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IGF京都への海外参加者に対する日本政府によるビザ
発給拒否に強く抗議します

JCA-NET理事会
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2023/12/20

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Table of Contents
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1. ビザ発給拒否の具体的な事例
2. IGFの基本的な性格と日本政府の責任
3. 公平な討議の場にとっての参加の権利の重要性
4. IGFの行動規範と憲法に反する日本政府の対応
5. 日本政府はIGFを国益のために利用しようとした
6. 日本はIGFのプロセスへの政府の関与に悪しき前例をつくってしまった
7. 日本国内の団体としての反省

宛先

内閣総理大臣 岸田文雄 殿
法務大臣 小泉龍司 殿
外務大臣 上川陽子 殿
総務大臣 松本剛明 殿
デジタル大臣 河野太郎 殿

1 ビザ発給拒否の具体的な事例
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2023年10月8日から12日まで京都で開催されたインターネット・ガバナンス・
フォーラム(IGF)
では、海外参加者の日本への入国ビザが発給されないケース
(以下、これをビザ発給拒否と呼ぶ)が複数発生した。JCA-NETが把握した事例
として、例えば、以下のようなケースがある。

- アフリカのいくつかの国の日本大使館は、IGFの事務局を担う国連経済社会
局から資金援助を受けている参加者の場合であっても、銀行残高証明書を要
求したり、場合によっては滞在先の証明書などを要求した。しかもこれらの
書類を提出しても、理由も告げられずにビザの発給が拒否された例がある。

- 必要な招待状を持っており、正式な要件をすべて満たしていたにもかかわら
ず、ビザの発給が拒否されたケースがある。日本領事館に対して、発給拒否
決定に異議を申し立てても受け入れられなかった事例が複数確認されている。

このほか私たちが把握できていないケースもあると推測される。いったいどれ
だけの人たちがIGFへの参加を阻止されたのか、全体像は不明である。[1]

JCA-NETは、理由の如何を問わず、日本政府によるIGFの参加者に対するビザ発
給拒否について強く抗議し、当事者及びIGFのすべてのステークホルダーに対
して公式の謝罪を要求する。

2 IGFの基本的な性格と日本政府の責任
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IGFは国連主催の会議であり、日本政府は今年の開催国として、この会議の円
滑な運営に責任ももつ立場にある。開催国は、IGFが「グローバルなマルチス
テークホルダーのプラットフォーム
」であることを最大限尊重した会議の運
営に責任を持つ。

IGFについて、公式ウエッブサイトでは以下のように説明されている。[2]

IGFは、途上国を含むすべての国の利害関係者にインターネット・
ガバナンスに関する議論に参加する機会を与え、これらの利害関
係者が現行のインターネット・ガバナンス制度や取り決めへの参
加を促進するような知識や スキルを身につけることを可能にし、
キャパシティビルディングに貢献する。最終的には、先進国から
途上国まで、政府から国際機関まで、民間セクターから市民社会
まで、すべての利害関係者が参加することが、インターネット・
ガバナンスにおけるダイナミックな公共政策を推進するためには
必要不可欠である。

上記の趣旨を踏まえて日本政府は会議の開催を準備する責任がある。つまり、
日本政府は、市民社会からの参加について、政府代表等と平等に参加する権利
を保障する義務を負う。特にグローバルサウスの市民社会からの参加を保証す
ることは最重要課題である。ビザ発給拒否は、IGFにおける民主的で開かれた
討議の場そのものを毀損する行為であり、IGFの理念に反するものである。

3 公平な討議の場にとっての参加の権利の重要性
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IGFが重要な会議であるとしても、グローバルなインターネットのコミュニティ
には、国境を越えて国際会議に参加できるだけの経済的余裕のない人々が膨大
な数存在する。IGFに参加するNGOのメンバーは、こうした人々の利害を代表し
て参加している。一人の参加者が入国できないという事態は、その彼/彼女が
代表している数万、数十万の人々の声を封殺することに等しい行為だ。しかも、
政府や企業の関係者の入国が許可されていることを考慮に入れると、日本政府
によるビザの発給拒否はマルチステークホリダーの条件を毀損し、討議空間の
公平性そのものを損う行為である。この意味でも、日本政府の責任は極めて大
きい。

ビザの発給拒否は、参加を阻止された当事者だけでなく、すべての参加者にとっ
てもとりかえしのつかない不利益をもたらす。本来であれば可能であったはず
の様々な利害関係者との間の議論や交流が妨げられたからだ。スポーツの国際
試合でいえば、開催国の思惑で参加予定の選手の一部のビザが発給されずに、
チームが試合にでられなかったり、本来のプレイができなかったといったケー
スを考えれば、ビザ発給拒否の不当性はあきらかだろう。日本政府は入国に関
して差別的な対応をとったことは明らかであり、私たちは厳しく批判する。

4 IGFの行動規範と憲法に反する日本政府の対応
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今回のような入国ビザの発給拒否は、IGFの行動規範に反する行為である。
IGFの行動規範には以下のように明記されている。

国籍、性別、人種・民族、宗教・信条、障害、年齢、性的指向に
かかわらず、IGFコミュニティの全メンバーを平等に扱い、IGFコ
ミュニティの全利害関係者は、対面でもオンラインでも、礼節を
もって互いに接すること。

開催国が参加者の入国に関して、ビザの発給で差別することは「IGFコミュニ
ティの全メンバーを平等に扱」うべきと定めた規範に完全に違反する行為であ
る。この行動規範違反は、極めて重大であり、私たちは、最も厳しい言葉で日
本政府を非難する。

また、日本国憲法の遵守義務にも違反している。憲法では以下のように明記さ
れている。
21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、こ
れを保障する。2項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密
は、これを侵してはならない。
ビザの発給拒否は、当事者の言論・表現の自由を奪うことを意味している。更
に憲法14条では、政府が政治的経済的社会的関係において「人種、信条、性別、
社会的身分又は門地」に基く差別を禁じている。ビザの発給拒否は、この憲法
の理念にも反する差別的な措置であり、容認できない。

5 日本政府はIGFを国益のために利用しようとした
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今回の日本政府によるビザ発給拒否の背景には、日本政府によるIGFの政治的
な利用といいう思惑がある。

日本政府は「誰一人取り残さない、自由で開かれたインターネットの発展」を
繰り返し強調している。[3]「誰一人取り残さない」といいながら会議への参
加者のビザ発給拒否を自ら引き起した。なぜこのような矛盾した対応になった
のか。

そもそも日本政府がいう「自由で開かれたインターネット」とは、日本政府が
推進する「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)」の言い換えに過ぎない。
DFFTは、2019年1月の世界経済フォーラムにおいて、当時の安倍晋三総理大臣
が提唱し、2019年6月のG20で首脳宣言に盛り込まれた日本の国益に基く政策で
ある。[4]

日本政府が情報通信関連の外交で、グローバルサウスにおいて深刻になってい
るインターネット遮断や検閲の問題に真剣に取り組んだことはない。また知的
財産権よりもオープンソースを重視する政策をとったこともない。現在深刻な
ジェノサイドを被っているガザは、10月7日以前から、長年にわたってイスラ
エルがインターネット回線を支配し、通信施設を空爆するなどの暴力をふるっ
てきた。このことに日本政府は一言の批判も口にしたこともなく、ガザに開か
れた自由なインターネットを支援しようともしていない。「誰一人取り残さな
い、自由で開かれたインターネット」は実体を伴わないプロパガンダなのだ。
そしてDFFTは、日本を含む先進国の情報通信多国籍資本がグローバルサウスの
データを搾取してきた既存の体制を維持し、同時に、5eyes+の諸国とともにグ
ローバル監視資本主義の体制を防御するための地政学的な枠組である。日本政
府は、IGFを国策に利用することにしか関心を示さず、マルチステークホルダー
の意義をそもそも理解しておらず、その結果として、グローバルサウスからの
参加者の入国にビザの発給拒否というIGFの行動規範違反を平然と行うことに
なったのだ。

6 日本はIGFのプロセスへの政府の関与に悪しき前例をつくってしまった
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IGFは、毎年どこかの国で開催される。開催国は、ビザ発給を含めてあらゆる
関係者の参加と言論の自由のための空間を保障する責任を果さなければならな
い。開催国政府は、IGFを自らの国策、国益のために利用すべきではない。開
催国の首脳などが特別にスピーチしたり、開催国が特権をもって会議を設定す
るなどの行為を認めるべきではない。開催国であっても、他の参加者と対等な
立場をとり、あくまで開かれた討議の場所を提供することに徹するべきである。
これが、インターネットガバナンスにおける包摂的なマルチステークホルダー
アプローチを実現するための最低限の要件である。

日本政府のようにIGFを国策に利用し、特権的に会議の場を利用するようなこ
とが今後も続くことが危惧される。国外の市民社会からの参加が規制されたり、
会議中の国内の活動家の自由な発言や行動が会議終了後に弾圧の対象になるよ
うなことは断じて許してはならない。もしこうした開催国の振舞いが許されて
しまえば、IGFは包摂的なマルチステークホルダーアプローチを根底から損う
ことになる。これはインターネットのガバナンスにおける市民社会の参加にとっ
て深刻な問題である。日本政府の今回のIGFの運営は、悪しき前例となった。
この意味でも日本政府の責任は大きい。

7 日本国内の団体としての反省
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JCA-NETはIGFに参加した。また、国内のインターネットや情報通信関連の有力
な団体が、日本政府とも協調しつつIGFに参加している。にもかかわらず、グ
ローバルサウスからの参加者へのビザ発給拒否という最悪の事態を防げなかっ
た。このことは日本政府だけでなく、日本の市民社会もまたグローバルサウス
からの参加の重要性やマルチステークホルダーの意義が十分理解されていなかっ
たことを示している。日本の市民社会が十分に政府の対応を監視する役割を果
せていないことの証左ともいえる。

またJCA-NETは進歩的コミュニケーン協会(APC)からビザ発給拒否の情報を得な
がら十分な対応を行うことができなかった。その結果として、多くの友人が入
国できないという結果を招いた。JCA-NETとして、日本国内から外務省や総務
省などに対して事前に対処できることがあったにもかかわらず、十分な対応を
行なえなかったことを心からお詫びしたい。今後、国際会議などで、海外から
のゲストの入国について、同様のビザ発給拒否などが行なわれる可能性があり、
今後の対応についても可能な対処を検討してゆきたい。

Footnotes
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[1] 以下に、ビザが発給されなかったケースに言及しているIGF参加者からの
発言がある。IGF 2023 – Day 4 – Open Mic - Taking Stock – RAW
https://www.intgovforum.org/ar/content/igf-2023-%E2%80%93-day-4-%E2%80%…

[2] 2023年10月13日。
https://web.archive.org/web/20231013185626/https://www.intgovforum.org/…
現在は記述内容が変更されている。

[3] 今年春のG7デジタル大臣会合の閣僚声明では何箇所かIGFへの言及がある。
たとえば
「我々は、インターネットガバナンスにおける包摂的なマルチス
テークホルダーアプローチを強く支持し、推進する。我々は、イ
ンターネット政策を議論するための主要なマルチステークホルダー
フォーラムとして、国連インターネットガバナンスフォーラム
(IGF)への支持を強化する。我々は、日本国京都市で開催され
る IGF2023 の成功に向けて、国内、地域、世界のステークホル
ダーとの連携強化を含め、総力を挙げて取り組むことを約束す
る。」https://www.soumu.go.jp/main_content/000879093.pdf
岸田は、オープニングのスピーチで「インターネットが、信頼性のある自由な
データ流通(DFFT)を促進し、引き続き人類の発展に貢献するためには、オー
プン、自由、グローバル、相互運用可能、安全かつ信頼できるインターネット
を維持することが必要であると確信しています。」と述べた。
https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202310/09igf_opening.ht…

河野デジタル大臣もIGFに参加して、G7で承認されたDFFT具体化に向けた国際
枠組みを宣伝した。
https://www.digital.go.jp/news/aa61bed1-1c3e-4247-bb8c-d748010d9ea1

[4] https://www.digital.go.jp/policies/dfft/


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JCA-NET理事会
理事(代表) 小倉利丸
toshi@jca.apc.org
070-5553-5495