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■図書新聞 2011年10月29日 評者:中村邦夫(作家)
■東京新聞、中日新聞 2011年3月20日
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図書新聞 2011年10月29日 評者:中村邦夫(作家)
ラテンアメリカ小説を読もうとするとき、多くの読者が暗黙のうちに期待するのは、よく援用される〈マジック・リアリズム〉(約90年前に造り出された用語だが)という言葉が適切であるかどうかはともかく、例のリアルにして幻惑的な語り=騙りの世界ではないだろうか。叙事的な物語性に奇想が重なる、大胆な実験性を備えた世界。あるいは大仰に見得をきったようなけれん味。たとえば、殺された男の血が部屋から流れ出て家を一周してから、街を横切り、川をめざして進んでいくといったような……。
ラテンアメリカ文学へ向けるそうした期待値の制度性のはらむ読書の問題はとりあえず措くとして、正直に言えば、私もまたそうした楽しみを予期しつつ、このウルグアイの作家オネッティ(1909-94)の小説を読みはじめたことは否めない。何よりタイトルがただならぬ事態の展開を想起させたのだ。
舞台は南米の架空の都市サンタ・マリア。住人たちを揺るがした売春宿の設置をめぐる百日間の抗争を描く。人々のむき出しの欲望、潔癖なまでの嫌悪と反発、錯綜した思惑と駆け引き。
長年にわたり町に売春宿を作ることに執念を燃やす医師や薬剤師などの〈紳士同盟〉の中心人物は、新聞社の経理係で今や老境にさしかかったフンタという男で、夢叶い市議会が設置許可の決定を下してから、首都に女を調達にいく。これが「屍集め」というわけだ。連れてきたのは、〈べっぴんマリア〉と称する50歳をこえた女を筆頭に「子ヤギだって逃げ出しそうな格好」の3人。司祭は町の堕落に恐ろしい天罰が下ると「聖戦」の布告をする。やがて売春宿に出入りする男たちを告発する「チャリティの娘たち」(〈女の同盟〉)による匿名文書が出回り、町中を震撼させる。
売春宿をめぐる確執の物語となれば、バルガス=リョサ(ジョサ)の『緑の家』を思い出す読者も多いだろう。『屍集めのフンタ』は66年にロムロ・ガジェゴス賞の最終候補作となったが、受賞は『緑の家』に決まったという因縁を持つ。訳者あとがきによれば、落選を知らされたオネッティは、「当然だ」と延べ、「バルガス=ジョサの話にはオーケストラが付いているのですから」と素知らぬ顔で応じたという。また、二人の違いにふれて、「ジョサは文学と結婚しているが、私は不倫していることだ」と至言を吐いたらしい。このアイロニカルな発言に潜む分学的矜持は単純であるはずはない。
バルガス=リョサはオネッティの小説を高く評価している人でもあった。日本語にも翻訳されている『はかない人生』について、「これまでスペイン語で書かれた中でももっとも繊細で技巧的な作品のひとつです」と延べ、その入れ子構造を「名人技というほかはないみごとな手並み」と賛嘆している(『若い小説家に宛てた手紙』)。
「名人芸」とまでは言い難いが、『屍集めのフンタ』の方法的な工夫のひとつは、章ごとに語り手を交代させていることで、とりわけ夫を亡くして狂気の迷妄をさまよう兄嫁と秘密の関係を続ける、16歳の若者の一人語りによる煩悶は、物語に複層的な流れを導入している。
本書の帯文にある「特異な幻想空間のなかで繰り広げられる、壮大な人間悲喜劇」という惹句を必ずしも裏切るわけではないにせよ、小説の可能性を豪奢に試しつつ幻惑的なイメージで圧倒する作品ではない。むしろ欲望に翻弄される人間たちの感情を徹底して見つめる思索の粘りと騙りの濃密感が、小説的魅力を成している。欝屈を抱えた激越で過剰な人物たちの情意を、いささか異様なほど内省的な筆致で微分を試みるのだ。私はむしろそこにこそ心惹かれた。『屍集めのフンタ』は、ラテンアメリカ文学の持つ沃野の広がりを改めて教えてくれた小説といえる。
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東京新聞、中日新聞 2011年3月20日
南米の架空の町サンタ・マリアにある日、三人の女性と一人の男が列車から降り立った。市議会公認の売春宿の支配人と売春婦たちだ。川べりの売春小屋はやがて町の風物詩の一部となるが、純潔を尊ぶ和解女性たちの反対運動とそれを支持する「カトリック紳士同盟」の動きが実を結ぶ……。ウルグアイを代表する作家が、特異な幻想空間のなかで描いた苦い悲喜劇。寺尾隆吉訳。
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