1.いま、なぜ、人権政策提言か 1996年12月に成立した人権擁護施策推進法にもとづき設置された人権擁護推進審議会は、現在日本の人権施策全般を検討している。同審議会は昨年7月には人権教育・啓発施策に関する答申を出し、昨年9月からは、人権侵害被害者の救済施策の審議に入った。昨秋以降、審議会は海外視察、人権NGOからのヒアリング、20名の委員全員による意見表明を行うなど精力的な審議を展開してきた。今年5月に同審議会内に置かれた「救済制度準備小委員会」は、さる7月28日に論点整理を公表した。救済施策に関する答申は2002年に出されると当初は見込まれていた。しかし、審議会の現在の審議ペースからすると、11月下旬には救済制度に関する中間答申が、また最終答申は2001年中には出される情勢にある。 審議会の場で人権施策のあり方が公的に議論されるのは大いに結構なことである。しかし、その審議結果は、場合によっては、21世紀前半の日本の人権政策や施策の大枠を方向付ける可能性がある。こうした重大な結果をもたらす審議が、短期間で、しかも国民からあまり注目されない形で進行するのは、見過ごすことができない。 人権問題は抽象的な課題でなく、生身の人間が関わる問題である。人権侵害や差別事象をいかに解消するか、人権侵害や差別を実際に受けた者をいかに救済するかという問題の検討にあたっては、実際に人権を侵害され、差別を受けた当事者の視点を重視する必要がある。したがって、これからの人権政策や施策の検討は国家エリートだけに委ねることはできない。日常生活感覚、現場感覚をもった市民こそが、人権政策や施策づくりの過程に積極的に参画すべきである。人権フォーラム21による「人権政策提言骨子(案)」はこうした発想からまとめられた。 2.人権フォーラム21による人権政策提言骨子(案)の検討経過 人権フォーラム21は、国内外の差別の実態を踏まえ、さまざまな差別問題の現状と課題を明確にしながら、幅広い意見を集約して、日本の人権政策のあり方について、広く各方面に政策提言を提示するため、1997年11月に結成された。人権フォーラム21には教育・啓発部会と規制・救済部会が置かれ、前者は1998年秋に『これからの人権教育−−−人権フォーラム21からの提言』(解放出版社、1999年10月)という提言を発表した。後者は1999年1月から毎月部会を開き、救済制度を中心とした日本の人権保障制度に関する政策提言に向けて検討してきた。 日本の人権政策や施策を検討するうえで、日本における人権状況と人権保障制度の現状を正確に把握する必要がある。同時に、世界各国の人権保障制度からも学ぶ必要がある。このため、人権フォーラム21は反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)と共同で、1998年4月に「国内人権システム国際比較プロジェクト」(National Machinery Project, 略称NMP研究会)を2年間の調査・研究プロジェクトとして発足させた。その目的は、国内人権機関を中心に各国の国内人権システムを比較調査・研究し、日本における制度設計の参考となる素材を提供することであった。NMPはトヨタ財団と東京人権啓発企業連絡会などから研究助成を得て、スウェーデン、イギリス、ドイツ、フランス、インド、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカの10か国について、国際比較調査・研究を行った。NMP研究会の成果は、1999年7月に『世界の国内人権機関---国内人権システム国際比較プロジェクト(NMP)調査報告』(解放出版社)として刊行され、また本年10月には『国内人権機関の国際比較』(現代人文社)として公表される。日本の人権政策を検討するにあたり、人権フォーラム21はNMP研究会の国際比較調査・研究の成果を十分に参照したことはいうまでもない。 3.審議会に制度設計の視点を問う − 「上から」ではなく「下から」の発想を 昨年7月の教育・啓発施策に関する人権擁護推進審議会の答申はさまざまな立場から、種々批判された。なかでも、国民相互の人権意識が高まれば日本の人権状況は良くなるという「お上(かみ)」の立場からの人権論は、審議会の基本姿勢を端的に示すとして強く批判された。この答申では、公務員自体が人権侵害を犯す可能性は正面から検討されなかった。こうした審議会の体質は救済施策の審議においても基本的には変わっていないと思われる。 河上肇は1911年の論文「日本独特の国家主義」の中で、西洋の天賦人権、民賦国権に対し、日本では天賦国権、国賦人権であると分析し、「現代日本の最大特徴は其の国家主義に在り」と喝破した。西洋では、天が人に権利を与え、民衆が国を作るのに対し、日本では、まず天が国に権利を与え、そののち国が人に権利を与えるという構図を鋭く批判したのである(篠原敏雄『市民法学の基礎理論』参照)。審議会の体質を見ていると、90年近く前の日本の分析が、残念ながら、現在にも当てはまるような気がする。 従来の制度設計の方法を踏襲し「上からの」視点を基調とする審議の結果、危惧されるのは、第1に、統治者の立場から人権侵害被害者の救済施策を考えるため、人権侵害の被害者になりがちな市民の視点が見落とされかねないことである。統治者→非統治者という、いわば国家主義的な視点で設計される制度では、弱者の思いは満たされない。公害、薬害、環境、消費者保護、等々の場面で延々と言われてきた問題点が、今回もまた繰り返されるのだろうか。 第2の危惧は、「人権」は天賦のものとして人が皆持つもので決して国賦のものではない、という当たり前のことが、制度設計のすみずみに行き渡るだろうか、ということである。 第3の危惧は、省庁縦割り行政の弊害を打破し、総合的な救済施策を打ち出せるのかである。現行の人権が関連する法制度は実に多岐に渡り、すべての省庁が関わりをもつと思われる。しかし、法務大臣だけが救済施策の諮問を行い、法務省が審議会の事務局を担っている。2000年1月からの中央省庁再編後も、こと「人権」と名の付く行政はすべて法務行政という、恐るべきタテワリ体制が厳然と存在する。はたして審議会はこの現実を本当に打破しうるのであろうか。 残念ながら以上の3点を打破するのは至難と思われる。 4.人権フォーラム21の基本的な視点 人権フォーラム21は、「上から」でなく「下から」の視点で、「タテワリ」的でなく総合的な人権政策や制度のあり方を検討し、ここに人権政策提言骨子(案)をとりまとめた。従来の人権保障制度は、主として統治者の観点を持つ国家エリートによって形成されてきた。統治者が被統治者を治めるための制度づくりという、いわば国家主義的な視点で設計される制度では、人権侵害や差別の被害者になりがちな市民の利害は見落とされかねない。これに対し、人権フォーラム21は、人権侵害や差別を受ける当事者の視点を第一に考え人権政策のあり方を検討してきた。 「人権」は誰でも生まれながらに持っているもので、決して国の制度によって与えられるものではない。世の中にはさまざまな不当な邪魔や困難が待ち受けているが、これら不当なものをはね除け、生身の人が生まれながら持っているものを守るための法的な砦が「人権」である。この当たり前のことを制度設計のすみずみまで行き渡らせるのが、人権フォーラム21のめざすところである。その基本理念は、提言骨子(案)の「第1.人権政策の指導原理」に盛り込まれている。 5.人権政策提言骨子(案)のあらまし 人権フォーラム21の人権政策提言骨子(案)は、次の11の柱からなっており、日本の人権政策のあり方全般に及んでいる。 1. 人権政策の指導原理 2. 法的措置が必要 3. 政府から独立した国内人権機関の設置を 4. 人権委員会の救済機能 5. 人権委員会の政策提言機能 6. 人権に関する官庁の新設を 7. 人権擁護委員制度の改編を 8. 議会の人権問題審議機能の強化を 9. 裁判所における人権侵害・差別事案処理の専門化 10. 国際人権法の国内実施体制の整備を 11. 市民社会との協働と「人権文化」の定着を 提言の内容は、政府から独立した国内人権機関の新設や人権に関する総合調整機能を有した官庁の新設などの行政的課題だけでなく、立法や司法の課題についても言及している。われわれは、21世紀日本の人権政策確立のためには、行政をつかさどる内閣の責務だけではなく、国会や裁判所の責務もきわめて重大であると考えている。 なお、本書の第2部(ここがポイント−人権フォーラム21「人権政策提言骨子(案)」の解説)では、この人権政策提言骨子(案)のとりまとめにあたった作業部会メンバーが、「人権政策の指導原理」、「実効的な人権保障システム整備の課題」、「日本の人権保障システムの未来系」について解説をしているので、あわせてご参照願いたい。なおこの人権政策提言骨子(案)にもとづく人権救済システムの流れ図(フローチャート)は次頁のとおりである。 6.みなさまへのお願い 現在、自由人権協会(JCLU)アジア小委員会、日本弁護士連合会、大阪弁護士会、人権擁護委員連合会などの各種団体によって、政府から独立した国内人権機関(人権委員会)の創設などに関するさまざまな提言が検討されている。これらの団体による検討作業は、現行の人権擁護制度のあり方や国内人権機関の新設に焦点が絞られている。これに対し、人権フォーラム21による政策提言内容は、もう少し幅の広い観点から、これらの論点を含む日本の人権政策のありかた全般に及んでいる。 人権擁護推進審議会での救済施策の審議は、今年11月頃に山場を迎えるものと思われる。人権フォーラム21は、これに先立ち、今年10月末頃をめどに、最終的な人権政策提言をまとめたいと考えている。人権フォーラム21は当事者の立場を重視する「下からの」視点で提言を完成させたいと念願している。このためにも、みなさまからの忌憚のないご批判やご意見を人権政策提言骨子(案)にお寄せ頂ければ幸いである。 |
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