各国政府は兵力削減だけでなく軍事部門における負担の軽減化のため民営委託を進めていった。NASAでは偵察衛星などコンピュータ部門の多くが民間委託され、グアンタナモ基地は刑務所建設から警備まで民間企業に委託されている。英軍では最新鋭原子力潜水艦の運用・整備も民間に委託されている。スーダンは最新鋭ミグ29の一個中隊をロシア人パイロット付きで契約しているが、この戦闘機は米軍のトマホークやステルス機を撃ち落とす能力を持っている。
もはや国家は手間と費用をかけて軍隊を長期間育成しなくても、軍事コンサルタント会社に兵の訓練を依頼するか、民営「軍隊」をまるごとレンタル・リースする方が、即決で手軽に「精鋭部隊」を入手できる時代になったのである。この事実はおそらく根本的な「国防」思想を変革させずにはおかないだろう。特定の「仮想敵国」を前提とした防衛戦略はまったく役に立たなくなるからである。ある日突然、目の前に強大な軍隊が出現する危険性に我々は直面しているのである。
傭兵は国家の正規兵=「常備軍」との対比において「非合法・不正」と見なされてきたが、実は国家の常備軍を正統とする認識が広まったのは、この200年程度の出来事にすぎず、「国民国家」が政治権力の標準形態と認識されてからであった。300年前には英国やオランダの東インド会社は本国よりも強力な独自の軍隊を持ち、自社の経済的動機にしたがって本国の友好国とさえ交戦していたのである。
今までは巨額の国家予算を運用できる「国民国家」だけが平時においても何万〜何十万もの「常備軍」を支える事ができたが、近年の世界経済事情は、国家にさえそのような「無駄」を許さない環境を作り出しており、地域紛争が起こった時にだけ民間軍事会社に依頼した方が、経済的で効率的である事が証明されつつある。
今や世界の主要な地域紛争のほとんど全てに関して戦闘業務や後方支援において民間軍事会社が「業務」を受注している。例えばイラク入国前に米兵はクウェートにあるMPRI社の施設で最終訓練を受けているし、イラクに展開する14万人の米兵の食事の供給はすべてチェイニー副大統領が最近まで最高経営責任者の地位にあったハリバートン社に委託されている。ハリバートン社はこの戦争で130億ドルもの売り上げをあげたといわれ、これは湾岸戦争時における米軍の全経費の3倍に相当する額である。因みにアブグレイブ刑務所での囚人への扱いが問題になったが、実は民営軍事会社社員も尋問や拷問に関わっていた。しかし彼らは一切罪を問われていない。
イラクで活動している民営軍事会社社員は総勢2万人以上と言われている。これは米軍を除く全占領軍の合計人数に匹敵し、占領軍全体の10パーセントを超える。ここまで拡大してきたのには理由がある。一般の米兵と比較しても遙かに有能な軍人である彼らは、高額の報酬と引き替えに最も危険な職務についており、それは軍事的理由以外にも都合が良いのである。今日の戦争において、少なくとも民主主義政体をとる国家は兵の死亡数の増大に耐えられなくなっており、このジレンマを解決する手段として民営軍事会社社員による「死の代行」は、「よりましな選択」として軍からも歓迎されているからである。
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