ウカマウ
(Ukamau)<Asi es>

ホルヘ・サンヒネス監督
1966年 白黒 35ミリ 75分
1966年 カンヌ映画祭青年監督賞 




 それからサビナは水を求め、夫婦で飼っている僅かばかりの家畜に与え、掃除をしたり、畑を耕したりしていた。農作物を買おうと思ってやってきたラモスは、マイタが自分で市場へ売りに行ったと聞いて怒った。

しかし、マイタはなかなか戻るまいと判断したラモスはサビナに暴行する。力のあらんかぎり抵抗しているうちに、サビナは二発の致命的な殴打を浴びる。犯罪者は逃げるが、途中、そうとは知らずケーナの美しいメロディを奏でながら戻ってくる夫に出くわす。ラモスは、マイタを避けて岩の間に身を潜めるが、ケーナのしらべがくっきりと耳に残る。






制作スタッフ

制作/ボリビア映画協会

撮影・カメラ/ウーゴ・ロンカル、ヘナロ・サンヒネス

物語/オスカル・ソリア、ホルヘ・サンヒネス、ヘスス・ウルサガスティ

台詞/オスカル・ソリア

台本/ホルヘ・サンヒネス

音楽/アルベルト・ビヤルパンド

技術助手/フアン・ミランダ、エドムンド・エガルテ

出演/ネストル・ペレド、ベネディクタ・メンドサ、ビセンテ・ベルネロス、太陽の島に生活する農民

監督助手/ヘスス・ウルサガスティ

編集・監督/ホルヘ・サンヒネス

【あらすじ】

インカの民の聖なる湖・ティティカカ湖のある太陽の島で撮影されたひとつの復讐譚。

インディオ農民アンドレース・マイタの献身的な妻であるサビナは、農作物の仲買人で回収人でもあるロセンド・ラモスによって暴行され殺される。ラモスとの運命的な出会いに先立って、サビナは、湖の反対側の岸にあって農民の寄り合い市が開かれる村まで出かけるアンドレースを見送ったのであった。

 




 地面に投げ捨てられた帽子と争いの形跡を発見したマイタは、妻を求めて走る。しかし、彼が見たのは、地面に伏し息も絶え絶えの妻であった。サビナは、殺害者の名前を辛うじて口にしてからこと切れる。マイタは復讐を遂げる最上の機会を待ち望みながら辛抱強く監視をつづけた。共同体の仲間が、警察に届けたら、と勧めるが、マイタは黙して語らない。

 警察がインディオの味方になることは決してないのだ。衝動的な反応とは無縁な、いかにも典型的なインディオらしさで、彼は一年間待ち続ける。その間、フィルムは、ひとつの現実に対してマイタと、メスティソであるラモスとが演じる二種類の姿勢を交互にモンタージュで描写する。

 労働において、そして他者との関係性において自然と深く一体化しているインディオとして、マイタは祈祷にも労働にも仲間と共に集団で参加する。死んだ妻に対する想いと詩魂にあふれた純粋な愛は、メスティソとその妻におけるマチスモ的関係と対極をなす。独自の文化を持たず、他者の搾取によって生活している後者は、すさんだ淫蕩な生を生きている。他者との関係も脆く、偽りに満ちている。賭博をしていて空騒ぎ、遊び仲間を騙そうとしては、友人と思っていた者たちに容赦なくうちのめされ辱められる。

 自分の罪を告解し聖餅を飲み込みさえすれば、罪と罰を免れると信じて疑わない。しかし、マイタは追跡する。ラモスの足どりを見失うどころか、彼との取り引きさえ維持していく。

 ラモスはそれを、マイタがあの事件の真相をまったく知らない証拠だと確信する。マイタはある日、ラモスが遠く離れた自分の兄の鉱山までラバに乗って旅に出なければならないことを知り追跡する。ラモスはあの犯行の日に聞いたのと同じメロディを耳にしたように思うが、荒野の中で風の音か幻聴か思い定まらない。夜、再びあのメロディが聞こえる。

 もはや疑う余地はない。ラモスは自らの運命を予感する。休息しようとラバから下りた瞬間、マイタが現われる。彼は、一言も発しないまま、石をひとつ拾って歩を進める。ラモスは石を拾って防御する余裕すらない。激烈な流血の決闘の果てに、マイタは妻の復讐を遂げる。ラモスはその死の直前に、自分が罪のないサビナに食らわせた殴打をまざまざと思い起させられる。

『ウカマウ』はアイマラ語で台詞が語られ、出演しているのは素人俳優である。ボリビア映画史上初めての長篇映画である。

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