現代企画室

現代企画室

お問い合わせ
  • twitter
  • facebook

状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

書評:佐野誠『99%のための経済学〈教養編〉―誰もが共生できる社会へ』(新評論)


『新潟日報』2013年3月3日掲載

景気さえよくなるなら何でも許される、という気分がこの社会に充満している。多数の自殺者、非正規労働従事者の激増などが象徴しているように、経済的な苦境にあえぐ人びとが多い現実を正直に反映した気分とも言える。この閉塞した状況から抜け出すには、どうすればよいのか。本書の著者が徹底してこだわるのは、この問題である。

処方箋を出すためには、的確な診断が必要だ。時代の特徴をどう捉えるのか。米国のウォール街占拠運動が掲げた「1 %対99%」というスローガンに著者は共感する。1%とは少数の富裕層、99%は圧倒的多数の一般庶民を意味する。すなわち、世界と日本の現状を分析する際に著者が鍵とするのは、「格差社会」の到来という捉え方である。

なぜ、こんな時代が到来したのか。自由化・規制緩和・「小さな政府」等の政策を通じて市場競争にすべてを委ねた新自由主義サイクルが世界を席捲したからである。それは、世界的に見れば、1970年代半ばにラテンアメリカ諸国で始まった。日本では、1980年代半ば過ぎに中曽根政権時代に始まった。遠い他国ばかりではない、自国においても、それがどんな結果をもたらしたか。それがいくつもの例を示しながら、解き明かされていく。読者は、自分自身に、また周囲に起こっている身近な現実に照らしながら、著者の分析の正否を確かめていくことができる。

では、どうするのか。著者が打ち出すのは「共生」という考え方である。人間には、損得勘定のような利己主義に動機づけられた発想もあるが、同時に、連帯感に基づく共生を求める心もある。前者がこの格差社会を生み出したのだから、後者の精神と実践によって変革する。これもまた、内外のさまざまな実例を挙げて、論じられていく。

新潟出身の著者は、思いがけない仕掛けを工夫している。非戦を思いながらも「連合艦隊司令長官」として真珠湾攻撃を指揮する立場に立たされた同郷の山本五十六に関する映画を論じる場所から転じて、やはり同郷で、同時代の経済学者、猪俣津南雄に繋げていく箇所である。それは、五十六が「日本の社会についてどのような見識をもっていたか」を知りたいという著者の思いからきている。経済学者である著者が狭い専門分野を抜け出し、一般読者に向けて工夫を凝らして著した好著である。