2006年11月18日掲載
ひらかた「君が代」訴訟=スミぬり裁判をすすめる会
松田浩二
10月のはじめ頃に、枚方市内の複数の市立小中学校教員から心が冷え冷えとするような話を聞きました。その話とは、校長が授業参観の科目を道徳で統一し、全学年一斉にやるようにという指示をしたということなのです。校長によれば、それは市教委の指示だからやるしかない(逆らえない)ということらしい。おまけにある学校では「心のノート」を教材として使えという条件もつけているということです。もちろん「心のノート」は文科省の著作物という以上のものではありませんから、各学校で使わなければならない義務は元々ありません。だから、その内容が使えないシロモノだと各学校が判断すれば、(毅然として)使わなければよいだけのことです。
さて、この「一斉道徳参観」の指示は、9月5日の定例校長会で市教委が出したものらしいので、そのあたりのことを少しばかり調べてみました。各学校の状況がどのようになっているのかについては、まだ具体的な情報が不十分なのでわかりませんが、とりあえず市教委関係でわかった資料について紹介したいと思います。
ちなみに枚方市教委は「日の丸・君が代」の強制だけではなく、道徳教育でも中央の政策に機敏に反応したことを誇示しており、「心のノート」が配布された2002年の翌年(2003.4)には、他市に先んじて「ハートがきらり」(「心のノート」活用事例集)なる冊子を独自に作成して各学校に配布しています。その翌年には「ハートがきらりII」も作成されたようです。「心の教育」に熱心な教育委員会なのです。
資料を紹介し、最後にかんたんなコメントをつけました。
<資料>
【1】第5回定例校長会での「道徳教育について」の指示(2006.9.5)
【2】「道徳の時間」の指導計画の提出を指示した教育長通知(2006.9.5)
【3】05年度、06年度「学校園の管理運営に関する留意事項(道徳教育の部分)」
【1】2006年9月5日の第5回定例校長会配布資料によると、次のような指示が出されています。
「平成18年度第5回定例校長会指示伝達事項メモ 教育指導課」より抜粋(下線は引用者)
6.道徳教育について
(1)「心の教育」については、家庭や地域社会と連携して進めることが重要。
(2)全小中学校において、本年度中に1回以上「道徳の時間」を家庭、地域へ公開すること。
(3)平成17年度に、「道徳の時間」における、全学年の1時間ごとの指導計画の作成を指示。
(4)平成18年12月に、小学校第5学年分と中学校第2学年分の提出を。
(2006年9月5日、平成18年度第5回定例校長会指示伝達事項/PDF/102KB)
http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/060905dai5kouchokai.pdf (リンク切れ)
【2】「道徳の時間」の指導計画の提出を指示した教育長通知
教学指第372号
平成18年9月5日
枚方市立小中学校長
枚方市教育委員会
教 育 長
「道徳の時間」における1時間ごとの指導計画の提出について(通知)
このことについて、各学校において作成し適切に活用いただいているところですが、内容について調査します。
ついては下記のとおり提出願います。
1.提出書類
(1)「道徳の時間」における全学年の1時間ごとの指導計画
(小学校第5学年または中学校第2学年の35時間分の写し)
2.提出期限
平成18年12月15日(金)
3.提出先
教育指導課(小学校担当/**、中学校担当/**)
(2006年9月5日付・道徳の時間における1時間ごとの指導計画の提出について(通知)/PDF/9.12KB)
http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/060905doutoku-tsuuchi.pdf (リンク切れ)
【3】教育委員会「学校園の管理運営に関する留意事項」の「道徳教育について」
※「学校園の管理運営に関する留意事項」(以下「留意事項」という)とは、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(以下「地教行法」という)23条に規定された教育委員会が管理・執行する職務内容に基づき、毎年3月の定例教育委員会で議案として出され、議決される「教育行政の運営の一般方針」(枚方市教育委員会事務委任規則2条1項1号)のことです。
定例校長会での指示と教育長通知の根拠となっている2005年度「留意事項」の「道徳教育について」の部分と今年(2006年度)の同じ箇所を抄録します。
■2005年度「留意事項」の「6.道徳教育について」
<留意点>
道徳教育の目標は、学校の教育活動全体を通じて、道徳的な心情、判断力、実践意欲と態度などの道徳性を養うことである。
そのためには、道徳教育の全体計画及び年間指導計画に基づき、系統的・継続的に推進する。
「道徳の時間」においては、各教科、特別活動及び「総合的な学習の時間」における道徳教育と密接な関連を図りながら、計画的、発展的な指導によって道徳的実践力の育成を図る。
また、道徳教育を基盤として、豊かな人間性を育む「心の教育」を推進する。
<重点課題>
(1)道徳教育の推進組織を明確にし、校務分掌に位置付けること。
(2)学習指導要領に基づき重点目標・全体計画及び年間指導計画を作成し、それぞれの学年で、学習指導要領に示された全ての内容項目を指導すること。
(3)「道徳の時間」の指導時間数を確保し、全学年における1時間毎の指導計画を作成すること。
(4)道徳の授業公開や地域の人々の参画などによって、家庭や地域社会との連携を図ること。
(5)自然や動植物と直接触れ合う自然体験や、ボランティア活動等の社会体験等の体験活動を充実させるとともに、魅力的な教材の開発や活用を行うこと。
(6)「心のノート」については、「道徳の時間」をはじめ各教科、特別活動及び「総合的な学習の時間」、家庭・地域との連携等において活用すること。
(7)府教育委員会の「未来を切り拓く心を育てるために」、市教育委員会の「心のノート」活用事例集「ハートがきらり」及び「ハートがきらりⅡ」を積極的に活用すること。
<活用を図る資料>
・「心のノート活用のために」(文部科学省)
・道徳教育推進指導資料「心に響き、共に未来を拓く道徳教育の展開」(文部科学省)
・道徳教育推進指導資料「心のノート」を生かした道徳教育の展開(文部科学省)
・「未来を切り拓く心を育てるために」(大阪府教育委員会)
・「心のノート」活用事例集「ハートがきらり」(枚方市教育委員会)
・「心のノート」活用事例集「ハートがきらりⅡ」(枚方市教育委員会)
■2006年度「留意事項」の「6.道徳教育について」
<留意点>
道徳教育の目標は、学校の教育活動全体を通じて、道徳的な心情、判断力、実践意欲と態度などの道徳性を養うことである。
そのためには、道徳教育の全体計画及び年間指導計画に基づき、系統的・継続的な取り組みを推進する。
「道徳の時間」においては、各教科、特別活動及び「総合的な学習の時間」と密接な関連を図りながら、計画的、発展的な指導によって道徳的実践力の育成を図る。
また、道徳教育を基盤として、豊かな人間性を育む「心の教育」を推進する。
<重点課題>
(1)道徳教育の推進組織を明確にし、校務分掌に位置付けること。
(2)学習指導要領に基づき重点目標・全体計画及び年間指導計画を作成し、それぞれの学年で、学習指導要領に示された全ての内容項目を指導すること。
(3)「道徳の時間」の指導時間数を確保し、全学年における1時間毎の指導計画を活用すること。
(4)道徳の授業を家庭や地域社会へ積極的に公開すること。
(5)「生命の尊重」など不変の価値観に基づき一人一人の行動を見つめ直すための「こころの再生」府民運動の趣旨を踏まえ、保護者、地域の人々の参画などにより、家庭や地域社会と連携した道徳教育を進めること。
(6)自然や動植物と直接触れ合う自然体験や、ボランティア活動等の社会体験等の体験活動を充実させるとともに、魅力的な教材の開発や活用を行うこと。
(7)「心のノート」については、「道徳の時間」をはじめ各教科、特別活動及び「総合的な学習の時間」、家庭・地域との連携等において活用すること。
(8)府教育委員会の「未来を切り拓く心を育てるために」、市教育委員会の「心のノート」活用事例集「ハートがきらり」及び「ハートがきらりⅡ」を積極的に活用すること。
※2005年度と2006年度の異動については下のPDFファイルを参照してください。
(06年~04年の教育委員会会議録より「学校園の管理運営に関する留意事項・道徳教育の部分/PDF/111KB)
http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/04-06shikyoui-doutokukyouiku.pdf (リンク切れ)
【コメント】
1.9月5日の定例校長会での市教委(教育長が統括する事務局・教育指導課)による指示「本年度中に1回以上、道徳の公開(参観)をすること」「道徳の全学年の1時間毎の指導計画を作成すること」「小学校5年と中学校2年の道徳(全35時間分)の1時間ごとの指導計画を提出すること(通知と共通)」が、今までになかった指示(事実上命令)として校長に出されました。
さしあたって、この指示の適法性が問題になるということでしょう。
2.教育指導課の指導主事に、これらの指示や通知の根拠は何かと尋ねたところ、教育委員会の「留意事項」だと言うので、「留意事項」を見てみました。「道徳の公開」「1時間ごとの指導計画作成」は、2005年度の「留意事項」の<重点項目>にいきなり出現したものです。2004年度までは「重点目標・全体計画及び年間指導計画を作成」にとどまっています。それが突如、2005年度に「1時間ごとの指導計画を作成」、2006年度には、それの「活用」と、トントン拍子に進むのですからびっくりします。確かに「留意事項」には書かれていますが、この段階で、すでに学校現場と教育の本質を無視した机上の空論が書かれているといえるのではないでしょうか。
3.「留意事項」にもない教育指導課による具体的な指示が「本年度中に1回以上、道徳の公開」と「1時間毎の指導計画の提出」です。
4.まず「留意事項」から見ていきますが、「留意事項」の<留意点>は学習指導要領の道徳の「目標」をほとんどそのまま引き写したものです。若干の筆削を施しているものの、学習指導要領の焼き直しにすぎません。いわゆる「旭川学テ最高裁判決(1976.5.21)」が言うところの「大綱的基準」にあたるものでしょう。「心の教育を推進する」という文言が学習指導要領にはない市教委独自の創作ですが、全体として、あってもなくてもよい一般的指針です。
5.次に「留意事項」の<重点課題>ですが、これらは、学習指導要領に書かれていることの繰り返しもあり(時間数の確保や年間指導計画の作成など)、また、ほんらい「地教行法」33条に基づいて、直接に教育委員会規則(学校管理運営規則など)によって教育委員会と職務内容を分担した校長の職務(校長権限)に属する内容についての項目もあります(各学校の教育課程の編成や組織編成に関するもの。また教員がつかさどる教育に関するもの)。
6.特に「道徳の公開」や「1時間毎の指導計画の作成(活用)」「心のノート」や「ハートがきらり」等の活用などは、学校裁量の余地を奪いかねない具体的で一義的な「指示」ですから、もしもこれらの指示を「指導・助言」の枠を超えて強制的するようなことがあるならば、ただちに「不当な支配」として違法・無効の評価を受けることになります。
7.そのように見ていくと、「指示・命令」としての効力を有する定例校長会での指示と教育長からの通知という形での「本年度中に1回以上、道徳の公開(参観)」「全学年の1時間ごとの道徳の指導計画の作成」「小学校5年と中学校2年の1時間ごとの全指導計画の提出」については、違法・無効な指示だといえるのではないでしょうか。校長はこれに抗議し、あるいは校長会として市教委に抗議すべきものだと思います。
8.そして最後に、これがいちばん肝心なことだと思いますが、他の教科でもそうですけれど、そもそも教育や学習の本質として、多様で千差万別の子どもたちの成長過程に応じて、教員は子どもたちに対する柔軟で弾力的な支援を求められるわけだから、1時間ごとの指導計画(全35時間分)を作成し、それを調査するから提出せよという指示じたいが馬鹿げた「冗談」だとしかいえないということです。「修身」は戦前、きわめて重要な位置づけをもって学校教育の根幹に置かれました。「道徳教育」は人間の倫理観や価値観といった行動規範にかかわる領域であり、個人の思想・良心の内容にかかわってきます。間違っても「一方的な理論や観念を子どもたちに教え込むことを教師に強制する」ようなことがあってはならないところです。勘ぐれば、道徳一斉参観は、教員の「踏み絵」にもなりかねません。
言うまでもなく、どの教科あるいは教科外の時間を使って参観をするのかは教員が決めるべきことでしょう。指導計画も個々の教員や教員集団が責任を持って、その計画の方法も含めて決めていけばよいことだと思います。そのような事情を無視した校長の指示・命令が出されたならば、もちろんそれに従う義務はないと思います。(2006.11.16)