反安保実 NEWS 第４号
視点・論点④
アキヒト天皇サイパン訪問の意味するもの
●北野 誉
六月二七日、アキヒト天皇夫妻は、アジア・太平洋戦争の「犠牲者追悼」のためサイパン島を訪れた。翌二八日には、北部にある「中部太平洋戦没者の碑」（一九七四年に日本政府と太平洋諸島信託統治地域政府によって建立）に供花し、スーサイドクリフ、バンザイクリフを訪れ黙祷した。さらに韓国人死者と沖縄出身者を「追悼」するために建てられた韓国平和記念塔とおきなわの塔にも立ち寄った。また、アメリカ慰霊公園で米軍の慰霊碑と現地先住民の記念碑に供花するなどした。
サイパン島は、第一次大戦後、日本の植民地（国連委任統治領）となったミクロネシアの島々の中心地のひとつであり、アジア・太平洋戦争においては、日本の重大な「戦略拠点」となった場所である。一九四四年六月に始まる米軍の激しい攻撃によって、四万人以上の日本軍兵士と一万人もの日本人民間人が死に追いやられた。「激戦の島」であるということは、「慰霊の島」であるということだ。テレビでも繰り返し放映された民間人の「投身自殺」の場となった「バンザイクリフ」には、四〇以上にのぼる慰霊碑や塔が、崖沿いにずらりと並んでいる。その死者につらなる人びとが、この地を訪れ、死者を思い、その冥福を祈るのは、ごく自然な感情であるだろう。
しかし、同じくサイパンで死んだとはいえ、その死は、個別の死者において多様である。たとえば、「バンザイクリフ」における死は、逃げまどい、断崖にまで追いつめられた人びとの絶望の表現でしかなかった。投身をためらう親子の背中を日本兵が射つなど、その後の沖縄戦と同様の、軍隊による死の強制があったことも明らかになっている。その彼（女）らが「天皇陛下万歳！」と叫んで身を投げなければならなかったこと、それは文字通りの「悲劇」である。そして、少なからぬチャモロ・カナカ人など現地住民や、連れてこられた朝鮮人の死など、その置かれていた立場によって、さまざまな死が存在する。これらの死を、「平和のための尊い犠牲」などとひと括りにしてすませてしまうことなど、決して許されないだろう。
しかし、まさにこの点において、天皇の側のほうが、それらの死の具体に寄り添うかのような身振りを、今回の訪問を通じて最大限演出したということこそが問題ではなかろうか。韓国平和記念塔とおきなわの塔への訪問は、事前に公表されていなかった。宮内庁幹部はそれについては「両陛下の強いお気持ちがあった」という。「激戦で亡くなった兵士や民間人を国籍を問わず追悼し、思いを寄せる」ため、アキヒト天皇は島内を巡った。それは、小泉首相をはじめとする自民党右派政治家の、靖国問題をめぐる態度の「かたくなさ」に比べて、より柔軟で洗練された政治表現としてとらえられたはずだ。事実、在サイパン韓国人会の金勝百（キム・スンベク）会長は、天皇の韓国平和記念塔訪問を受けて、「とてもうれしい。満足している。日韓関係が改善に向かうのでは」と語り、潘基文（バン・キムン）韓国外交通商相も「日本政府と指導者が過去を直視することを願う隣国の期待に応える契機となることを望む」と語っている。果たしてそうだろうか。天皇は、サイパンに向けて羽田を発つときに、次のように述べた。「このたび、海外の地において、あらためて、先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼し、遺族の歩んできた苦難の道をしのび、世界の平和を祈りたいと思います。／私ども皆が、今日のわが国が、このような多くの人々の犠牲の上に築かれていることを、これからも常に心して歩んでいきたいものと思います」。
天皇のこの発言は、先住民や朝鮮人や米国人の死を含む、サイパンにおけるすべての「犠牲」の上に「今日のわが国の平和と繁栄」とが築かれている、という主張としか読むことはできない。むろん「日本人」であっても、「今日のわが国の平和と繁栄」を念じて死んだとは考えられない。それは、そのようなものとして、他人の死を引き寄せ、国家の原理に回収する言説でしかない。「平和のための死」は尊いことだ、というイデオロギーとして。そして、そのために先頭で旗振りを行うものが、アジア・太平洋戦争の最高責任者として、サイパンの死者に大きな責任を負っていたヒロヒト天皇の「御遺徳」を受け継ぐと宣言して天皇の地位を引き継いだアキヒト天皇であるということに、大きな欺瞞と許し難い政治性を感じ取らないわけにはいかない。
（きたの ほまれ／反天皇制運動連絡会）
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