請求が裁判所に認容されることはほとんど無いに等しく、認容されるとしてもごくごく一部(通常5から15万円くらい)である。このような現状では、多くの困難が予想され、しかも時間も労力も要するこの種の訴訟を受任する弁護士を拘禁された状態で探すのは非常に困難である。これは根本的な問題であり、被疑者国選の問題と合わせて弁護士会全体で解決に取り組むべき時期にきている。 また、訴訟を提起したとしても、判決までには時間がかかり、訴訟提起によって当然には行政処分の執行は停止されず、執行停止の申立が認められるケースはまれであることから、訴訟によって特定の人権侵害を効果的に防止することは極めて困難である。 3)弁護士接見に対する看守の立会 もし刑確定者に訴訟代理人が就いたとしても手続上の公正は確保されていない。弁護士と受刑者の接見には看守が立会って会話内容を聴取し、手紙も検閲している。拘禁施設の中に収容された者と弁護士との秘密に通信・接見する権利は、国際人権規約自由権規約の一四条一項に規定された極めて基本的な権利である。しかし、日本の拘禁施設においてはこの権利は公然と蹂躙されている。 平成三年八月二一日徳島刑務所に在監している受刑者が看守から暴行を受けたとして国家賠償請求訴訟を提起中、その弁護士との接見に立会い人がつき、時間も30分以内と制限されたことが違法であるとして国家賠償訴訟を提起した。一審の徳島地裁(平成八年三月15日)は立会いについては合法としながらも、時間制限を国際人権規約14条一項違反と判決した。続く二審の高松高裁(平成九年11月25日判決)は、「接見を必要とする打ち合わせの内容が当該刑務所における処遇等の事実関係にわたり、刑務所職員の立会いがあって会話を聴取している状態では十分な打ち合わせができないと認められる場合には、その範囲で刑務所職員の立ち会いなしでの接見が認められるべき」であり、こうした具体的必要性が認められる場合に刑務所職員の立ち会いなしの接見を認めなかったときには、所長の裁量権の逸脱ないしは濫用に当たると解されるとする判決を下した。しかし、最高裁第一小法廷(平成12年九月7日判決)は、接見制限は所長の裁量権の範囲内であるとして合法であるとする判決を下した(注:遠藤光男裁判官による少数意見あり)。 密室でのできごとであり、目撃者がいたとしても、自らも被拘禁者であるために、証言することが難しいなど、立証上の困難が著しいことが指摘できる。また、供述者名を隠して供述調書が証拠として提出されることがあり、反対尋問が全く不可能である。原告側の証拠保全、検証申立についての施設側の拒否的姿勢は顕著であり、裁判所が強い姿勢で臨まなければ検証の実現も困難である。 5) 裁判所の判断方法における問題点 裁判所は、刑務所当局の処遇上の裁量を広く認める傾向にあるため、被拘禁者が裁判で勝訴することは困難であり、まれであった。しかし、最近、こうした状況にも多少の変化が見られる。下級審に限れば、接見交通の制限、書籍の抹消、革手錠による暴行などの事例について当局の措置の違法性を認める判例も見られるに至っている。 4 刑事告訴、刑事告発 刑務官による集団的な暴行事件等については刑事告訴・告発も必要である。しかし、刑事告訴・告発は、検事による本人及び施設関係者の取調べのみで不処分のまま終了することが多い。民事訴訟同様の報復的不利益処分があるにもかかわらず、残念ながら、民事訴訟以下の事実究明や法的判断しかなされないのが現状である。 5 人身保護請求 人身保護法は歴史的には英米法のヘビアス・コーパスの制度を受け継いだものであり、ヨーロッパ人権条約五条四項、国際人権B規約九条四項に取り入れられ、被拘禁者の普遍的な人権保障制度として発達している。本来、刑務所拘禁中の不当な取扱からの救済に適した制度である。 ところが、国際人権法として発達したこの制度と比較すると日本の人身保護法は、人身保護法二条が救済対象を手続き的な瑕疵に限定していること。法七条、一一条が救済要件を欠くことが明白な場合には手続き途中で請求を却下ないし棄却できることとされていること。人身保護規則が請求の要件を厳しく限定していることなどの限界を持っており、実効性のある救済手段となっていない。 しかし、近時刑事拘禁中の不当な取扱を人身保護法によって救済可能とする判例が出されるに至っている(東京地裁昭和五六年六月二五日決定判例集未搭載)。しかし、いまだ人権保護請求が実効性のある救済手段として機能しているとは言えないであろう。 6 弁護士会への人権救済申立 弁護士会の人権擁護委員会は、日本弁護士連合会及び各単位会に設置された委員会の一つであり、基本的人権の擁護という弁護士会の使命を直接実現することを目的としている(注:弁護士法第1条第1項2項及び第31条)。日本弁護士連合会は、人権擁護委員会の任務について、「基本的人権を擁護するため、人権侵犯事件について調査をなし、人権を侵犯された者に対し、救護その他適切な措置をとり、必要に応じ本会を通じ、または、本会の承認を経て官公署その他に対し、警告を発し、処分若しくは処分の取消を求め、または問責の手段を講じることを任務とする」と定めている(会則第七二条)。 弁護士会への人権救済申立は、裁判所などに比べ、妥当な勧告が出されるケースも比較的多く、人権侵害の行われた事実を後に残すためには有益な手続きであるが、現在のところ、施設当局は弁護士会の調査への協力を拒絶しており、また勧告を無視する事も多く、実効性ある救済手段とはなっていない。 1998年7月15日、広島弁護士会及び人権擁護委員会所属の弁護士は、弁護士会が刑務所職員による人権侵犯被疑事件の調査のため、在監者との接見を申し入れたのに対し、広島刑務所長がこれを拒否したという事案について、損害賠償請求訴訟を提起した(広島地裁平成10年(ワ)第1038号)。これに対し、国側は、人権擁護委員会は弁護士法上設置を義務づけられた委員会ではなく、任意の委員会であるから、委員会の事実調査活動も法的強制力をともなわない任意のものである以上、権利義務関係は生ぜず、これに応ずる義務はない、と答弁している。(平成10年10月5日付答弁書)。 本件は、弁護士会が人権侵害救済のための調査活動を行なう任務と権限が刑事拘禁施設の管理運営上の理由によっていかなる制約を受けるものであるかについて、法的判断を求める初のケースである。弁護士会の人権救済制度は公正さという点では高く評価できるが、その実現の可能性という点で大きな限界に突き当たっている。 7 外部交通の制限と人権救済の困難 未決被拘禁者は友人との面会を認められている。しかし、受刑者、死刑確定者は友人やNGOメンバーとの面会、通信を認められていない。家族との関係が断たれている被拘禁者には全く外部との交流がないこととなる。家族が遠隔地や海外にいる場合は手紙のやり取りは可能であるが、面会を受けることは不可能である。こうした環境の中で刑の定まった者は社会との接点が失われていく。このような厳しい外部交通の制限は、非人道的なものであるというだけでなく、社会との接点を喪失させ、人権救済を困難とし、さらには受刑者については社会復帰を困難にするものである。また、電話の利用ができないことも人権救済活動を一層困難にしている。欧米では電話が自由に利用でき、人権団体に獄中から電話をして人権侵害を訴えることもできるのである。 一般の法律相談においてもトラブルの要点を書面で伝達できる市民は極めてまれである。まして社会から隔絶された被拘禁者にとって自分の抱えるトラブルを書面で尽くすのは非常に困難である。したがって弁護士による面会を通じた聞き取り活動は非常に重要な意味を持つ。しかし、このような受刑者に弁護士を派遣すること自体が極めて困難である。 第4 望ましい人権救済制度のあり方 1 第三者機関の役割 第三者機関が関与することは処遇改善や人権救済にとって不可欠である。第三者の機関が関与することで、刑務所の中のことが公表されることになる。これを刑務所内の者が意識することで本来の意味の改善が果たされることになる。 監獄法の手続きがそうであるように、救済手続きが矯正関係者の手で行われる場合には、手続そのものの適正が担保されないというだけではなく、問題点が外部に明らかにならないという趣旨からも改善や人権救済の十分な役割は期待できないのである。 2 規約人権委員会は何に対して怒っているのか。 規約人権委員会の最終見解は日本の当局には大変厳しいものと受け止められたであろう。そういう理解は間違っていないが、規約人権委員会のメンバーは、人を拘禁する施設内での人権侵害は、透明性の確保や人権救済システムが欠如しているところではどこでも起こりうると考えているのだと考えているのである。特に日本に対してだけ、厳しいわけではない。 むしろ、制度的な人権保障システムが確立しておらず、人権侵害の訴えが多数寄せられているにも関わらず、問題自体が存在しないかのように、日本代表が答弁したことが委員の心証を大きく傷つけているのである。のような委員の受け止め方はバーゲンタール委員の次のような発言に端的に示されている。 「政府報告書はこういう分野に日本が問題があると言うことを認識していない書きぶりである。日弁連は政府報告を厳しく批判している。日弁連は極端な団体ではないと思う。政府はこのような非難に正面から向き合わなくてはならない。デュープロセスは検察官、法務省の独占ではない。この政府報告書の作成には法務省と検察官しかかかわっていないようだ。」「なぜ、刑務所について独立の検査機関がないのか。問題があるときに誰に報告すれば良いのか。インスペクターは法務省に属している。懲罰手続きについてどういう調査がなされるのか。刑務所の監督機関を作るべきだ。」 人権推進施策審議会の委員の方々にもバーゲンタール委員が何に怒り、驚いているかを正確に理解してほしい。人権保障のシステムに完全なものなどない。常にこれを改善していく必要があるのである。ところが、日本政府の応答には問題の存在そのものを認めようとしない「頑なさ」が認められ、このことが最大の問題となっているのである。 3 人権救済機関として不可欠な権限 このようにみてくると、拘禁施設における人権保障を十全なものとするためには、国(刑務所)から独立した機関であること、施設の立ち入りと被拘禁者との無立ち会いの面接、記録の閲覧などの強力な調査権限をもつことが不可欠だと考えられる。そして、私人間の人権侵害に対する救済機関とは機関自体を分離することが望ましいと考える。それが困難であれば、手続き・権限の点だけでも明確に分離するべきである。 法務省の人権擁護委員制度は私人間の人権侵害については一定の役割は果たしていると考えますが、規約人権委員会が指摘するように独立した機関とは言えず、政府から独立した機関とは認められない。 第5 参照すべき諸外国の制度とその運用実態 1 第三者機関の必要性 刑事拘禁施設は外の世界から隔絶された世界である。特に内部で発生した人権侵害についてはこれを隠そうとする力学が常に働いている。このような場所での人権侵害の有効な防止のためには、行刑当局から独立した第三者機関の設立が必要であることは古くから指摘されてきた。 第三者機関の性格については不服申し立ての処理の権限を持つ準司法的な機関、苦情の申し立てについての刑務所長に対して勧告の権限をもつ機関などが構想されている。イギリスの訪問者委員会や西ドイツの施設審議会は後者、スウェーデンの国会オンブズマン、イギリスのプリズン・オンブズマンなどは前者である。日弁連は刑事処遇法案では前者の設置を提案している。刑事立法研究会案では両者の設置を提案している。拘禁施設内部に注がれる目はできるだけ複眼的であることが望ましい。 2 複合的な人権救済システム 1995年5月に採択された国連犯罪防止会議の国連被拘禁者処遇最低基準規則の実効的な実施に関する決議では、刑務所に対する司法の監督、議会によるコントロール、正当な権限を与えられた独立の不服審査委員会又はオンブズマン等の独立の国家機関により、監獄制度を監視する方法と手段の提供を求めている。長い伝統を持つ訪問者委員会に加えてプリズン・オンブズマン制度を新たに導入したイギリスの例などを見ても複合的な制度が望ましいと考えられるようになってきている。実効性を持った、複合的な第三者機関の設置こそが監獄法改正の最大の課題である。 以下、参考までに、イギリスの刑務所における人権救済システムとヨーロッパ拷問防止委員会を概観してみたい。 (別紙 参考) 第6 イギリスの刑務所調査、勧告、救済制度などについて 1 1990年刑務所暴動とウルフレポート 90年代にイギリスの行刑は大きく改革されました。1990年にマンチエスターのストレンジウェイズ刑務所で大規模な暴動が発生し、この暴動は25ヶ所の刑務所に飛び火しました。この暴動の原因の究明とその改革のための方策を諮問されたのが、ウルフ卿を中心とするウルフ委員会でした。この調査は受刑者と職員の双方からその真意を聞くところからはじまったとされます。 短期間のうちに精力的な調査を遂げたウルフレポートは1990年代にイギリスで進められた行刑改革の指針となりました。ウルフレポートは矯正行政の側とNGOの双方から歓迎されたことも特筆すべきことです。 また、ヨーロッパ人権裁判所がイギリスの行刑実務のいくつかの点をヨーロッパ人権条約違反としたことも改革に力があった。イギリスの監獄法についてのテキストブックを見ると国内法と国際法が同列で論じられ、ヨーロッパ人権裁判所の判決例が重視されていることがわかります。 また、後に詳述しますが、ヨーロッパ拷問防止委員会は1991年にイギリスの刑務所の実態を「非人道的」と批判するレポートを作成し、イギリス政府の同意を得て、これを公表しています。このような動きがイギリスの被拘禁者の処遇改善に大きな貢献をしたことは疑いがないところです。 2 イギリスにおける人権保障のための複合的なシステム 1995年にイギリスを訪問した際にイギリスの刑務所の人権救済システムが非常に複合的なことに感銘を受けて、「イギリス・刑事司法・監獄調査報告書」(甲27)p59以下に「イギリスにおける刑務所の調査・勧告・救済制度」についての報告をまとめました。詳しくはこの文章を見ていただくこととして、その概要と、その後の簡単な経過をいかにまとめておきます。 3 刑務所監査官制度 刑務所査察官のシステムは1823年に始まったという、大変歴史のある制度です。査察官は矯正当局からは完全に独立しており、その報告書は公表されています。今日では、各時代の刑務所の実態を知る上での第一級の史料となっています。 前査察官のチューミン裁判官は現在のイギリスの行刑改革の基礎となった1990年ウルフレポートの共同執筆者であり、現在の査察官ランボサム氏は私も理事をしているICPSの理事もされている方です。いずれも、高潔な人格と高い学識と人道的な態度でイギリスの行刑改革をリードされてきた方々です。 わが国の巡閲官制度は当初はこの制度を導入しようとしたものだと考えられるのですが、法務省矯正局の内部の制度となり、報告書も公表されていないことは残念です。 4 訪問者委員会 訪問者委員会は1898年に始められた制度であり、各刑務所毎に設けられています。刑務所を訪問して、その問題点を報告書にまとめて、所長宛に勧告するのが仕事です。個別の事件は取り扱いません。むしろ重大な懲罰などについて所長の諮問を受ける権限などがあり、そのために受刑者からは管理側の機関として受けとめられ、信頼されていなかったのが現実です。 しかし、ウルフレポートによる勧告でこのような権限は廃止され、純粋に改善のための勧告を行う組織となりました。実際の主要なメンバーは治安判事や地域の名望家、弁護士などからなっているようです。活動のレベルは委員会毎に様々とされています。最近はレポートを所長に提出するだけでなく、公表する委員会も増えてきています。 5 プリズン・オンブズマン ウルフレポートに基づく改革で設けられた新しい制度です。個別事件について、受刑者からの申立を受けて当局の決定を修正取り消しできる権限を与えられています。初代オンブズマン元軍人のサー・ウッドヘッド氏が任命された。その経歴から実効性が危惧されたが、予想以上に受刑者の人権保障のために活躍し、タカ派のハワード内務大臣(保守党)と対立するような状況も生まれたということです。 第7 ヨーロッパ拷問禁止委員会の役割とその権限 1 ヨーロッパ評議会とヨーロッパ人権裁判所 ヨーロッパには経済的な同盟であるEU以外にヨーロッパ評議会という政治的な同盟が存在している。ヨーロッパ評議会はストラスプールに閣僚理事会、議会、ヨーロッパ人権裁判所という三権が集中しています。 ヨーロッパ人権裁判所は人権関係事件については各国の最高裁判所のさらに上位に君臨する裁判所である。元々は、裁判所への提訴権はヨーロッパ人権委員会が独占し、個人はヨーロッパ人権委員会に提訴することとなっていました。しかし、各分野の判例法が蓄積され、同時に提訴件数の増加に答えるため、1998年ヨーロッパ人権委員会を廃止し、個人が直接にヨーロッパ人権裁判所に提訴する方式に変更されました。 2 ヨーロッパ拷問防止委員会について ヨーロッパ拷問防止委員会はヨーロッパ評議会の起草したヨーロッパ拷問防止委員会の条約実施機関です。この機関は司法的な機関ではなく、各国の自由を奪われた人々の拘束されている施設を定期的、もしくは臨時に訪問する機関です。 「ヨーロッパの刑事拘禁」には1998年にこの機関を訪問した際の報告をまとめておきました。ここで注目して欲しいのは委員会の持っている権限です。条約の8条で施設のいかなる区画へも立ち入ることのできる権限、立会なしの被拘禁者との面会などの権限が明確に決められています。 訪問には定期訪問と臨時訪問があり、臨時の訪問の場合は直前に通告するだけでどの施設についても調査を実施できることになっています。 臨時訪問を拒否できないことはなく、締約国からの異議申立は条約9条2項でできることとなっています。しかし、この条項が使われた例はありません。決定後、24時間以内で訪問した例もあるとのことです。 この委員会の調査は原則は秘密裡に行われます。しかし、加盟国の3分の2の賛成があれば公式の声明を出すことができることとなっています。この報告書に記載したトルコに関する声明はこの条項によるものです。トルコではこの委員会の活動によって、刑務所内で拷問の被害者が発見され、その証言に基づいて拷問道具の設置されている警察署内の部屋が摘発されていることがこの声明からわかります。 この委員会の報告書は原則は秘密ですが、各国の同意があれば公開ができます。現実にはほとんどの国が公開に同意するようになり、いまや公開に同意しないことが政治的に難しい状況となっています。 この委員会の事務局をされていたネストローバさんは、その国が人権保障に真剣に取り組んでいるかどうかを判断する目安について次のように説明されました。「警察での虐待を調べるには、虐待の申立がどれくらいあったか、それに対してどう扱われたかを調べます。職員が懲戒されたか、刑事罰を受けたか、を調べるのです。加盟国から統計が出てくると、政府の反応がだいたいわかります。説明のために数頁をさいてくると、真剣に政府として対応していると一応評価することができます。 ブルガリアの例では1993年に内務省職員167名が被拘禁者を虐待したという罪で有罪になっています。これに対して、たとえば、スロバキアでは1993年に12人が起訴されて結果は出ていないと報告されています。このような統計からも、申立を深刻に受け止めているかどうかの違いがわかるのです。」 警察が虐待を行ったケースが167件も摘発されているブルガリアの方がスロバキアより真剣に取り組んでいるという意味なのです。問題の存在を認める態度こそが改善の出発点と考えられています。 |
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