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状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

時評自評 「日本の壊れ方」の本質


『労働情報』814・5合併号(2011年5月1・15日号)掲載

2月頃から高まり始めたTPP(環太平洋経済連携協定)反対論のなかに、「TPPが日本を壊す」という議論があった。私は、自由貿易協定の本質は、人間の生活にまつわるすべてのモノを例外なく商品化し、市場原理が独占的に規定する単色に世界を染め上げることにあると考えている。それは、人間・地域・文化の多様性を否定し、この潮流の推進者である多国籍企業が全世界を征服することに繋がるから、これに反対している。それは「日本を壊す」のではなく「対等・平等であるべき世界の、国家間・民族間の諸関係を、今まで以上に壊す」のである。世界規模の問題であるにもかかわらず、狭く日本に私たちの問題意識を封じ込める「日本を壊す」という言動に対しては、「食農ナショナリズム」に対してと同様に、厳しい批判が必要だと考えてきた。

だが、TPPの締結を待つまでもなく、「3・11」事態が日本を壊した。地震・津波という天災と、それに伴う原発事故という人災が、日本を壊したのである。否、1ヵ月半後の今も壊れ続けている、と言うべきだろう。どこまで壊れるものか、いま予測できる者はひとりもいない。どんなに悲劇的なものであろうと天災からの立ち直りは、ひとはそれなりにイメージを描くことができる。日本でも世界各地でも、人類は天災と付き合う経験を積み重ねてきた。だが、原発事故の場合は違う。事故発生後、当事者である東電の周章狼狽ぶりを思えば、彼らがこの事態を前に為すすべもなく立ち尽くしているだけだ、という現実が見えてくる。ベトナムなどへの原発輸出に、日本経済復興の明るい未来を描いてきた民主党政権とて、国内の民衆へ語りかけることばの一つも、発しない。放射性物質が大気と海洋を汚染していることを怖れる世界各地の民衆に伝えるべき釈明と謝罪のことばも、語ろうとしない。

いまだに進行中で、その先行きが誰にも見えない福島原発事故が具体的に生み出しつつある物理的な被害は、もちろん、重大だ。同時に、事態を率直に説明することば、対処方法を明示できることば、未来に向けてのことば――東電にも、政府にも、原子力技術者にも、それが決定的に欠けていることに、私は「日本の壊れ方」の本質を見る。

数日前の夜、羽田空港から高速バスに乗った。一時間ほどかけて首都高速を走り抜け、北のとある郊外駅で降りた。都心の高層ビルの照明もネオンも、以前に比べるとはるかに暗かった。私ですら、以前のあのきらびやかな明るさに慣れていたのだろうか、薄暗さは気味悪かった。この暗さに慣れていく果てしない時間が、今後は続くことになる。それは、人間の社会が持つべき明るさのために、避けることのできない過程だろう。(4月22日記)