現代企画室

現代企画室

お問い合わせ
  • twitter
  • facebook

状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

死刑映画週間――「死刑の映画」は「命の映画」だ――に寄せて


『図書新聞』3048号(2012年2月4日号)掲載

特定の監督や俳優を回顧するための映画週間や、あるテーマを掲げてそれに関連する映画をまとめて上映する企画というのは、ありがたい。一映画フアンとして、そう思う。見逃していた作品や、もう一度観たい映画というものは、必ずあるからである。今回、私たち(死刑廃止国際条約の批准を求めるFORUM90)は、渋谷ユーロスペースの協力を得て、「死刑映画週間――『死刑の映画』は『命の映画』だ」を企画した。その企図と内容を簡潔に説明したい。

敗戦後、日本というこの国は「戦争放棄・軍隊不保持」を、憲法を通して世界に向かって誓った。国家は、長いこと、戦争行為と死刑制度という二本柱に基づいて、「人を殺す」をいう権限を独占してきた。個人にも国家以外のいかなる集団にも法律的に認められていない行為が、なぜか、国家にだけは許されてきた(きている)歴史を、いまだ人類は断ち切ってはいない。1947年、日本国はそのうちの一本の柱を放棄したのである。国家権力を成り立たせている(と信じ込まれている)秘密の鍵を、いったんは捨てたのだ。画期的なことである。当然にも、1950年代の戦後精神史のなかでは、「戦争放棄と死刑廃止は同じ」とか「前者を放棄して、なぜ後者を廃止できないか」との議論が熱心に行なわれた。だが、一九四八年「死刑は合憲」とした最高裁大法廷の判例もあって、戦後民主主義は死刑という「負の遺産」を克服し得ないままに現在に至っているのである。肝心の「戦争放棄・軍隊不保持」という、世界に対する公約もすぐに踏みにじられてきたことは、言うも悲しく、腹立たしい現実である。

世界の現状を国家の枠で見る限り、戦争放棄は、まだまだ遠い願望だ。戦争廃絶・軍隊解体に向けた個人・小集団・諸地域の努力が続いていることが、か細い希望の根拠だとしても。それに比べると、死刑廃止は「現実化」している。200ヵ国近い世界の中で、その3分の2の国々では、制度的に、あるいは実質的に、死刑は廃止されている。刑罰としての非人道性と非有効性に気づいたからである。EUが、死刑を廃止していることを加盟に必須な条件としていることもあって、日本で尊重される「産業先進国」という基準で言えば、死刑が存置されているのは、日本および米国(の一部の州)だけである。死刑制度を存置していることで、日本は「国際的に孤立している!」のである。欧米的な価値基準に基づいた「人権ランキング」で、常に最下部に位置する中国や朝鮮民主主義人民共和国と、その意味では「肩を並べている!」のである。

日本社会では知られていないこの現状がどんなことを意味しているかということを、関連する映画の連続上映を通して考える機会を得たい/提供したいというのが、今回の企画意図である。総理府が死刑に関する世論調査を行なうと、80%以上の人びとが死刑制度の存続を認めているとは、よく報道されるニュースである。設問の設定の仕方にも問題はあるだろうが、私たちは、「犯罪」やそれに対する刑罰としての「死刑」の実態をどれほど知ったうえで、この種の質問に答えているだろうか。凶悪犯罪の直後に世論調査を行なえば死刑支持率は上がるだろう。深刻な冤罪事件が明らかになった直後の調査なら(霞が関の行政官庁がそんな時期を選ぶはずもないが)、死刑支持の「世論」は急降下するだろう――人は、そんなふうに「迷いながら」生きている。どんなテーマにせよ人が佇む「迷い」や「惑い」の世界をよく描いてきたのが、文学や映画などの芸術だ。

今この社会では、ドストエフスキーの文学が若い読者の心を捉えているというが、彼の作品からは、犯罪・罪と罰・死刑・贖罪・再生など人類普遍のテーマがあふれ出てくる。その作品を深く理解するなら、犯罪も死刑も、他人事のように論評したり極刑を扇動したりするだけのテーマであることをやめ、迷い・苦しみながら自ら考え抜き、次の課題に繋げる問題であることが見えてこよう。

読書と異なり、個人の力では簡単にアクセスできない映画の分野で、この問題を考える機会を集団的につくること――初めての試みである今回は、内外から10本の作品を選んだ。上映期間は一週間だが、毎日1回ゲストを招き、映画や死刑に関する思いを語っていただくというプログラムも工夫した(詳しくは、別表を参照)。私たちの手元には、このテーマでなら上映が可能な作品リストが、まだまだある。2回、3回とこの試みが持続できるよう、大勢のみなさんが劇場を詰めかけてくださることを、こころから望んでいる。詳しくは、http://www.eurospace.co.jp/