事実に依拠しないコラムは日中間の溝を深める(信濃毎日2010年1月)
弁護士 内田雅敏
本紙1月15日付野田正彰氏コラム「『花岡和解』から10年」には、以下の三点において重大な事実「誤認」がある。
氏は花岡和解には鹿島建設の謝罪がないと言う。しかし和解条項1条は1990年7月5日の共同発表を再確認することから始まっている。共同発表は「中国人が花岡鉱山出張所の現場で受難したのは、閣議決定に基づく強制連行・強制労働に起因する歴史的事実であり、鹿島建設株式会社はこれを事実として認め、企業としてもその責任があると認識し、当該中国人及びその遺族に深甚な謝罪の意を表明する。」としている。
氏は、和解は「日本の弁護士達にだまされた」もので、日本と中国の関係者が全く正反対に評価したままであると言う。確かに中国人当事者達中に和解を非難する人はいる。しかし、和解はこの非難者を含む、花岡受難者聯誼会で十分議論した上で、全員の賛成によって成立した。この点については、「花岡和解を検証する」(「世界」2009.9月号、内海愛子外)でも検証されている。
現在、花岡受難者986人中、判明している生存者・遺族のほとんどである約500人が和解を支持し、和解金を受領し、また毎年6月30日大館市主催の花岡現地での慰霊祭に順次来日している。和解評価をめぐって中国人すべてと日本人が対立しているかのような氏の論は事実に反する。
氏は、和解金は弁護士、支援者、被害者で三等分するとの伝聞を確認せずに記している。弁護士、支援者らは、和解成立までに費やした実費を含め、一切お金を受け取っていない。それは本件は中国人受難者の被害回復と同時に日本人自身の問題、つまり歴史の問題だからである。
野田氏のコラムがこのような重大な誤りを内包しているのは、<はじめに和解非難ありき>の基本姿勢の故である。氏はその主張に添う中国人にだけ耳を傾け、和解を支持している他の多くの中国人の存在をことさら無視している。このような姿勢は日中間の溝を深めるだけだ。
昨年10月23日、西松建設中国人強制連行・労働事件の和解が成立した。同社が加害の事実を認め、その歴史的責任を認識し、深甚な謝罪をするということを骨子とするもので、花岡和解の延長上でなされたものである。
和解成立後、受難者代表の邵義誠氏は、「これまで闘って来たが、今日からは友人だ」と西松建設代理人と握手をした。翌24日、大館市の市民運動家達による花岡平和記念館の竣工式が行われた。草の根レベルの日中友好は確実に進行している。