■信濃毎日新聞 2014年6月1日
■本の雑誌 2014年6月号 評者:柳下毅一郎(翻訳家・映画評論家)
■アエラ 2014年6月2日発売号 評者:星野博美(写真家・作家)
■ラティーナ 2014年5月号 評者:伊高浩昭(ジャーナリスト)
■週間読書人 2014年4月11日 評者:伊高浩昭(ジャーナリスト)
■エキレビに紹介記事が掲載 2014年3月26日
■「ウラゲツブログ」
■HONZに書評が掲載 2014年3月22日
■2014年4月4日、新宿のCafe★Lavanderiaにて、『メキシコ麻薬戦争』の出版を記念して、トークイベント「メキシコ麻薬マフィアの世界」を開催します。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
信濃毎日新聞 2014年6月1日
メキシコで近年、麻薬マフィアが関わるとみられる事件の死者数は、まさに戦争レベルと拡大している。その内実を、英国出身のジャーナリストが浮き彫りにした。
麻薬取引に依存して生きるナルコ(麻薬密輸人)たちは、20世紀初めは山岳地の農民だったが、今や軍隊並みの装備で国家権力に対抗する組織に変容した。警察と癒着したカルテル間の抗争、麻薬王たちの優雅な暮らし、わずか85ドルで殺人を引き受ける10代の少年たち―。背景には、年間に末端価格300億ドルの麻薬が国境を越えて米国に運び込まれる実態がある。
著者が問題解決に向けて示す方向性に驚かされる。麻薬使用を国際的に合法化すれば、マフィアが密輸に介在できず、凶悪犯罪の根絶につながるというのだ。
深刻な麻薬禍が、海を隔てて遠く離れた国にもたらしている事態に目を見張らされる一冊だ。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
本の雑誌 2014年6月号 評者:柳下毅一郎(翻訳家・映画評論家)
〈身の毛もよだつメキシコ麻薬戦争の実態〉
メキシコでは何やら恐ろしいことが起きているらしい。いわく麻薬組織の抗争で町に首無し死体が転がっている。いわく警察官が片端から殺され、警察署長のなり手がいなくなってしまった。しまいに20歳の女子大生が署長に就任したが、半年もたたずに逃亡した。などなど。だがいずれも断片的なニュースばかりで、いったい何が起こり、なぜそんなことになってしまっているのかという根本的な問いには答えてくれない。だから以前からメキシコ麻薬戦争の全体像を教えてくれる本を探していたのだ。
英国出身のジャーナリスト、ヨアン・グリロによる麻薬戦争のルポルタージュは冷静にして詳しく、身の毛もよだつような恐ろしい本である。メキシコ社会の徹底的な腐敗ぶり。米軍から訓練を受けたメキシコ軍のエリート部隊は軍を排除してそのままマフィアの用心棒となってしまう。高度な戦闘技術と残虐行為の経験も積んだ彼らは最凶の麻薬マフィア〈セタス〉となり、麻薬戦争のレベルを引き上げる。〈セタス〉に対抗するために対立するマフィアも自前の殺人部隊を作りあげた。マフィアは警察に賄賂をやって敵対するマフィアを逮捕させ、あるいは敵の手先になっている警察幹部を襲撃させる。警察や軍隊がマフィアの私兵と化しているのだ。
アメリカ政府はメキシコの腐敗を指揮する。だが、実はこれはアメリカがはじめたことなのだ、とグリロは痛罵する。メキシコ産の麻薬を買っているのはもちろんアメリカ人である。その巨大な麻薬マネーで、メキシコ人はアメリカ人のいちばん得意なものを輸入している。つまり銃である。メキシコでの麻薬抗争で使われる無尽蔵な銃器は、多くはアメリカ製の横流し品なのだという。アメリカはNAFTAで麻薬作りを抗争ごとメキシコに下請に出した、と言いたくなる壮絶な構図である。
この本では麻薬マフィアの残虐行為を讃える音楽(ナルココリード)の隆盛(若者に大人気で、第二のヒップホップと言われている)や麻薬マフィアに崇められる聖人たちといった幅広く豊かな驚くべき麻薬文化も紹介されている。興味深いことばかりだが、いちばんびっくりしたのは実は装幀である。この表紙、PP加工した上に墨でタイトルを載せている。つまりインクが紙に染みこまないので、こするとタイトル文字が消えてしまうのだ!読んでいるうちにボロボロになるタイトルが麻薬に苦しむメキシコの疲弊を表現しているのだとすればすごい装幀だと言わざるをえないのだが!
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
アエラ 2014年6月2日発売号 評者:星野博美(写真家・作家)
〈読まずにはいられない
戦慄を覚える悪魔の論理の広がり〉
数年前、たて続けにメキシコ映画を見たことがある。家族思いの普通の少年があっけなく犯罪に手を染めてゆくすさんだ空気感に、一体そこで何が起きているのかと不穏な気持ちに包まれた。本書を読み、その謎がわかった。もっとも、すっきりしたというわけにはいかず、ぶ厚い雲に覆われた空を見上げ、一層暗澹たる気持ちになったのだが。
メキシコで起きているのは麻薬戦争である。1990年代、コロンビアの悪名高いメデジン・カルテルが壊滅させれたことで、麻薬の主戦場はメキシコへ移った。メキシコが有利なのはもちろん、最大の消費地アメリカと長大な国境を接しているからだ。冷戦中、中米諸国の共産化を阻止するため、アメリカが大量の資金と武器をこの地に流したことは、麻薬産業を潤すだけだった。独裁政権が倒れてメキシコが民主化の道を進み始めると各種の規制が緩み、さらに麻薬カルテルは強大化する。中米の麻薬戦争はアメリカ抜きには語れない。
頁をめくるごとに戦慄が増していく。脅威なのは、豊富な資金を持つ麻薬カルテルが軍の特殊部隊の精鋭を引き抜き、国が太刀打ちできないほどの装備を持ち始めたことだ。金と軍備で上回れば、国や法など恐れるに足らない存在になり下がってしまう。軍が反撃をすればするほど、巻き添えになる市民は増え、悪魔の論理がはびこっていく。
片道切符でメキシコに渡ったイギリス人の著者が、世界の広さを見すえながら麻薬をとらえていることが本書に深みを与える。麻薬で人生を台無しにした故郷の友人たちと、目の前で頻発する暴力はつながっている。歴史をさかのぼれば、イギリスに阿片を売りつけられた中国の苦力がメキシコに渡って阿片の栽培をはじめたこと。米墨戦争で領土の3分の1をアメリカに奪われたメキシコが、麻薬で「レコンキスタ」をしているように映ること。グローバリゼーションの種子は、大航海時代に蒔かれたのだと痛感する。
日本の読者には縁遠い世界に映るかもしれない。しかし天然資源から農産物に至るまで、世界各地から物を買い集める私たちにとって、けっして無関係な話ではない。世界の広さと狭さに言葉を失う、衝撃の一冊である。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ラティーナ 2014年5月号 評者:伊高浩昭(ジャーナリスト)
メキシコはコカイン中継国、大麻、ヘロイン、覚醒剤などの生産国、麻薬犯罪激発で治安が乱れに乱れていること、麻薬資金が政官界、司法界、財界、社会に浸透し麻薬根絶が不可能となっているなどの点で、〈世界に冠たる麻薬大国〉である。3200kmの国境線を共有する米国は〈世界最大の麻薬消費国〉で、この背中合わせ、表裏一体の関係がメキシコを麻薬大国にしている。だが、そこに至るまでには歴史がある。本書は、なぜメキシコがこれほどまでに凄まじい麻薬国家に成り果ててしまったのか、を多角的に描いている。
書評子は、かつて長らくメキシコに住み、ラ米全体の麻薬状況を取材、報道してきたが、新鮮な部分と追体験的記述が入り混じる本書は面白かった。「メヒコ・リンド」(麗しのメキシコ)と呼ばれるメキシコの魅力は今も衰えていないが、麻薬犯罪が市民を恐怖に陥れ日常生活を危険で不自由なものにしている状況は、決して「リンド」ではない。この国が麻薬大国にのし上がった転機は、不正選挙により1988年から94年までに政権にあった大統領カルロス・サリーナスが94年元日の北米自由貿易条約(TLCAN、英語圏では協定=NAFTA)発効を前に、経済体質強化のため膨大な麻薬資金を経済に組み込んだ大掛かりな資金洗浄だった。〈麻薬戦争〉で立場が悪くなったコロンビアのコカインマフィアはメキシコや中米を中継拠点にした。ところがサリーナス政権期にメキシコがコロンビアマフィアの御株と暖簾を奪ってしまったのだ。
2006年にやはり不正選挙で政権に就いた大統領フェリーペ・カルデロンは、認知されない惨めさを打ち払おうとメキシコ版〈麻薬戦争〉に踏み込んだ。これが大失敗で、マフィア同士が血で血を洗い、市民が殺傷や誘拐の被害者となる麻薬地獄は現政権になった12年末以降も深刻なままだ。本誌読者にとって特に興味深いと思われるのは、麻薬組織の首領らが、自分の半生を歌った物語歌コリードを持ちたがることだろう。叙事歌の作詞作曲はメキシコ革命(1910〜17)以来の伝統だが、頭目らに特有な、いっぱしの英雄気取りが伺えて興味深い。彼らは自分を主人公とする映画やビデオの制作も好み、「死の聖母」など独特な神を崇める。現代メキシコを知る上で読むべき本だ。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
週間読書人 2014年4月11日 評者:伊高浩昭(ジャーナリスト)
〈麻薬根絶が不可能な実態
なぜメキシコがそんな国になってしまったのか〉
メキシコは、麻薬コカインの中継国、大麻、ヘロイン、覚醒剤などの生産国であり、麻薬マフィアは潤沢な資金に物を言わせて政官界、司法界、財界に浸透し、社会に広く根を張っている。コカインの主要生産国コロンビアと同じように麻薬犯罪は国家機構と社会に〈制度的〉と言えるほどに一体化しまっており、麻薬根絶が不可能となって久しい。本書は、そんな実態を歴史的、社会的、文化的に、また対米関係や中米との関係の視点から探り、「なぜメキシコがそんな国になってしまったのか」を描いていて、極めて興味深い。
評者は、1960年代末から70年代前半にかけてメキシコ、中米、カリブ、南米北部で大麻やコカインの取引を報道し、80年代初めにかけてのコロンビアの〈麻薬戦争〉を取材した経験から、本書のさまざまな記述に、ある種の〈懐かしさ〉さえ覚えた。コロンビアのメデジン麻薬集団の大物だったカルロス・レデルの逮捕と米国への身柄送還も記事にしたことがあるが、米国の獄中でレデルと知り合った米国人売人がコカインで大儲けするようになったという件(くだり)には「そんな繋がりがあったのか」と〈感心〉したほどだ。
私にとって最も面白かったのは、第11章の「信仰」である。麻薬組織の頭目は概して、いつ殺されるかもしれない非情な身の無法者であるが故に信心深く、カトリック系の独自の神を祀る週間がある。今年2014年1〜2月内外で大いに注目されたメキシコ・ミチョアカン州の麻薬暴力団「聖堂騎士団」は、その名が示すように宗教的衣をまとっている。コロンビア・アンティオキア州都メデジン郊外のエンビガード市の街道には、メデジン麻薬集団の首領パブロ・エルコバルが自分自身の守護聖母として造った「聖母ルールデス」を祀る祠がある。エスコバルを生活支援者として崇めていた貧しい地元民は、エスコバル死後も祠への参拝を欠かさない。メキシコの「ヘスース・マルベルデ」や「サンタムエルテ(死の聖母)」という「死の聖者」信仰は、アステカ時代の生贄(いけにえ)、スペイン人による先住民虐殺、メキシコ革命、弱肉強食の現代と続く歴史に根ざしている。特に「死の聖母」は、ホセ=グアダルーペ・ポサーダの骸骨版画や「死者の日」の骸骨文化の流れを汲んでいる。ここには「生死を超えて残る本質は骸骨だ」という思想があり、それで信仰武装すれば死も怖くないということになる。マフィアが自分の半生を描く物語歌コリードを好むのも、メキシコ革命から続く〈英雄主義〉の伝統だ。
惜しむらくは、突っ込み不足や誤記が目立つこと。例えば、サリーナス政権による麻薬資金の経済への導入という大掛かりな資金洗浄、サリーナスの後継者だったコロシオ候補の暗殺、前大統領カルデロンの不正当選などは、すべて麻薬問題と絡んでおり、分析せずに〈寸止め〉にしたのは解せない。殺されたことで有名になった麻薬捜査官エンリケ・キキ・カマレナが「カマレラ」ないし「カマレラス」になっている。「サンタマリーア・ゴールド」は「サンタマルタ・ゴールド」でなければならない。方角や単位の間違いも頻出する。翻訳について言えば、ただでさえスペイン語の固有名詞だらけの本であり、日本語に訳せば訳せるのに訳していない片仮名語があまりにも多いのに閉口する。「アソートライフル」には「突撃銃」の定訳があり、「ターゲット」は「標的」だ。メキシコ国防省が「防衛省」、「防衛庁」になっているのも的確ではない。日本語の誤りも多すぎる。「ガッツリ」など使うべきでない俗語も出てくる。すべて校閲段階で修正すべきだった。重版時に〈大手術〉が不可欠だろう。また必要と思われる訳註もない。これも書き込んでほしい。「読者代表」として、いろいろと注文をつけたが、これらが修正されれば一層魅力的な本となるのは疑いない。
|