2006年5月21日掲載
1)教育内容への介入を禁じた教育基本法第10条
教育基本法政府「改正」案を分析するとき、まず俎上に上るのは「愛国心」に関することだが、私は充分に論じられていない問題に教育及び教育内容への介入を禁じた第10条「改正」問題があると思う。
【教育基本法第10条(教育行政)】教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に 責任を負って行なわれるべきものである。
2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行なわれなければならない。
この第10条は、教科書検定や学力テスト、また「君が代」強制に反対する論拠として、国家・政府による教育への介入に対して、教育の自由・自主性を守るうえで重要な役割を果たしてきた。記憶のあたらしい、北九州「ココロ裁判」の福岡地裁判決でも、北九州市教委による「4点指導」が学校長の教育権限への「不当な支配」である(教育基本法10条1項違反)としたことである。
政府「改正」案では、与党内の公明党の意向で、「教育は、不当な支配に服することなく」は残されたが、教育は「国民全体に対し直接に 責任を負って行なわれるべきものである」は削除された。また、その変わりに、教育は「この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり」と修正された。その上に、第2項も削除され、「教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならないこと」と変更された。「教育は、不当な支配に服することなく」という言葉を残しても、国及び地方公共団体の「教育への介入」とくに「教育内容への介入」に道を開くものだ。 その上、「国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならないこと」「地方公共団体は、地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならないこと」「国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならないこと」が追加された。このことにより国及び地方公共団体の「教育への介入」が強化され、第10条第2項の教育行政の役割は「必要な諸条件の整備確立」の限定を突破し、教育内容への介入を許し、教育基本法第10条第1項の精神を殺すことになり、「教育は、不当な支配に服することなく」は死文化する。政府「改正」案の狙いがここにあることが分かる。
これと関係して、政府「改正」案第17条の「教育振興基本計画」策定によって、既成事実化された教育統制的諸施策が、これから堂々とまかり通ることになる。政府「改正」案の「教育振興基本計画」は、「政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の振興に関する施策についての基本的な方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない」「地方公共団体は、前項の計画を参酌し、当該地方公共団体の実情に応じ、当該地方公共団体における教育の振興のための施策に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない」としている。これで文部科学省は、例えば現在の新自由主義教育改革の方針を教育振興基本計画に盛り込み、閣議決定を得ることができれば、その予算措置を確保することができる。つまり文科省による教育政策が、国会の審議を経ることなく実現することが可能となる。このような政府「改正」案が成立すれば、新自由主義教育による教育統制でがんじがらめになった学校現場が現出することになる。教育基本法第10条の精神を今後とも教育の根幹とするべきであり、教育基本法「改正」は絶対にさせてはならないと考える。
2)文科省の「教育改革のための重点行動計画」と「義務教育の構造改革スケジュール」
それでは、文科省は「教育振興基本計画」にどのような内容を盛り込もうとしているのか。それは、今年(2006年)1月18日付で文科省が発表した「教育改革のための重点行動計画」とそれに基づいた「義務教育の構造改革スケジュール」である。これは、昨年(2005年)10月26日付の中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を創造する」の義務教育の構造改革の方向性を受けたものである。
「教育改革のための重点行動計画」では4つの国家戦略が上げられ、「義務教育の構造改革スケジュール」でさらにそれぞれの目標毎に次のような項目、方策が列挙される。それは総じて「教育基本法の改正と教育振興基本計画の策定」と帰結する。
(戦略1)教育の目標を明確にして結果を検証し、質を保証する。
・義務教育の使命の明確化と制度の弾力化・・目標の明確化、制度の弾力化
・確かな学力の向上・・学習指導要領の見直し、全国的な学力調査の実施
・幼児期からの「人間力」の向上・・幼稚園教育要領の見直し、就学前の教育・保育を一体化として捉えた総合施設(仮称)の本格実施
・特別支援教育の推進・・盲・聾・養護学校の「特別支援学校」への転換、小・中学校におけるLD等を含む障害のある子どもに対する教育の充実
(戦略2)教師に対する揺るぎない信頼を確立する。
・教員養成・免許制度の改革・・教職課程の質的水準の向上、「教職大学院」制度を創設、「教職免許更新制」を導入、採用・現職研修の改善・充実
・教員評価の改善・充実、多様な人材の学校教育への登用・・教員評価の改善・充実、優秀教員の表彰、指導力不足教員への対応、条件附き採用期間制度の厳正な運用、多様な人材の登用
(戦略3)地方・学校の主体性と創意工夫で教育の質をたかめる。
・学校の組織、運営の改革・・学校・校長の権限拡大、学校評価システムの構築による義務教育の質の保証・向上、保護者・住民の学校運営への参画
・教育委員会制度の改革・・教育委員会制度の弾力化
・国と地方、都道府県と市区町村の関係・役割の改革・・中核都市等への人事権の委譲、学校・市区町村の学級編成に係る権限の委譲
(戦略4)確固とした教育条件を整備する。
・確固とした教育条件の整備・・義務教育費国庫負担制度の改善、教職員給与の見直し、公立学校施設整備費負担金・補助金の改革、市町村費負担教職員任用の制度化
このように教育を国家戦略として位置づけ、「教育の構造改革」を実現するために、教育基本法第10条の「改正」と第17条「教育振興基本計画」の新設が必要だったのであり、現行教育基本法第10条の精神がいかに重要かがあらためて分かる。
3)自民党右派別働隊的「民主党の日本国教育基本法案」
とうとう4月28日に教育基本法政府「改正」案が国会に上程され、5月16日より衆議院で審議が始まった。また、5月15日に民主党の「日本国教育基本法案」(新法)が発表されたが、これを読んで、自民党右派の「改正」案かと目を疑った。
民主党「新法」案を見る前に、政府「改正」案への自民党右派の修正の要求をご覧いただきたい。(「祖国と青年」2006年5月号)
4月25日に教育基本法改正の実現をめざす緊急集会が自民党本部で開かれた。主催は、教育基本法改正促進委員会(超党派改正議連)、「日本の教育改革」有識者懇談会(民間教育臨調)、あの右派の本拠である日本会議。そこで政府「改正」案に対する3点の修正要求が出された。
1、「愛国心」関連部分
国を愛する「態度を養う」を「心を養う」とすべき。また、国を愛することと他国を尊重することとは並列ではなく、「他国を尊重し」は「他国を理解し」とすべき。
2、「宗教教育」関連部分
「宗教的情操の涵養」と明記すべき。
3、「教育行政」関連部分
「不当な支配」の削除が望ましいが、せめて主語を「教育行政は」と改め、「不当な支配」の対象に行政が含まれないことを明示すべき。
これと民主党「新法」案を並べてみると一目瞭然。これが野党の提案かと驚く。民主党の「新法」案を取りまとめた検討会の座長が西岡武夫元文相で、彼はもともと自民党右派で「日本会議国会議員懇談会」の顧問である。民主党の「新法」案は次の通りである。
1、「愛国心」の表記(政府「改正」案の第2条でなく、前文に入れる)
日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に想いをいたし、伝統、文化、芸術を尊び、学術の振興に努め、他国や他文化を理解し、新たな文明の創造を希求する(前文)
2、「宗教教育」
宗教的な伝統や文化に関する基本的知識の修得及び宗教の意義の理解は、教育上重視さらなければならない。宗教的感性の涵養及び宗教に関する寛容の態度を養うことは、教育上尊重されなければならない(第16条)
3、「不当な支配」(教育行政の部分)
(「不当な支配」は削除)学校教育においては、学校の自主性及び自律性が十分発揮されなければならない(第4条)
同じやないか。いや、もっと酷い内容だ。これを「『愛国心』で与党分断」(産経)、「民主、自民揺さぶり」(読売)「『宗教』自公にくさび」(産経)等とマスコミ報道はいうけれど、そんなことはない。さらに右の「新法」案である。愛国心、宗教教育は勿論のことだが、教育行政の部分では「不当な支配」を削除する案であるから、自民党右派以上の「新法」案で、とんでもないことだ。これを日教組系国会議員(日政連議員)が不満ながらも飲んだと新聞報道はいう。「(民主党)検討会のまとめ役の一人だった佐藤泰介参議院議員(注、日政連議員、愛知)は『愛国心が入っていようがいまいが、まとまったら仕方ない』。同席していた森越康雄・日教組委員長は『(大事なのは)政府案成立阻止というこだ』と黙認した」(朝日新聞、5月13日)日教組の戦後教育運動は「教育基本法第10条」を瞳のように大切にしてきたのではないか。世も末である。
昨日(5月16日)の国会の党首討論で、小沢民主党党首は、「『教育行政は国の責任』との持論を展開した」、また、「首相も『総論としては小沢代表と私はそんなに違わない』などと、努めて落ち着いた口調で応じた」(毎日新聞)。「小沢氏は『教育行政の責任は市町村教育委員会にあるが、実質的には(指導、助言しかできない)文部官僚がやっている。責任の所在が全然はっきりしてない。与党が出した改正案には、こういうゆがんだ教育行政の是正という視点が全くない』などと批判(読売新聞)。何おか言わんやである。同じ穴の狢とはこういうことを言う!
(一作)