■図書新聞 2014年6月28日 評者:黄英治(作家)
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図書新聞 2014年6月28日 評者:黄英治(作家)
〈天皇と日本のために死を強要された朝鮮の青年たち
聞き取りと詳細な検証で朝鮮植民地支配の狡猾で残虐な本質を追及〉
植民地は暴力と差別で支配され、秩序づけられた場所である。帝国と植民者はそこで、容赦ない暴力を行使して土地や資源を奪い、労働力を安易に酷使して莫大な利益をあげる。それを「正当化」するのが、被支配民族が劣っているとする排除の差別であり、同時に、文化的に同化の差別で被支配民族を去勢する。そうして現地人は、自分の運命を自分で決定できなくされるのである。日本の朝鮮植民地支配では、さらに、朝鮮人を日本の侵略戦争に動員した。朝鮮の青年は、自民族のためではなく、支配者である天皇と日本のために武器をとり、命を捧げなければならない、という矛盾を生き、死ぬことを強要された。
本書は、こうした朝鮮人青年らの戦時動員の、樺太・千島・北海道の北方部隊の実態――徴兵・入隊、敗戦後の引揚げ・抑留まで――を、日本陸軍の「留守名簿」を使って解明し、当事者からの聞き取りによって具体的な事例にも迫った労作である。これによって、日本の朝鮮植民地支配の狡猾で残虐な本質が一層鮮明になり、アジア・太平洋戦争のとらえかえしがより深くできるようになった、と言えるだろう。日本の侵略戦争に動員された朝鮮人は約三十七万人、犠牲者は二万人を超える。
第一章では、朝鮮人兵士動員の全体像を明らかにする。朝鮮人の兵士動員は1938年から、陸軍特別志願兵制度、海軍特別志願兵制度など、「志願」による動員という形式をとった。しかしそれは、権力の側からの徹底した強制による「志願」だった。居住地域の警官や村役場の長から指名され、拒否すると食料の配給を止めるとか、仕事をやめさせるとかの脅迫がある。それで結局、いずれは兵隊にとられるのだから、「志願」して軍隊で少しでも有利な条件を得ようと「志願」した事例が数多く提示される。「志願」から進んで徴兵制度を実施するために、朝鮮総督府は徹底した皇民化政策を行ない、厳しい民族差別を糊塗する「内鮮一体」を怒号して「徴兵制こそ内鮮の差別をなくすもの」という倒錯した幻想をふりまいた。これで朝鮮人の「内発性」を煽って兵士にしたのだった。もちろん当時、徴兵拒否など論外だ。朝鮮人に徴兵制を実施するにあたって、陸軍は率直に「我ガ人的国力ノ消耗ヲ極力回避」するために「外地民族ノ活用」をするのだと明らかにした。つまり、日本人の弾よけである。にもかかわらず、解放を迎えた朝鮮では、日本軍に「志願」した人々を「親日派」だと強く非難した。被害者同士のわだかまり、反目は今日まで続いている。植民地支配の過酷さと被害の深刻さの現われだ。著者は兵士動員された人々を日本の朝鮮植民地支配の被害者の側面からとらえ、動員した側の問題性を追及することの重要性を強調している。
第二章では、本書の眼目である日本陸軍の北方部隊に配属された朝鮮人軍人の実態と被害について、「留守名簿」と体験者の証言で検証する。北方部隊には約五千人の朝鮮人兵士が動員されていたと推計されるが、「留守名簿」記載の七百十九人を分析した。北方部隊には本籍地が朝鮮半島北部にある者が多く配属され、樺太と千島で敗戦直前、戦後もソ連軍との戦闘で死者を出している。部隊員のほとんどはソ連に抑留され、そこから直接朝鮮半島に帰還したらしいことが明らかにされる。確認できた死亡犠牲者は三十人で、自殺した人を除いて全員が靖国神社に合祀されているという気が滅入る事実もわかった。未払いの給料や貯蓄が供託されていることも把握できたが、朝鮮民主主義人民共和国と国交が正常化されていないために、植民地支配の清算は未解決のままになっている。今後の課題として、朝鮮での兵士動員の調査、未帰還者・行方不明者・シベリア抑留者の調査が提示される。
第三章では朝鮮人学徒兵経験者の呉昌禄さん、第四章では朝鮮少年戦車兵の李貞圭さんの聞き取りで、朝鮮人兵士動員の問題を深く掘り下げている。ふたつの聞き取りとともに、著者が発言者の記憶だけに寄りかからず、詳細な検証と補足を行っており、体験談の内容とともに、著者の研究態度にも瞠目させられる。
本書には死者が溢れ、死臭に満ちている。戦場へ行かされること。それは死を前提とする。自死、海没死、戦闘死、特攻死、戦病死、餓死、果ては人肉食。民族の別なく、誰にとっても悲惨で哀れだ。戦場へ行かせるな! これが忘却に抗議し、抵抗する本書の、もうひとつのメッセージであろう。
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