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状況20〜21は、現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言を収録しています。

太田昌国の、ふたたび夢は夜ひらく[68]「魂の飢餓感」と「耐用年数二〇〇年」という言葉


『反天皇制運動カーニバル』第33号(通巻376号、2015年12月8日発行)掲載

翁長雄志沖縄県知事が発するメッセージには、じっくりと受け止めるべき論点が多い。権力中枢の東京では、論議を回避してひたすら思うがままに暴走する極右政治が跋扈する一方、本来の保守層の中から、それに抵抗する粘り腰の考えと行動が随所で生まれていることに注目したい。なかでも、辺野古問題をめぐる翁長知事の揺るぎない姿勢が際立つ。翁長知事は、日米安保体制そのものは「是」とする立場であることをたびたび表明しているが、この人となら私のような日米安保解消論者も、その「是非」をめぐって、まっとうな討論ができるような気がする。辺野古に限らず、高江のヘリコプター着陸帯計画や宮古島への陸上自衛隊配備構想なども含めて、日米両国の支配層が琉球諸島全域において共同であるいは個別に行ないつつある軍事的な再編の捉え方に関しても。

12月2日、辺野古の新基地建設計画に伴う埋め立て承認取り消し処分を違法として、国が翁長知事を相手に起こした代執行訴訟の第一回口頭弁論において、知事は10分間の意見陳述を行なった。訴訟で問われているのは、(大日本帝国憲法下で制定された)公有水面埋立法に基づく判断だが、その枠内での法律論は県側が提出した準備書面で十全に展開されている。そこでは、1999年の地方自治法改訂によって国と地方が対等な立場になったことをはじめ、憲法の規定に基づく人格権、環境権、地方自治の意義などをめぐる議論が主軸をなしている。そのためもあろうか、知事の陳述自体は法律論を離れて、過重な基地負担を強いられてきている沖縄の歴史と現状を語ることで、地方自治と民主主義の精神に照らして見た場合、沖縄にのみ負担を強いる安保体制は正常なのかと社会全体に問いかけた。とりわけ、2つの箇所が印象に残った。「(沖縄県民が)歴史的にも現在においても、自由・平等・平等・自己決定権を蔑ろにされてきた」ことを「魂の飢餓感」と表現している箇所である。この表現を知事は過去においても何度か口にしている。私には、どんなに厳しいヤマト批判の言葉よりもこの表現が堪える。1960年の日米安保条約改定を契機にしてこそ、ヤマトの米軍基地は減少し始め、逆に沖縄では増大する一方であった事実に無自覚なまま、私たちの多くは「60年安保闘争」を戦後最大の大衆闘争として語り続けてきた。それだけに、「魂の飢餓感」という言葉は、沖縄とヤマトの関係性の本質を言い表すものとして、支配層のみならず私たちをも撃つのである。

いまひとつは、「海上での銃剣とブルドーザーを彷彿させる行為」で辺野古の海を埋め立て、普天間基地にはない軍港機能や弾薬庫が加わって機能強化される予定の新基地は「耐用年数200年ともいわれている」と述べた箇所である。耐用年数200年と聞いて、私が直ちに思い浮かべるのは、キューバにあるグアンタナモ米軍基地である。米国がこの海軍基地を建設したのは1903年だった。現在から見て112年前のことである。その後60年近く続いた米国支配が終わり革命が成っても(1959年)、米国がキューバの新政権を嫌い軍事侵攻(初期において)や経済封鎖(一貫して)を行なってきた半世紀以上もの間にも、米国はグアンタナモ基地を手離すことはなかった。革命後のキューバ政府がどんなに返還を求めても、である。現在進行中の両国間の国交正常化の交渉過程においても、米国にグアンタナモ返還の意志は微塵も見られない。

一世紀以上も前に行われた米国のキューバ支配の意志は、当時の支配層の戦略の中に位置づけられていた。南北戦争(1861年~65年)、ウーンディッドニーでのインディアン大虐殺(1890年)などの国内事情に加えて、モンロー宣言(1823年)、対メキシコ戦争とカリフォルニアなどメキシコ領土の併合(1848年)、ペリー艦隊の日本来航(1853年)、キューバとフィリピンにおける対スペイン独立戦争の高揚を機に軍事的陰謀を計らって、局面を米西戦争に転化(1898年)して以降カリブ海域支配を拡大、ハワイ併合(1898年)、コロンビアからのパナマ分離独立の画策(1903年)とパナマ運河建設(1914年)など、米国が当時展開していた対カリブ海・太平洋地域戦略を総合的に捉えると、グアンタナモを含めてそれぞれの「獲得物」が、世界支配を目論む米国にとっていかに重要かが、地図的にも見えてくる。戦後70年を迎えている沖縄をも、あの国は、いま生ある者がもはや誰一人として生きてもいない1世紀先や2世紀先の自国の利害を賭けて、その軍事・経済戦略地図に描き込んでいるのである。それに喜々として同伴するばかりの日本政府のあり方も見据えて発せられている「耐用年数200年」という翁長知事の発言に、現在はもとより未来の世代の時代への痛切な責任意識を感受する。

(12月5日記)