2005年3月13日掲載
2005年(平成17年)3月10日
松 岡 勲 外1名 殿
大阪弁護士会
会 長 宮 崎 誠
処 分 結 果 に つ い て( 通 知 )
平成15年9月29日付、貴殿よりの申告の人権侵害救済申立事件について、当会人権擁護委員会において調査の結果、下記のとおり処理いたしましたので、ご通知いたします。
記
1 高槻市立柳川中学校校長に対し、勧告書を提出する。
以上
2005年(平成17年)3月10日
高槻市立柳川中学校
校 長 竹 下 幸 男 殿
大阪弁護士会
会 長 宮 崎 誠
勧 告 書
今般、高槻市立柳川中学校の教員であった松岡勲氏、吉田英明氏から当会に対し、人権救済の申立があり、当会人権擁護委員会において慎重に調査いたしました結果、貴殿に対し、以下のとおり勧告します。
第1 勧告の趣旨
生徒の「思想・良心の自由」を実質的に保障するためには、入学式及び卒業式における「君が代」斉唱の際、斉唱や起立が強制されるものでなく、「歌わない自由」「起立しない自由」を有することを事前に説明する等して十分に指導する慎重な配慮が望まれるところ、貴殿による事前説明は実施されず、生徒の「思想・良心の自由」に関する配慮が不十分です。
貴殿に対し、入学式及び卒業式における「君が代」斉唱につき、生徒に「思想・良心の自由」に関する事前説明を実施する等、生徒の「思想・良心の自由」を尊重して十分配慮されるよう勧告します。
第2 勧告の理由
1 申立の概要
(1) 高槻市立柳川中学校においては、平成12年3月の卒業式から平成14年3月の卒業式までの間、竹下幸男校長の前任者であった池田克則校長が、生徒の「思想・良心の自由」を保障するための具体的措置として、入学式及び卒業式における「君が代」斉唱につき、生徒に「思想・良心の自由」に関する事前説明を実施していた。
(2) 竹下校長は、平成14年4月の同校赴任後、同校で実施されてきた生徒の「思想・良心の自由」を保障するための取り組みに消極的な姿勢を示し、平成平成15年4月の入学式及び平成16年3月の卒業式、4月の入学式においては、「思想・良心の自由」に関する事前説明を全く実施しなかった。
(3) 竹下校長の前記(2)の行為は生徒への人権侵害であるから、同校長は生徒に対し「思想・良心の自由」に関する事前説明を行うべきである。
2 当会が認定した事実
(1) 申立の概要(1)の事実について
① 高槻市では、平成12年から、入学式及び卒業式の式次第に「国歌斉唱」が盛り込まれるようになった。
② 柳川中学校では、平成12年3月の卒業式に先だって、当時の池田校長と教職員の間で、「君が代」斉唱に関し、池田校長が生徒に対し「思想・良心の自由」「歌う、歌わない自由」「起立する、しない自由」「退席の自由」を説明すべきか否かの議論が重ねられた結果、池田校長は同月8日の卒業式練習の場で生徒に対し、「起立・斉唱・退席について強制しないつもりです。」と説明した。
③ 平成12年4月の入学式においては、池田校長は開式前、生徒に対し前記②と同様の説明を行った。
④ 平成13年3月の卒業式においては、池田校長と教職員との間で、生徒に対する事前説明に関する議論が重ねられた結果、池田校長は卒業式前日、生徒に対し「あなた方の内心の自由は大切にします。」と説明した(「起立・斉唱・退席」の各自由については具体的には言及しなかった)。
⑤ 平成13年4月の入学式においては、池田校長は開式前、生徒に対し「内心の自由は尊重し、強制はしません。」と説明した(「起立・斉唱・退席」の各自由については具体的には言及しなかった)。
⑥ 平成14年3月の卒業式においては、池田校長は卒業式前日(3月11日)、生徒に対し「起立・斉唱・退席について強制しないつもりです。」との趣旨の事前説明をした(前記④⑤の卒業式及び入学式では具体的な言及のなかった「起立・斉唱・退席」の各自由に関する説明が再び行われた)。
(2) 申立の概要(2)の事実について
① 平成14年4月、竹下幸男校長が池田校長に代わって赴任した。
② 竹下校長は、平成14年4月の入学式に先だって、教職員に対し、前任者である池田校長が従前行ってきた生徒に対する事前説明は行わない意思を示した。竹下校長は、教職員から説得を受けた結果、入学式当日、事前説明を行ったがその内容は、「強制はしません。」程度のもので、池田校長当時の事前説明に比べると簡素な内容となった。
③ 竹下校長は、平成15年3月の卒業式においては、予行時に、生徒に対し強制しない旨は話したが、前記②同様、池田校長当時に比べると簡素な内容であった。
④ 竹下校長は、平成15年4月の入学式においては、詳細な事前説明を求める教職員の要請に応じず、生徒に対し「思想・良心の自由」に関する事前説明を一切行わなかった。
⑤ 竹下校長は、平成16年3月の卒業式に先だって、教職員から要請のあった「事前説明の取り組みの復活」を拒否し、同じく同年4月の入学式にも事前説明を一切行わなかった。
3 当会の判断
(1) 生徒が有する「思想・良心の自由」と「君が代」斉唱
憲法19条が保障する「思想・良心の自由」は、個人が内心でどのような世界観、主義、思想、主張を持つのも自由であり、個人の内心領域の自由は公権力によって制約されないという重要な人権である。また、この「思想・良心の自由」は人格の発展過程にある中学校の生徒にもその保障が及ぶものである。
国旗及び国歌に関する法律第2条において、「国歌は、君が代とする。」と定められ、学習指導要領には「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と明記されている。
しかし、「君が代」は戦前の天皇制絶対主義の表現を引き継ぎ、国民主権に反するとの考え方も強く、加えて、天皇の名で行われた第2次大戦を肯定する役割を果たすとの考え方もあり、このような「君が代」の果たした役割や歴史的経緯に照らし、国民の間で、「君が代」を国歌として扱い、敬意を表することについてさまざまな意見が存在し、議論が絶えないことも事実である。その意味で、「君が代」斉唱を行うか否か、「君が代」斉唱時に起立するか否かは個人の思想良心の自由(あるいは表現の自由)にかかわることで、「君が代」を歌わない自由、「君が代」斉唱時に起立しない自由があり、それらを強制することは「思想・良心の自由」を侵害するものというべきである。
この点、国会審議においても、総理大臣が、「学校教育における国旗・国歌の指導と児童・生徒の内心の自由との関係」について、「我が国の国民として、学校教育におきまして、国旗・国歌の意義を理解させ、それらを尊重する態度を育てることは極めて重要であることから、学習指導要領に基づいて、校長、教員は、児童生徒に対し国旗・国歌の指導をするものであります。このことは、児童生徒の内心にまで立ち至って強制しようとする趣旨のものではなく、あくまでも教育指導上の課題として指導を進めていくことを意味するものでございます。この考え方は、平成6年に政府の統一見解として示しておるところでございまして、国旗・国歌が法制化された後も、この考え方は変わるところはないと考えます。」(平成11年7月21日衆議院内閣委員会、内閣総理大臣小渕恵三)と明らかにしている。
(2) 生徒に対し、「君が代」斉唱に関し、「思想・良心の自由」「歌わない自由」「起立しない自由」について十分に指導することの必要性、重要性
前記のとおり、「君が代」斉唱が個人の「思想・良心の自由」に関わる性格を有するものである以上、入学式や卒業式に参加する生徒に対し、「君が代」斉唱や「君が代」斉唱時の起立が強制されるものであってはならない。
政府は、国会審議において、「起立をしなかった、あるいは歌わなかったといったような児童生徒がいた場合に、これに対しまして事後にどのような指導を行っていくかということにつきましては、まさに教育指導上の課題として学校現場に任されているわけでございますけれども、その際に、御指摘のように、単に従わなかった、あるいは単に起立をしなかった、あるいは歌わなかったといったようなことのみをもって、何らかの不利益をこうむるようなことが学校内で行われたり、あるいは児童生徒に心理的な強制カが働くような方法でその後の指導等が行われるということはあってはならないことと私ども思っているわけでございます。したがいまして、学校全体の教育活動を、また式の進行全体を著しく妨害するといったようなことは別にいたしまして、今後ご指摘のような点につきましては、各学校におきまして、あくまでも教育上の配慮のもとに、校長のもとに全教職員が一致した適切な指導をしていただくように私どもとしましてもお願いをしてまいりたいと思っております。」(1997年7月21日衆議院内閣委員会文教委員会連合審査会政府委員)、と指導のあり方を明らかにしている。
このような政府見解からも、学校現場の長たる学校長は、入学式や卒業式において、「君が代」斉唱や「君が代」斉唱時の起立が強制にならないよう配慮し、教職員らと事前の協議を行ったり、生徒に対し「君が代」斉唱や「君が代」斉唱時の起立が強制されるものでないことを指導し、式当日における実施方法にも十分な配慮を行うべき立場にある。
また、いまだ人格発展過程にある中学校の生徒は、一般に、自身が有する人権の具体的内容や保障の有無・程度につき十分に理解しているとは言い難い面を有していることからも、学校長、教職員、保護者らがその理解を十分なものとするよう配慮し、指導することが不可欠である。
したがって、学校長は、生徒に対し、入学式や卒業式における「君が代」斉唱や「君が代」斉唱時の起立に関し、生徒一人一人が個人としての「思想・良心の自由」を有しており、「歌う自由、歌わない自由」「起立する自由、起立しない自由」を有することを十分に理解できるよう配慮し、十分に指導を実施すべきである。
そのような学校長の立場にある竹下校長が、前記認定事実のとおり、平成14年4月の入学式及び平成15年3月の卒業式に際して、生徒に対する事前説明が「強制はしません。」という程度にすぎなかったことは生徒に対する説明として甚だ不十分であり、平成15年4月の入学式及び平成16年3月の卒業式並びに同年4月の入学式に際して一切事前説明を行わなかったことは学校長として生徒の「思想・良心の自由」、「君が代」を「歌う自由、歌わない自由」「起立する自由、起立しない自由」に対する配慮を著しく欠いた不十分な指導といわざるを得ず、生徒に対する人権侵害のおそれがある。
生徒の「思想・良心の自由」、「君が代」を「歌う自由、歌わない自由」「起立する自由、起立しない自由」を十分に保障する見地から、生徒に対し、入学式及び卒業式に先だって、生徒が有するそれらの自由について十分に事前説明を実施するのが相当であるから、勧告の趣旨のとおり勧告する次第である。
2005年3月13日掲載
「歌わぬ自由 説明を」
大阪弁護士会 「君が代」を巡り勧告
(朝日新聞大阪版 05・3・11夕刊)
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入学式や卒業式の「君が代」斉唱のとき、必ずしも起立や斉唱をしなくてもいいことを生徒にきちんと説明しなかったとして、大阪弁護士会は11日、大阪府高槻市内の市立中学校の校長に、「起立しない自由、歌わない自由を十分に説明するように」と勧告したと発表した。人権侵害にあたるおそれがあると指摘し、「思想・良心の自由」は人格の発展過程にある中学生にも保障すべきだと求めている。
勧告書によると、同中学の前任の校長は君が代斉唱がある前に、「起立、斉唱について強制しないつもりです」などと生徒に具体的に説明した。しかし、この校長は赴任した02年度は「強制はしません」と簡単に説明しただけで、03年度以降は一切説明しなくなった。このため、教員2人が「強制でないことを説明しないのは思想・良心の自由に対する侵害だ」として人権救済を申し立てていた。
勧告書は、君が代は戦前の天皇制絶対主義の表現を引き継ぎ、国民主権に反するといった意見があると指摘。学習指導要領で明記されている国歌指導などについての政府見解も、「児童生徒の内心にまで立ち入って強制しようとする趣旨のものではない」などとされており、斉唱と起立は強制されるものであってはならないとした。
勧告を受けた校長は「学習指導要領に従って指導しているだけだ。思想・良心の自由を尊重し、歌わない子どもに無理に歌うことなどは指導しておらず、勧告を受けて驚いた」などと話した。