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■図書新聞 2023年9月16日 評者:梶葉子(ライター)
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図書新聞 2023年9月16日 評者:梶葉子(ライター)
《「波乱に満ちた驚くべき人生
著者のあたたかい肉声の聞こえてくる一冊 》
「大切なことはすべて絵本から教わった」・・・これは2008年4月から翌年3月まで著者がおこなったセミナーで著者が名付けたタイトルだそうだが、著者の絵本出版活動の原点を示しているように思う。大人も楽しめる珠玉の絵本を次々に世に送り出し、美智子妃殿下(当時)の講演録編集者としても知られるが、本書はそんな著者が来し方をつづった、あたたかい肉声の聞こえてくる一冊である。
疎開で彫刻家の父、舟越保武の郷里、盛岡に十年暮らしたことのある著者は、長年営んできた絵本の出版社、すえもりブックスをたたみ、2010年に東京から岩手県八幡平市に移住する。翌年、東日本大震災が発生、すぐさま「3・11絵本プロジェクトいわて」を立ち上げ、子どもたちに絵本を届ける支援を以後10年にわたってつづける。本書は岩手銀行が発行していた冊子、月刊「岩手経済研究」に18年〜21年までの4年間にわたって連載したエッセイを中心に編まれたものである。
まえがきには「人と人との出会いは必ずその痕跡を残す」という言葉が引かれ、今年82歳になって「そのことをやっと心から納得できるのを感じます・・・そして、それは思いもかけないくらいに、深い想いです」と述べている。それにしても、著者がたどった人生が、こんなにも波乱に満ちていたことに驚きを隠せなかった。
著者が絵本出版の仕事に本腰を入れたのは、前夫が40代でふたりの息子を遺して突然死したときだったという。生まれながらの難病をかかえ、20代に怪我で下半身不随となった長男を介護しながらの絵本出版活動だった。のちに再婚するもその夫にも先立たれ、介護していた息子と亡くなってしまう。しかし、エッセイに描かれる出会いと別れは、いつもあたたかい信頼と希望に満ちていて、読者の方がエールを手渡されたような気持ちになる。それはどんな事態に直面してもぶれることなく、ひたむきに真正面から向き合ってきた著者の生き様からにじみ出してくるものではないかと思った。
テーマ別に第一章「舟越家の人々」、第二章「憲彦・武彦・春彦」、第三章「松尾だより」、第四章「友人たち」としてまとめられている。巻頭カラー口絵には「末盛千枝子の歩み」として、著者の折々の貴重な写真、「舟越家の人々の作品」として、父、保武、同じ彫刻の道を歩んだ弟、桂と直木、絵を手がける妹、道子、苗子、茉莉の作品がずらりと紹介されていて圧巻である。
エッセイを読みつつ、口絵に戻っては家族や友人たちを確認して、著者が過ごした時空に想いを馳せる。写真や作品を見ることで、折々の出会いを慈しんできた著者の細やかな文章がいっそうふくらみを持って迫ってくる。著者は弟妹たちのように父の歩んだ創作の道はとらなかったが、絵本出版の初志を貫徹する芯の強さは、まぎれもなく父、保武の求道的な精神性を受け継いだものだろう。
著者は長年の念願が叶って、前夫の三回忌のときに父のデッサンで絵本をつくる。「ところが、この仕事が父が右手を使ってした最後の仕事になってしまいました。(略)それでも、そのあと、リハビリを頑張りながら、左手で、家族が見てもとてもいいと思えるような彫刻やデッサンを制作することができたのは、作家として本当に幸いなことだったと思います」。父の最大の理解者は著者に違いない。
あとがきでは22年に47歳で亡くなった息子、武彦にふれている。最後の入院をしていたとき、「タケ、と声を掛けると、本当に嬉しそうな笑顔を向けてくれました。今まで見たこともないほど美しい笑顔でした。私に向けられたあの笑顔は一生忘れないと思います」と記している。その笑顔こそ彼女の数々の出会いの中でも最大のプレゼントであり、もっとも美しい痕跡といっていいだろう。
巻末の「末盛千枝子の仕事で、前田礼氏は「絵本とは、子どもが初めて出会う本であり、美術である。末盛さんの文学と美術に橋を架けるようなその仕事は、彫刻家・舟越保武の長女として生まれ、父が尊敬する彫刻家であり詩人であった高村光太郎に「千枝子」と名付けられた時に運命づけられたのかもしれない」と述べていた。「千枝子」は漢字こそ違うが、あの「智恵子」への万感をこめて光太郎が名付けたのではないだろうか。 )
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