国旗プロジェクト
植木鉢、交通標識、危険物の告知シールなど日常のオブジェをモチーフとして反復し、人間の生と死を追求してきたレイノーは、1997年、突然、国旗へとその関心を集中させます。本物の国旗を枠に張り、「レイノーのオブジェ」として主張するという「運動」を、彼はフランス、ベルギー、オーストリア、キューバ、アルジェリア、アルゼンチンで展開してきました。そして今回、このアジア・シリーズを、日本を皮切りにアジア大陸において展開しようとしています。
「国旗」とは何か。オブジェとなった国旗たちはさまざまな問いを投げかけるでしょう。
ジャン=ピエール・レイノー
現代フランスを代表するアーティストの一人、ジャン=ピエール・レイノー。1962年、園芸家を目指していた青年は、植木鉢をセメントで塞ぎ、真っ赤に塗ることで、アーティストとして鮮烈なデビューを飾ります。1969年には、パリ郊外に、床も天井もすべてを白い浴室用タイルで覆った自宅を建設、その美術館兼自宅で23年間を過ごし、やがて自らの手で破壊したことは有名であり、映画にもなりました。レイノーは、「目的は芸術作品をつくることではない、芸術作品を生きることなのだ」という自らの言葉そのままの人生を歩んできた、現代において稀有なアーティストと言えるでしょう。
ジャン=ピエール・レイノーは国旗をオブジェとして美術の分野に転移させた。それらは記号としての機能を剥奪された国旗であり、レイノーのいいかたを借りれば、「それをわがものとした」国旗である。それにしても、国旗をオブジェとする美術家があるとは。だれもが考えそうなことだが、レイノーがその先鞭をつけた。
――中原佑介
|