太田昌国の、みたび夢は夜ひらく[75]「beautiful Japan !!!!!」に、何との因果関係を見るのか
『反天皇制運動 Alert』2号(通巻384号、2016年8月9日発行)掲載
現代世界において、とりわけ、21世紀に入って以降、世界各地で頻発する「テロリズム」の行動について、私は、それが「反テロ戦争」と因果の関係にあると一貫して主張してきた。2001年「9・11」の事件が、いかに悲劇なものであったとしても、攻撃されたのが超大国の経済と軍事を象徴する建造物であったことを思えば、それが強欲な資本主義に対する底知れぬ憎悪を示す行動であったことは、誰の目にも明らかであった。ならば、超大国には、この憎悪が映し出した現代世界の「病」の依って来る由縁をこそ見つけ出し、それを除去する方策を模索することこそが求められていた。それは、自らが抱える「病根」を抉り出す手術になるはずだった。だが、周知のように、ブッシュ政権下の米国は、その内省の道を選ぶことなく、「反テロ戦争」という報復の道を選んだ。
『カンダハール』などの作品を創ったイランの優れた映画監督、モフセン・マフマルバフの優れたメタファーを借りるなら、貧しさに喘ぐ人びとが住まう土地に超大国が落としたのは、住民が切実に求めているパンや本ではなく、忌み嫌われている爆弾だったのである。それから 15年、アフガニスタンの乾き切った大地の一部は、戦乱の中にあっても止めなかったペシャワール会などが行なう灌漑用水路を備えた農業事業で緑の大地と化している。他方、反テロ戦争の標的となった土地では数知れぬ人びとが殺され、爆弾その他の近代兵器によって大地は荒廃し、住まう条件を奪われた多数の人びとが難民となって異邦の地を流浪することを余儀なくされている。
「反テロ戦争」はアフガニスタンに留まることなく、〈世界性〉を帯びた。「反テロ戦争」が作り出した諸状況に憤激し、これへの絶望的な反抗を、憎悪に満ちた暴力で発動する「テロリズム」もまた同様に〈世界性〉を帯びて、今日に至っている。両者の因果の関係を見据えなければ、その双方を止揚する道は見つからないのだ。
因果の関係といえば、ここで、去る7月26日早暁、相模原で起こった障害者施設襲撃・19人刺殺事件を取り上げたい。すべての報道に接しているわけではないが(特に、テレビニュースは、その低劣さに辟易しているので、ほとんど見ない)、この事件をこの間の日本の社会・思想状況と重ね合わせて論じる視点が少ないように思える。容疑者が事件に先立つ五ヵ月前に衆院議長(大森理森)に宛てた「障害者を殺害する」とする書簡では、「障害者総勢470人を抹殺する」計画が述べられているが、中段の「革命を行い、全人類のために必要不可欠であるつらい決断」に対する衆院議長の理解を求める文面の次には「ぜひ、安倍晋三様のお耳に伝えていただければと思います」とある。末尾は、「安倍晋三様にご相談いただけることを切に願っております」という文章で締め括られている(「要旨」しか掲載しなかった新聞では、安倍に言及した箇所は省かれている。省くべき箇所ではないだろう。「異常」にも思える容疑者の心情は、この箇所において、政治の最高責任者という公人への訴えを通して社会性を獲得していると読むべきなのだから。ここでの引用は、7月27日付東京新聞朝刊による)。
しかも、犯行後現場を離れた容疑者は、5分後にはツイッターに「世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!」と書き込んでいると報道されている。安倍晋三には『美しい国へ』と題した本がある(2006年、文春新書)ことは周知の通りである。容疑者が、安倍に対して大いなる親近感か共感をもっているらしいことをここから推察することは、不当なことではない。首相になって以降の安倍には、政治状況を配慮しながら言葉を「慎む」場合もあるとはいえ、その歴史修正主義者の本質には、いささかの疑念もない。自国が犯した歴史上の過ちと正面から向き合ってそれを克服するのではなく、姑息な方法でごまかしては、自国を「美しい」と言い募るのである。「美しい日本」という言葉の背後には、ナチスの優生学的な民族主義的なスローガンにも似た響きがある。
容疑者の背後にちらつく社会的な影は、ひとり安倍晋三だけではない。石原、猪瀬、舛添、小池を選び続けている都民も、橋下を選んでいた府民・市民も、信じ難いことに実在していることを考えれば、歴史修正主義の考え方および雰囲気が、ここまで社会を覆い尽してしまったことを認めざるを得ない。恐るべき相模原事件の依って来る由縁を、容疑者の個人史と資質に還元せずに、この社会を覆う政治思想、すなわち、経済的・身体的・歴史的な強者のためのスローガンが大手を振って罷り通る現実との因果関係で捉えなければならない。
(8月3日記)