表現が萎縮しない時代の証言-―天皇制に関する本6冊
『週刊金曜日』2019年1月11日号掲載
1、 坂口安吾『堕落論』『続堕落論』(ちくま日本文学、2008)
2、 深沢七郎『風流夢譚』(『中央公論』誌、1960年12月号)
3、 豊下楢彦『昭和天皇・マッカーサー会見』(岩波現代文庫、2008)
4、 朴慶植ほか『天皇制と朝鮮』(神戸学生・青年センター出版部、1989)
5、 加納実紀代『天皇制とジェンダー』(インパクト出版会、2002)
6、 内野光子『現代短歌と天皇制』(風媒社、2001)
1 敗戦の翌年に書かれた掌編二つ。「天皇の名によって終戦となり、天皇によって救われたと人々は言う」が、「常に天皇とはかかる非常の処理に対して日本歴史のあみだした独創的な作品であり、方策であり、奥の手」である。軍部はこの奥の手を知っており、「我々国民またこの奥の手を本能的に待ちかまえて」いる。だから、「8・15」は日本社会全体の合作だった。「天皇制が存続し、かかる歴史的カラクリが日本の観念にからみ残って作用する限り、日本に人間の、人性の正しい開花はのぞむことができないのだ」。安吾独特の〈反語法〉が冴えわたる。
2 15年後に現われた安吾の継走者は、深沢七郎か。『風流夢譚』は、2019年にその座を去り行こうとしている現天皇・皇后の結婚の翌年に発表された夢物語である。つまり「絵空事」なのだが、そこでは、「左慾」の「革命」が起こり、実名の皇太子夫妻の首が斬られたり、昭憲皇太后が「この糞ッタレ婆ァ、てめえだちはヒトの稼いだゼニで栄養栄華をして」と怒鳴られたりする。その表現が右翼を刺激して不幸な事件が起こった。天皇制を前に表現が萎縮しない時代の証言として記憶したい。志木電子書籍のKindle 版あり。
3 絵空事を離れて現実に戻ると、昭和天皇は、世上信じられているのとは逆に、戦勝国による戦犯訴追を免れた後、戦後体制の形成に能動的な関与を行なった。宮内庁御用掛を通して、米軍が長期にわたって沖縄を軍事占領する希望をGHQ(連合国軍総司令部)および米国務省に進言したことはその典型例である。沖縄の現状は、敗戦直後のこの挿話を無視しては、正確に把握できない。
4 沖縄と言えば、朝鮮はどうか。「日韓併合」が天皇の名においてなされ、朝鮮総督府も天皇に直属していたことを思えば、植民地支配と天皇制の関連を問うことを避けてはならない。昭和天皇の死の直後になされたセミナーの記録が、その関係を多面的に明らかにする。
5 著者は、長い間「銃後史」、すなわち戦時下にあって「銃後の守り」を担わされた女性の在り方を研究してきた。「産む性」としての女性、「母性」が孕む問題を考え続けた著者は、文化的に形成された「ジェンダーとしての女性」という視点を得て、そこから天皇制とジェンダーの関わりを論じる独自の歴史観に至った。
6 年頭の「歌会始」は天皇家の文化的行事として定着し、歌を詠む人が社会の裾野に広がっている。皇族が詠む短歌も、「日本的抒情」表現としての短歌の世界も、奥深く侮りがたい。「一木一草に天皇制がある」(竹内好)社会に生きている以上は。