書評:荒このみ著『マルコムX』(岩波新書、2009年12月発行)
『北海道新聞』2010年3月7日掲載
バラク・オバマ米国大統領は自伝で、ハワイの高校時代、自分が黒人であることを自覚するうえで強烈な印象を受けたのは、マルコムXの自伝であったと語る。
マルコムXとは誰か。彼は60年代の黒人解放運動の高揚に、キング牧師と共に大きな影響力を及ぼした。
だが一般的には「非暴力の穏健派=キング牧師、暴力の行使を扇動する過激派=マルコムX」と対照的に描き出されて、白人社会では敬遠されがちであった。
本当はどうか。本書は、40 歳で凶弾に倒れたマルコムXの生涯を豊富な聞書きも交えてたどることで、今まで信じられてきたのとは異なるマルコムX像を描き出す。同時にその精神的遺産が現代にどう引き継がれているかまでを論じる。
窃盗の罪で20歳からの6年有余を獄中で過ごした。単なるマルコムの時代だ。その間、姉の導きもあって、文学書から哲学書まで広範な読書に励んだ。刑務所が、弁舌に優れた後のマルコムXを生んだ。
97年に処刑された網走生まれの「連続射殺魔」永山則夫を彷彿させる挿話だ。イスラムに帰依し、その伝道師となったマルコムは、白人に与えれた奴隷名を絶ち、アフリカの本来の苗字を象徴するXを付して、マルコムXを名乗るに至る。「未知の資質」を表わすXだとするところが含蓄深い。
本書でもっとも生彩を放つのは、彼の言葉・演説が持つ吸引力と魅力を分析した章だ。火を噴くような彼の言葉と演説は、貧困層の黒人の心をわしづかみにした。
公然たる人種差別が米国全土で行なわれていた時代であったことを思えば、例示されている言葉がどれほどの力を持ち得たかは、推測できる。死の直前、アフリカ各地を訪れ、アフリカの鼓動を感じ、米国の黒人差別問題を、より世界的な視野に収める過程の叙述も大事だ。
資本によるグローバリズムとは異質な水準で、人びとが世界的な一体感を味わっていた60年代の特質が浮かび上がるからだ。一読に値する。