歴史的な確定勝利判決となりました 上杉 聰
さる4月26日、最高裁判所は「脱ゴー宣裁判」(著作権をめぐって)について、「上告審として受理しない」、「上告を棄却」するという決定を行いました。
この件につき私からもっと早く皆さんにメールをお送りすべきでしたが、大阪事務所の引っ越し作業のただ中に判決が出されたために、裁判関連文書のすべては段ボール箱のどこかに隠れていてお手上げ状態。ご報告とお礼が本日になった事情をくみ取り、ご容赦ください。
最高裁に上告していたのは、小林氏のマンガを引用したことや目隠しの改変を行ったことなどを適法としつつも一コマ移動したことについて同一性保持権侵害と認定した高等裁判所判決('00年4月)を不当とする私と東方出版、および著作権侵害が上の高等裁判所判決で認められなかったことを不服として附帯上告(私たちの上告にくっついて「こっそり上告」)した小林よしのり氏の双方でした。
上告棄却の理由としては主な上告人である私たちに対して、民事訴訟法(312条)により上告が許されるのは違憲の疑いがある場合などに限られるにもかかわらず、「本件上告理由は…(その)事由に該当しない」とし、また民事訴訟法の別の条項(318条)によって他の高等裁判所判決と矛盾する判決を受けた場合などに認められる上告の権利についても、「受理すべきものとは認められない」とするものでした。小林氏の附帯上告についても、主である私たちの上告が受理されなかったため、正式に「その効力を失う」と言い渡されました。
決定文は、全文わずか20行程度の簡潔なもの。「上告('00年6月)してから今まで2年間近く、いったい何してたん?」と言いたくなるシロモノでした。(なお、上告を受理しない場合は「判決」と呼ばず「決定」といいます。判決との間で法的な重さに変わりありません。)
とはいえ、今回の決定で、私たちは安堵の胸をなでおろしたことでした。というのは、上告にあたって「楽しむ会」の内部で、完璧な判決を求めるあまり、著作権侵害事件で勝利したにもかかわらず、もし最高裁が逆転判決でも下したらやぶ蛇ではないか、という慎重論がかなりあったからです。私も正直、恐れていました。その点は、上告する側の主張の可否しか最高裁が審理しないため、小林氏が「上告しない」とマンガで表明した以上、私たちが訴える同一性侵害についてのみ検討されることになる、という判断で上告審に踏み込んだのでした。しかし、その後なんと小林君は「こっそり」と附帯上告、著作権侵害も審理される可能性が出てきていたからです。
しかし、このたびの最高裁の決定によって、先の高裁判決は確定し、「57点のマンガ引用はすべて適法」ということになりました。読売新聞も今回「批評目的で漫画引用は適法」という見出しを打ってくれました。これ以後、マンガの引用が完全に合法なものとなるのです。しかも地裁判決でなく、最高裁まで行って確定した以上、もうつがえることはありません。私たちは、これまでなかったマンガ引用の可否をめぐる裁判で、完全に勝利したことになります。この判決の歴史的な意義について、まずしっかり確認しておく必要があると思います。
マスコミからの電話連絡で最高裁の決定を聞いたとき、私は長年の(といっても4年半にすぎませんが)肩の重荷がおりたという感がして、ホッとしました。この勝利は、「楽しむ会」の皆様による支援のおかげでした。多数の方が法廷で傍聴してくださり、多額の裁判支援カンパを送ってくださいました。そして全国からの多くの励ましのお手紙やメッセージ、それらがなければ、私が巨悪のマンガ家とわたり合うことはできませんでした。改めてここに感謝とお礼を申し述べさせてただきたいと思います。
ただ、今回確定した高裁判決によると、一コマの配列を変えた私の本は「出版、発行、販売、頒布してはならない」とあります。もし東方出版に多数在庫があれば損害は大きくなったところですが、もう保存用以外ほとんど無いとのこと。高裁判決から二年近くでみんな売ってしまったことになります。現在、稀に書店に出回っているものがあるとすれば、それらはすでに東方出版の所有を離れたものと思われます。実害はゼロです。
また高裁は、私と東方出版に両者で20万円のお金(利子を年5分で加算、今回の決定は高裁判決からちょうど2年目なのでその倍)と、裁判費用(印紙代559,000円)の250分の1を支払うことも命じていました。これらを合計すると、利子は20,000円、裁判費用の私たちの負担分は2,236円となりますので、合計222,236円の出費です。しかし、この程度であれば印税や売り上げ利益の中から、そのごく一部からの出費で支払うことが可能です。したがって、この場合もほとんど実害ありません。むしろ小林君の側が出した訴訟費用は、私たちの支払いで埋めてもなお336,764円が不足する状態です(この点から見ても、やっぱり小林君は負けたのでした)。
自分の主張の不当性を裁判で実現しようという小林氏のもくろみは、ここに完全についえました。これにより脱ゴー宣裁判と「楽しむ会」の主要な目的が達成された以上、いよいよ今月末28日に東京地裁判決が迫った名誉毀損裁判の行方を楽しむことが至上目的なってきました。かつて小林氏が私を「ドロボー」と描いたことは、今回の決定によって著作権侵害が完全に否定された以上、名誉毀損であることがますますはっきりしてきました。次は、この判決に注目してください。
上杉 聰