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状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

太田昌国のふたたび夢は夜ひらく [63]「グローバリゼーション」と「反テロ戦争」がもたらした一つの現実


『反天皇制運動カーニバル』第28号(通巻371号、201577日発行)掲載

最近のテレビ・ニュース番組は、報道すべきニュースの選択でもその内容でも、あまりにひどいので久しく見ていないというと、共感する人が多い。BSの「ワールド・ニュース」を見ているほうがよほど世界のことがわかる、という人もいる。私も、時間の許す限り、このニュース番組は見ている。6月中旬のある日、「フランス・ドゥ」が伝えたニュースには、不意を突かれる思いがした。

ハンガリーがセルビアからの難民・移民の流入を防ぐために、全長175キロに及ぶ対セルビア国境に、高さ4メートルの鉄条網を「壁」として建設するというニュースである。ハンガリーに入国した難民・移民は、2012年には2000人だったが、2015年は前半期だけで5万4000人に達しており、この数字は人口比で見ると、欧州ではスウェーデンに次ぐ難民受け入れ国になっているようだ。シリア、イラク、アフガニスタンから戦禍を逃れた人びとが多い、という。ハンガリー政府の言い分によれば、財政的な負担に堪えられない以上やむを得ぬ対処方法であり、この緊急措置はいかなる国際条約にも抵触するものではなく、時間は切迫しており、早く建設しなければならない、という。

このニュースからは、ふたつの問題を引き出すことができる。1989年、ハンガリーこそは東欧民主化革命の先駆けであった。諸改革を進めていた当時の政権は、同年5月、オーストリアとの国境線に敷かれていた鉄条網の撤去に着手した。6月には複数政党制による自由選挙が行われた。東ドイツ市民は、夏を迎えて、ハンガリー、オーストリア経由で西ドイツへの脱出が可能だと考え、ハンガリーに出国し、それがあの国境を越えて流れ出る人の波となったのである。それからわずか5ヵ月後には「ベルリンの壁」倒壊にまで至った東欧激動の同時代史を、私たちはまざまざと思いだすことができる。そんな歴史的な役割を果たし得たハンガリーが、4半世紀後のいまは、世界情勢の激変に翻弄され、改めて国境の「壁」の建設に着手している。

マグレブ地域から地中海を超えてスペイン、フランス、イタリアなどに殺到するアフリカ難民については、難民船が定員をはるかに超える人びとを乗せていて起こる悲劇も含めていくつもの報道に接してきたが、今回のハンガリーに関する報道を見て、欧州が(旧東ヨーロッパ圏も含めて)総体として直面している難民問題の重層性が見えてきたという意味で、「不意を突かれた」というのである。「歴史は繰り返す」とか「あのハンガリーが、逆説的にはいま……」とかの、手垢にまみれた言い方ではない言葉で〈現在〉を表現したいとは思うが、適切な言葉が、今の私からは出てこない。もちろん、難民・移民とは、新自由主義的原理に基づいて世界の再編成を行なっている「グローバリゼーション」(=現代資本主義)の趨勢が、〈労働力移動〉という形で必然的に生み出したものであると捉えることは前提ではあるが。

ふたつ目の問題は、ハンガリーに殺到している難民の出身国から導かれる。アフガニスタン、イラク、シリア……と聞けば、(シリアには異なる要素もあるが)そこはいずれも、21世紀初頭以降、外部世界から発動された「反テロ戦争」の戦場そのものであり、無人機を含めた爆撃機からの空爆に怯える人びとが、大量に脱出を図っている国々である。「因果」の関係ははっきりしている。「反テロ戦争」こそが、アフガニスタン、イラク、シリアの人びとはもとより、その「余波」を受けているハンガリーなどの諸国の「苦悶」を生み出しているのである。

この日の「フランス・ドゥ」にしても、前者の問題には触れる。グローバリゼーションの波及力には言及せずして、「25年前には東欧共産圏にあって率先して鉄条網を撤去したハンガリーが、皮肉にも今度は……」風なもの言いで。だが、後者の問題にはまったく触れない。「因果の関係」については、結局、メディア報道の読者であり視聴者である私たちが「自発的受動者」たる位置を離れて、自力で極めていくほかはない。その点は、ギリシャ情勢についても、戦争法案をめぐる攻防についても、辺野古に象徴される沖縄の状況に関しても、同じことだ。(7月4日記)