2001.1. 19 人権フォーラム21 代表 武者小路公秀
はじめに 昨年11月28日に人権擁護推進審議会(以下、「審議会」)から「救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」(以下、「中間取りまとめ」)が公表された。日本における「被害者救済施策の充実の必要性を痛感し」、「組織体制面の整備も含めた抜本的な改革」を内容とする中間取りまとめが公表されたことには、意義がある。問題は、上記「充実の必要性」をどのように認識し、それにもとづき、どのような「抜本的な改革」が提示されているかである。 人権フォーラム21は、「中間取りまとめ」の公表に先立って昨年11月10日に、人権救済制度を含む日本の人権政策のありかた全般について、「人権政策提言」を公表した。また、昨年12月1日に検討会を、12月15日にはシンポジウム「人権擁護推進審議会中間答申をどう考えるか」を開催し、人権NGO関係者、弁護士、ジャーナリストなど多様な人びとによって、「中間取りまとめ」を多角的に分析した。 以下に、われわれの人権政策提言の内容に則し、多様な人びとによる分析の成果も踏まえ、「中間取りまとめ」に対するわれわれの見解を明らかにする。 1.審議会の運営について
人権救済は日本社会で生活するすべての市民にかかわる問題であり、市民は審議会の成り行きを知り、これに意見を述べる権利がある。市民のこの権利を実質化するため、審議会は会議自体を全面公開し、会議で配布される文書はすべて情報公開し、審議録も現行のような抄録でなく発言者名を明記する全発言記録とすべきである。審議会関連の文書は印刷物としてすべて公開し、同時に法務省のホームページに掲載することで、審議会の公開性と透明性を確保すべきである。 (2)審議会への市民の意見表明 人権救済制度の設計にあたって、多様な市民が意見表明できる機会を確保すべきである。このため、審議会は市民からパブリック・コメントを求める機会を増やし、また公聴会を開催する地域と回数を一層充実させる必要がある。審議会は各種の人権NGOからヒアリングを実施した。しかし、1団体30分と限られたものだったため、人権侵害・差別を受けてきた当事者は、その心情を十分に伝えることができなかった。審議会は、人権侵害・差別を受けている者の生活現場に赴き、当事者の生の声に耳を傾けるべきである。 (3)市民による意見表明の反映方法に関する情報公開 審議会は、パブリック・コメント、公聴会、現地調査等によって市民から受け止めたさまざまな意見を審議の中でいかに反映したかについても情報公開し、市民に報告すべきである。 2.「中間取りまとめ」の総論的問題点
「中間取りまとめ」の「はじめに」において、「『人権の世紀』と呼ばれる21世紀にふさわしい人権救済制度の在り方を示すことが求められている」とあるにもかかわらず、制度設計のための基本理念はまったく示されていない。日本国憲法の基本原理である国民主権にすら触れられていない。人権フォーラム21は、「人権」をこれまでの国家裁量により上から認められるもの(「国家裁量型人権ビジョン」)としてでなく、共に生きる人々の合意形成と参加を通しての社会建設のルール(「共生社会型人権ビジョン」)としてとらえてきた。審議会は人権救済制度設計の基本理念として「共生社会型人権ビジョン」を採用すべきである。審議会には、まず主体的な人権ビジョンを確立し、これにもとづき人権救済制度の審議にあたることが強く求められている。 (2)人権政策の指導原理としての人権政策三原則 「共生社会型人権ビジョン」を基本理念とし、人権救済制度を設計するにあたり、以下の人権政策三原則を指導原理とすべきである。 @総合性・・・省庁の縦割り行政の弊害を排した人権侵害・差別事案への総合的取り組み A当事者性・・当事者自らによる事案解決に対する適切な支援 B地域性・・・地域において人権侵害・差別事案を自ら解決する取り組みの支援 3.人権侵害類型の問題点
4.法務省の人権擁護機関の評価
5.新たな人権法体系の整備
「中間取りまとめ」は、「積極的救済の対象とする人権侵害」について、「対象となる差別や虐待の範囲をできるだけ明確に定める必要がある」としている。しかし、その具体的方法は示されていない。新たな人権救済機関に強制的な調査権限や執行権限を付与する際には、「積極的救済」の対象とされる人権侵害・差別等の範囲を明確にするため、新たに人権法体系を整備する必要がある。「法の適正手続きの確保」及び「新たな人権救済機関の権利濫用の防止」の観点からも、この整備は不可欠である。 (2)差別禁止法の制定 人権法体系の整備にあっては、差別禁止法の制定が特に緊急の課題である。同法の制定にあたっては、諸外国の取り組みや「国連・反人種差別モデル国内法」などを参照し、以下のような差別禁止事由と差別禁止分野の特定に留意すべきである。審議会の最終答申では、差別禁止事由と差別禁止分野を明示する差別禁止法の制定に言及すべきである。 【差別禁止事由】人種、皮膚の色、性別、性的指向・性的自己認識、婚姻上の地位、家族構成、言語、宗教、政治的意見、民族的又は国民的出身、年齢、身体的・知的障害、精神的疾患、病原体の存在、遺伝子など 【差別禁止分野】雇用・職場、教育、居住、医療、物品及びサービス提供、施設利用など 6.人権救済機関(人権委員会)の組織
しかし、今後期待される分権化社会においては、このような中央一元的な人権救済機関よりも、地方ごとに救済機関を設置する分権型の組織形態が望ましい。人権侵害や差別事案は、人びとの生活の現場で生じる場合が多い。したがって、人権救済機関は地域の実情やその地域が抱える問題点、地域に根付く因習や慣習などに精通した者によって構成されることが求められる。人権救済機関の設置にあたっては、都道府県や政令市にそれぞれ独立した人権委員会を置き、かつ各々の委員会が独自の事務局を備える必要である。 7.人権救済機関(人権委員会)の独立性・多様性
しかし、人権救済機関の独立性や多様性を担保するには、これだけでは不十分である。委員選任の公開性・透明性の確保や、委員を各種マイノリティから積極登用することなどが不可欠である。また、予算を独立して計上するなど、財政上の独立性にも考慮しなければならない。さらに、事務局職員の採用においても、法務省や他の行政機関からの出向は必要最小限にとどめ、人権救済活動に取り組んできた弁護士や人権NGOのメンバーなどを積極的に受け入れるべきである。 8.人権救済機関(人権委員会)の救済権限
人権侵害類型には大きな問題があるが、このような救済権限のあり方そのものは是認できる。しかし、実際の法整備や制度運用に際しては、積極的救済を行う場合の要件を厳格に規定し、権限濫用を招かぬように留意しなければならない。その一方で、積極的救済が単なる画餅に終わらぬよう、拘禁施設内の暴行などの公権力による人権侵害や、悪質な差別行為については、適切かつ十分な救済権限を整備すべきである。 9.公権力による人権侵害の相対的軽視
10.拘禁施設への立ち入り調査権限
11.マスメディアによる人権侵害
しかし、民主主義社会においてマスメディアが果たしている役割や、表現の自由および報道の自由が有する重要性に鑑み、マスメディアがかかわる事案については、報道によるプライバシー侵害も含めて、まずそのすべてをメディア側の第三者機関等による自主的・自律的規制に委ねるべきである。政府から独立した人権救済機関といえども行政機関の一種であることに変わりはないので、人権救済機関が報道に関する事案に直接関与することは極力避けるべきであり、また仮に救済権限を及ぼす場合でも、メディアに対して強制調査を行うことは認めるべきではなく、あくまでも任意的・非権力的な手法に徹するべきである。 12.インターネット上の人権侵害
しかしながら、インターネット上の表現にまつわる人権侵害は、表現の自由の保障と密接な関連をもつ事柄でもあるため、その処理には慎重な配慮が要請される。国家の干渉をほとんど受けることなしに情報の流通が可能となるインターネットは、表現を道じた個人の人格の発展と民主主義の進展に寄与するところが大きく、公権力による介入は可能な限り避けるべきである。 したがって、最終答申においては、第一次的にはインターネット・プロバイダー業界の自主的・自律的な救済手続の整備を積極的に促すとともに、自主的・自律的解決が望めない場合に備えて、新たな人権救済機関による救済手続についても、より明示的な言及が必要である。 13.人権救済機関(人権委員会)の政策提言機能
「中間取りまとめ」は、「人権救済機関は、人権救済とともに、人権啓発、政府への助言等の事務を所掌すべき」であるとしている(第6−6)。しかし、政府への「助言」は弱すぎる。政府から真に独立した機関なら、堂々と立法・行政・司法機関に対して、対等な立場から、人権政策や人権施策を「提言」できる存在であるべきである。こうした文言で表現される権能しか持たない人権機関は、政府から実質的に独立した機関と見なすことはできない。 (2)政府・議会等への「提言」機能の明確化 「中間とりまとめ」は、「人権救済機関が救済や啓発に係る活動の過程で得た経験・成果を政府への助言を通じて政策に反映させていくことも有用」としているが、誰に対して何について助言するのか、また、その助言に対する対応について、全くふれられていない。 人権フォーラム21は、中央人権委員会と地方人権委員会の設置を提案している。中央人権委員会は、国会及び内閣に対し、(1)国の人権教育・啓発に係る政策および施策のあり方、(2)人権問題に係る法令の制定改廃、(3)人権施策の実施に係る行政慣行の変更、(4)人権諸条約の批准又はこれへの加入、(5)国連他、諸外国の人権機関との協力、(6)日本が締約国となっている人権諸条約上提出が義務づけられている政府報告書の作成などについて提言を行い、地方人権委員会は、都道府県又は政令市の首長ならびに議会に対し、相応する提言を行うものとしている。提言を受けた機関は、その対応について住民に説明しなくてはならない。 審議会は、人権フォーラム21の上記の人権政策提言内容を参照し、人権救済機関の人権政策提言機能について、より具体化すべきである。 14.人権救済機関(人権委員会)の教育・啓発機能
15.人権に関する行政機構のあり方
それができない場合においても、最低限のこととして、人権教育・啓発に関する答申に基づいて設置された「人権教育・啓発中央省庁連絡協議会」を改組、発展させ、「人権施策中央省庁連絡協議会」を設置すべきである。 16.人権擁護委員制度の改編
しかし、既存の人権擁護委員制度は、人権侵害や差別を受けた者から十分に信頼されてきたとはいえず、このことは1993年の総務庁(当時)実施の実態調査結果からも明らかである。よってこの際、人権擁護委員制度を抜本的に改編し、これまでの名誉職的な制度から、真に人権保障に役立つ制度へと改めるべきである。このため人権フォーラム21では、現行の全国約14,000名の人権擁護委員を約6,000名に規模縮小し、専門的な人権研修を実施した上で、有給の専門職とすることを提言している。 17.国際人権法の国内実施体制
自由権規約第1選択議定書及び女性差別撤廃条約選択議定書などの批准や、人種差別撤廃条約第14条及び拷問等禁止条約第22条に基づく宣言を行なうことにより、日本においていわゆる個人通報制度を利用可能にすることは、人権を侵害されたとする者の救済の可能性をさらに広げることになる。審議会における重要な論点の一つとして、これらの早急な検討が必要である。 最終答申においては、このような国際的な人権救済制度に関しても明示的に言及する必要がある。 18.市民社会との協働、恒常的なNGOの参加等
|
人権フォーラム21 | Copyright 2001 Human Rights Forum 21. All Rights Reserved. |