はじめに 昨年11月28日に人権擁護推進審議会(以下、「審議会」)から「救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」(以下、「中間答申」)が公表された。審議会は1999年9月から人権侵害被害者の救済施策の審議を進めてきたが、この中間答申によって最終答申の方向性が見えてきた。 人権政策提言NGOである人権フォーラム21は、昨年12月1日に検討会を、また12月15日にはシンポジウム「人権擁護推進審議会中間答申をどう考えるか」を開催し、人権NGO関係者、弁護士、ジャーナリストなど多様な人びとによって中間答申を多角的に分析した。本稿では、こうした分析を踏まえて、中間答申の問題点を指摘し、本年5月にも想定される最終答申に向けての運動の課題を考えてみたい。 1.総論的問題点 日本における「被害者救済施策の充実の必要性を痛感し」、「組織体制面の整備も含めた抜本的な改革」を内容とする中間答申を公表したことには意義がある。問題は、@どのような視点から、A「被害者救済施策の充実の必要性」をどのように認識し、Bどのような「抜本的な改革」を提示したかである。 @中間答申の基本的視点については、「法務省の人権擁護機関がこれまで行ってきた取組を踏まえ、被害者救済のための基本的な仕組みをより充実させるという観点から(傍線引用者)」、人権救済制度の在り方を提言することとしている。しかし、中間答申からは、無機質な「上からの」制度設計者の視点しか感じられない。その原因は、各種人権NGOから短時間のヒアリングは実施したが、人権侵害・差別を受けている者の生活現場に赴き、当事者の声に耳を傾けるなどの実態調査は行わなかった審議会の姿勢にあると思われる。 最終答申では、本年1月22〜30日に実施される公聴会での当事者の意見発表や当事者からのパブリック・コメントを十分に踏まえ、人権侵害・差別を受けがちな人びとの眼差しで、「下からの」視点を重視して「人権救済制度」を設計すべきである。 以下に、AとBの問題点について、中間答申の記述内容の順番に、検討しよう。 2.「被害者救済施策の充実の必要性」に関する認識 (1)「簡易な救済」と「積極的救済」 中間答申は人権救済制度の具体的役割として、「簡易な救済」と「積極的救済」という 二つの救済手法を提示する(第3−2)。前者は「あらゆる人権侵害を対象とする総合的な相談と、あっせん、指導等の手法」であり、後者は「差別や虐待など、一般に自らの人権を守ることが困難な状況にある人々」に対する「より実効性の高い調査手続や救済手法」を「整備」する手法である。 (2)広範な人権相談受付 「簡易な救済」に関しては、「あらゆる人権侵害を対象とする総合的な相談サービスを提供すべき」であり、また「あっせんや啓発的手法を用いた・・・強制的な調査権限を伴わない専ら任意的な手法」による救済は、「対象を限定することなく、広範な人権侵害に対して」維持するのが相当としている。適切な指摘である。昨年11月10日に公表した人権フォーラム21の人権政策提言4-7.(人権フォーラム21編『21世紀日本の人権政策Part2』(以下、『21世紀日本の人権政策』)〔解放出版社,2000年〕所収)でも、人権相談については間口を絞らず、あらゆる相談を受け付けることとしている。 (3)「積極的救済」の対象限定と差別禁止法の制定 「積極的救済の対象とする人権侵害」については、「その救済手続が一面で相手方や関係者の人権を制限する」ため、「対象となる差別や虐待の範囲をできるだけ明確に定める必要がある。」(第3−2−(2))のは当然である。しかし、その具体的方策が示されていないのは不十分である。「積極的救済」の対象とされる人権侵害・差別等の範囲を明確化するため、差別禁止法を制定する必要がある。この制定にあたっては、諸外国の取り組みや「国連・反人種差別モデル国内法」(『21世紀日本の人権政策』所収)を参照し、差別禁止事由と差別禁止分野の特定に留意すべきである。最終答申では、差別禁止事由と差別禁止分野を明示する差別禁止法の制定に言及すべきである。 (4)人権侵害類型 中間答申は人権侵害類型として、「差別」、「虐待」、「公権力による人権侵害」、「メディアによる人権侵害」の4類型を提示し、類型別に救済の措置と手法を列挙する(第4−1)。しかし、「差別」と「虐待」は人権侵害事象の現れ方であり、他方「公権力」と「メディア」は人権侵害主体である。この類型化は、タイ・ヒラメとリンゴ・ミカンの並列のように、異質なものの列挙であり、妥当でない。 (5)公権力による人権侵害 「公権力による人権侵害すべてを積極的救済の対象とするのは相当でない。」(第4−(3−イ)との記述は、警察・刑務所・入管のような拘禁施設内における虐待、人権侵害、差別行為を対象外とすることを意味するものであってはならない。この点に関しては、自由権規約人権委員会の日本政府報告書に関する最終見解(1998年)第10項で、警察・入管職員による虐待の申立について調査・救済できる独立した機関がないことに懸念が表明されたを想起すべきである。公権力による人権侵害については特に聖域を設けず、あらゆる事象を「積極的救済」の対象とすべきである。 (6)拘禁施設への立ち入り調査権限 密室での差別や虐待のような人権侵害が危惧される、警察・刑務所・入管のような拘禁施設に関しては、人権委員会の抜き打ち的な立ち入り調査権限を明記すべきである。自由権規約人権委員会の上記最終見解の趣旨も、こうした権限を求めている。最終答申では、是非とも、この権限に言及すべきである。 3.人権救済機関の抜本的整備 (1)人権救済機関の独立性 積極的救済を含む救済を行う人権救済機関は、「政府から一定の独立性が不可欠」(傍線引用者)である(第6−1)とされている。人権救済機関について、政府からの「一定」にせよ「独立性」が前提とされたことは、現行制度からすれば一歩前進かもしれない。しかし、この「一定の」は曲者である。公正取引委員会のような独立行政委員会を想定するという趣旨で政府からの「一定の」独立性という意味であれば、理解できる。しかし、委員や職員構成、財政基盤、立法・行政・司法府への積極的提言主体という観点で、「完全な」でなく「一定の」独立性しか予定しないということであれば、大きな問題である。 中間答申はこの点に関し、「委員の選任について、ジェンダーバランスにも配慮する必要がある」(第6−4−@)としている。しかし、これだけの配慮では不十分である。最終答申では、機関の実質的な独立性を確保するため、国内人権機関の地位に関する国連パリ原則を踏まえ、機関の独立財政の確保、委員選任の公開性・透明性の確保、委員のジェンダー・バランスの確保、各種マイノリティ出身の委員を積極的に選任し、委員の多元性を確保するなど、の多面的な配慮を盛り込み、より「完全な」独立性を持つ人権救済機関を構想すべきである。 (2)人権救済機関の組織体制 中間答申は人権救済機関の組織体制について必ずしも明快なありかたを提示していない。しかし、概ね全国一元型の(中央)人権委員会を設置し、委員会事務局を中央と地方で整備する、という制度設計と見受けられる。しかし、あらゆる人権侵害・差別事象は地域で発生し、その根元も地域社会に根ざしている。この実態を直視すれば、人権侵害・差別を受けた者は地域で気軽に人権相談を受け、申立ができる体制を整備すべきである。このためには、全国的組織体制としては、地方人権委員会と中央人権委員会を併置し、前者の事務は自治体が、また後者の事務は国が担当するのが妥当である。 (3)人権救済機関の事務局体制 中間答申は、「(人権)委員会の設置に向けて、・・・法務省人権擁護局の改組も視野に入れて、体制の整備を図るべきである。」(第6−1−A)と指摘する。一般的には妥当である。問題は、人権擁護局を改組して人権委員会事務局とする場合、現行の人権擁護局の人員をそのまま移行したのでは、政府から独立した人権委員会の事務局機能を正しく担えないことである。新設の人権委員会事務局職員のうち、人権擁護局からの移行者は半数以下とし、残りの人材は広く他省庁・自治体職員、ならびにNGO等から人権問題に熱意のある者を集めるべきである。 (4)人権救済機関事務局の地理的管轄 中間答申は、「全国各地で生起する人権侵害事案に対して実効的な救済を可能とする組織体制を構築する必要があり、そのためには、法務局・地方法務局の人権擁護部門を改組するなどにより」、・・・「委員事務局の地方における組織体制の整備を図る必要がある。」(第6−2)としている。しかし、上記(2)で指摘したように、人権侵害の当事者から信頼される人権相談窓口を各地域にきめ細かく設置する組織体制が望ましい。こうした体制は国の行政にはなじまず、これまで窓口行政について豊富な経験をもつ自治体行政に委ねるべきである。 (5)(人権)委員会の強制権限 人権委員会が強制的調査権限や強制執行権限を持つこととして問題ないのは、@行為主体が行政機関である場合、ならびにA私人間の人権侵害・差別事案で、当該人権侵害・差別の定義が法律上明確な場合に限られる(人権フォーラム21「人権政策提言に対するQ&A」Q8、『21世紀日本の人権政策』所収)。 ところが、中間答申は、(第5−A)、私人による人権侵害・差別事案に関しても、「過料又は罰金で担保された質問調査権、文書提出命令権、立入調査権の必要性等について、救済の対象や救済手段の内容との対応関係において」引き続き検討するとしている。しかし、差別禁止法体系を整備せずに、私人間の事象につき人権委員会にこうした強制調査権限を付与するのは、@法の適性手続に反し、A人権委員会の権利濫用のおそれがあり、妥当でない。 (6)人権擁護委員制度の改編 「人権救済に関与する人権擁護委員にも、これにふさわしい専門性が求められる」(第6−4−B)とし、人権擁護委員制度の存続を前提し、「人権擁護委員制度については、・・・本審議会において引き続き検討を行う」(同前)こととしている。しかし、人権擁護委員制度が人権侵害・差別を受けた者から十分に信頼されてこなかったことは、1993年の総務庁実施の実態調査結果からも明らかである。このさい、人権擁護委員制度は早急かつ抜本的に改編する必要がある。人権フォーラム21では、現行の全国約14,000名の委員を全国約6,000名に規模縮小し、この約6,000名に3か月の人権研修を実施し、現行のボランティアから有給の専門職化することを提言している。最終答申では、こうした提言も考慮し、人権擁護委員制度の抜本的改編を提言すべきである。 (7)人権救済機関の人権政策提言機能 「人権救済機関は、人権救済とともに、人権啓発、政府への助言等の事務を所掌するべき」であるとしている(第6−6、傍線引用者)。しかし、政府への「助言」は弱すぎる。政府から真に独立した機関なら、堂々と立法・行政・司法機関に対して、対等な立場から、人権政策を「提言」できる存在であるべきである。こうした文言で表現される権能しか持たない人権機関は、政府から実質的に独立した機関と見なすことはできない。 |
人権フォーラム21 | Copyright 1999-2000 Human Rights Forum 21. All Rights Reserved. |