映画『パチャママの贈り物』を観て
『新潟日報』2010年3月4日掲載
南米ボリビアの南部、チリ国境に近いあたりにウユニ塩湖が広がる。四国の半分程度の面積をもち、世界最大の塩湖だ。最近は、リチウムを産出することがわかり、世界的な注目を集めている。
塩湖が生まれるに至ったアンデス山脈独特の自然造形も興味深いが、周辺に住む人びとは塩原から切り出したブロック状の塩をリャマの背に乗せて売り歩く。
3ヵ月におよぶキャラバンである。異境の地の人びとの生活を知る文化人類学的な観点からも、大いに関心がかき立てられる。
映画『パチャママの贈り物』は、この塩湖を舞台にして展開する。パチャママとは、この地域に住む先住民族の言語で「母なる大地」を意味する。
自分たちが日々足で踏みしめている大地、しかも自然の恵みをもたらしてくれる大地は、おのずから、人びとの深い信仰の対象である。
13歳の少年コンドリは、父を手伝い、塩湖から塩の塊を切り出すのが日常だ。
いよいよキャラバンに参加できる年齢にもなった。映画は、3ヵ月のキャラバンを通して成長する少年の姿を、最後に訪れた村で出会った美しい少女との初恋物語を含めて描きだす。
アンデスの空はあくまでも青く、景色も雄大だ。あどけない表情をもつリャマの群が、たびたび登場するのも、楽しい。
それらを背景に、この地に生きる人びとの日々の生活の喜びと悲しみが浮かび上がるのは、映像の力だ。
加えて、ヨーロッパがこの地を征服して後に持ち出された鉱物資源でヨーロッパ近代の繁栄を可能にしたポトシ鉱山の様子や、ティンクのケンカ祭りの迫力ある映像などが見られて、うれしい。
私たちにとっては遥かに遠ざかってしまった、懐かしくも人間的な物語が、殺伐たる現代のなかに突然に投げ込まれたような印象を受ける。
監督は兵庫県出身で、30年近くニューヨークに在住してCMやドキュメンタリー番組を作り続けてきた松下俊文氏だ。「9・11」事件で倒壊ビルを目撃し、心身ともに揺さぶられ、出直そうと考えたそうだ。
そのとき一冊の本に出会った。私が編纂した『アンデスで先住民の映画を撮る』(現代企画室)という本だ。
先住民を歴史創造の主人公として描き出すボリビアの映画集団の試行錯誤や苦闘を、松下氏はそこに読み取り、深く思うところがあったようだ。
東京の私の事務所にいきなり電話してきたり、ボリビアに住む私の盟友、ホルヘ・サンヒネス監督を訪ねたり、行動は迅速だった。
台本準備から始まって構想以来6年の歳月をかけて、映画『パチャママの贈り物』は完成した。
人と本、人と人、人と映画、人と異境の地――これらすべての出会いは、こんなにも劇的で、楽しいものか、とつくづく思う。
追記:ホルヘ・サンヒネス監督の映画は、去る二〇〇六年、新潟シネ・ウインドで全作品が上映されたことがある。