被告／小林よしのり 平成一二年一二月二六日付反論「要旨」
被告小林は原告・上杉の主張に対し、次のとおり認否反論する。
第一
名誉毀損の主張に対して
一 主張自体不明確である
原告は、被告漫画のカットの中で原告を「ドロボ−」と表している部分を列記し、それによって名誉を毀損したと主張した。また、原告の肖像を殊更醜く描くことは、原告の名誉を毀損するものであるとして具体的カットを摘示した。
それについて被告らが釈明を求めた趣旨は、小林の行ったいかなる事実摘示によって、原告が本来有していた如何なる社会的評価が、いかに低下せしめられたのか、具体的に整理し主張されたいということであった。
原告準備書面2（注／一一月二七日付け）においては、「ドロボ−」という言葉（コマ中のネ−ム）による名誉毀損と、容貌を醜く描いたという絵による名誉毀損とが渾然一体と主張されており、被告漫画のどの事実摘示によって、原告の社会的評価がどのように低下せしめられたのかについては、以前に増して不明確となっている。
さらに原告は、「性格・人格の論評」「醜悪で、汚らしく、卑怯そうで、腹黒そう」「原告は泥棒であるという漫画全体の趣旨」「絵と漫画全体の論旨との相乗効果」などと極めて主観的で曖昧な表現を繰り返している。
二 原告準備書面2 第一について
１ 第一、一、１ないし３について
原告は、対比表�△慮狭霈啻�は「醜悪で、汚らしく、卑怯そうで、腹黒そうな人物として描かれている」旨主張しているが、否認する。 被告小林は、原告が公表した原告自身の肖像写真を参考にし、対比表�△了�顔絵を描いた。右写真から、その特徴を把握し。被告独自の漫画タッチ（画風）によって原告の容貌を表現し、読者に紹介したものである。 被告漫画を一読すれば明白であるが、小林はあくまで従軍慰安婦問題に関連する原告の「主張」と、大量のカット無断転載の事実を指摘し、論じているのであって、原告の容貌の美醜や、性格・人格・人物像などは一切問題としていない。もしこれが文字作品であったならば、「上杉は・・・・・と言った」と表現する所を、似顔絵を用いてそれに代えたものに過ぎないのである。
そこでは原告を「醜悪で、汚らしく、卑怯そうで、腹黒そうな人物として」描く必要性も意図も一切なく、現実的にもそのようには描かれていない。
２ 第一、一、４について
否認する。通常理解力・判断能力のある読者は、そのような読み方はしない。
３ 第一、一、５について
否認する。原告主張のような「法則」は存在しない。 また、「泥棒をする悪い奴」とは如何なる意味か不明である。原告が窃盗（刑法第二三五条）を犯した、という事実の摘示を意味するのか、それとも原告が窃盗を犯す可能性ないし性癖・人格を摘示したという意味なのか。明確にされたい。
４ 第一、一、６について
否認する。「肖像に関する虚偽の事実を摘示し」とは具体的に被告漫画のどの部分による、どのような虚偽の事実の摘示を指しているのか、明確に釈明されたい。
５ 第一、二について
否認ないし争う。
三 名誉毀損の成否
１ 被告小林は、本件漫画において、次の事実を摘示した。�仝狭霖�作が転載している小林漫画が、五七ヶ所、七三コマに及ぶこと。�� 原告著作のうち、書名である「脱ゴ−マニズム宣言」を掲げた章は八九頁であるが、そのうち一四頁を転載カットで埋めていること。�１Δ療昇椶蓮�被告小林に無断でなされたこと。
２ そして右事実を基礎として、本件漫画は、原告著作について次のような表現をした。
イ 原告の無断転載行為を「ドロボ−」などと表し、原告著作を「ドロボ−本」などと批判した。
ロ 原告の似顔絵を、ドロボ−の恰好をさせて描いた。
３ 社会的評価の低下
原告は、右記載によって、「『原告は泥棒をする悪い奴である』と読者は思いこんでしまう」と主張する。これが、原告が窃盗事件の犯人であるかの如き印象を与え、もって社会的評価を低下させるという趣旨とすれば、それは明らかに理由がない。 なぜなら一般的読者は、漫画カットの無断複製転載をとらえ「ドロボ−」と表現しているものであると容易に理解できるからである。本件漫画を読んで、「原告が窃盗犯である」などと誤解する読者は皆無である。したがって、原告の名誉毀損の主張は明らかに失当である。
四 違法性阻却事由
１ 論争と言論の自由
本件訴訟において、原告が問題とする各表現は、従軍慰安婦問題に関連する小林と原告との論争の中の一局面を抜き出したものに過ぎない。したがって本件訴訟の検討においては、「ドロボ−」などの単語のみにとらわれるのは本質を見誤ることになる。
そもそも被告小林は、以前からその著作（ゴ−宣）や、各種出版物において従軍慰安婦問題に関する自説を展開していた。これに対して原告が、右の被告小林の主張を直接の対象として、批評反論すべく出版したのが「脱ゴ−宣」である。 原告はその中で、小林著作の中から五七ヶ所、七三コマものカットを承諾も通知すらもなく無断で転載して出版した。
当時も現在も、出版に際しての常識として、他人の漫画カットを引用する時には、ほぼ例外なく事前に許諾を得るのが当然の慣例となっている。また、被告の主張に対して批判反論を加える論者は少なからず存在していたが、原告以外の論者はいずれも漫画カットを丸ごと無断転載することはなく、ネ−ムの中から小林の「主張」を抜き出して文字で引用し反論している。
このような状況下で、原告著作を見た小林が、非常識な無断転載行為をとらえて批判するのは至極当然のことである。それは論争の中で、原告の意見表明のやり方について、批判する意見を表したもので、まさに論争における被告小林の表現行為そのものであり、この程度のものは言論の自由として当然許されるべき範疇のものである。
２ 著作権者の権利表明
自らの著作物を無断で転載利用された時、それを指摘し糾弾することは、著作権者として当然の権利であり自由である。
事後的に裁判所が、著作権法上の適法性の解釈認定において如何なる判断を下すかに関わらず、著作権者自身の一次的な指摘糾弾行為が不当に制約されることがあってはならない。
３ 公共性・公益目的
本件漫画は、原告著作による著作権侵害行為及び同書で取り上げられたいわゆる「従軍慰安婦」問題について論じるものである。前者は過去に類例のない著作権侵害事案であり、将来の言論・文化に重大な影響を及ぼす事柄であることは明らかである。また、後者が重大な社会問題であることは言うまでもない。
いずれも公共の利害に関する事柄であって、原告の私的な事項にわたる暴露や人格攻撃をしているものではないこと、疑問の余地がない。また、被告小林は、原告に対する私怨を晴らすなどの個人的目的に出たのではなく、前記の問題意識を持ってあくまで論争の一環として行ったものであることも自明である。 よって原告指摘の各表現は、いずれも公共の利害に関する事柄を、専ら公益を図る目的で掲載されたものというべきである。
４ 事実の真実性
小林の意見ないし評価の基礎となった事実（前記三、１）は、全て真実である。
５ 表現の相当性
（１） 被告小林は、「窃盗」とか「泥棒」と表記したのではなく、もっぱら「ドロボ−」とカタカナ表記している。それらは小林の漫画作品の中で登場する、極めて漫画的な表現手法の一つなのである。あくまで漫画的に非難反論していることを、誰でも容易に理解することができる。
（２） 前記の通り、「ドロボ−」表現は、被告小林の方から唐突に出てきたものではなく、原告が小林に対してけしかけた論争の中で用いられたものである。 付言すれば、原告が小林に対してなした表現自体、決して紳士的なものとは言い難く、軽々しい皮肉やヤユにとどまらず、虚偽の事実による名誉毀損的ないし侮辱的表現も多数含まれている（左記参照）。したがって「ドロボ−」表現の相当性については、それのみ抜き出して評価するのではなく、右のような背景の中において合理的なバランスに根ざした検討評価がなされなければならない。
記〈「脱ゴ−マニズム宣言」における、原告の被告小林に対する名誉毀損的ないし侮辱的表現の例〉
（注／ア〜ヌとして２３点挙げている。バカバカしいので略。）
６ まとめ（略）
「引用」の適法性と名誉毀損
１ 原告は、別訴訟（著作権裁判）判決を根拠として、名誉毀損に当たると主張する。
２ しかし控訴審判決は、コマの配列を勝手に変更して無断転載した行為を著作権法違反と断じたのみならず、拡大コピ−して無断転載した行為についても、その適法性に明確な疑問を呈している。そして何よりも、判決主文において、著作権法違反を理由に出版差し止めと慰謝料の支払いを命じているのである。よって、原告主張は前提を欠き失当である。
３ そもそも著作権法上適法か否かという問題と、「ドロボ−」表現が名誉毀損になるか否かということは、全く次元の異なる問題である。名誉毀損か否かの判断において重要なのは、「ドロボ−」表現が含まれる作品全体を読む一般的読者が、それをどのように認識理解するかという点なのである。
六 まとめ（略）
第二
肖像権・人格権の主張に対して
一 肖像権の定義
原告が準備書面2において主張する肖像権を定義した判例を具体的に摘示されたい。
ちなみに最高裁大法廷判決（昭和四四年一二月二四日付け）は、「肖像権と称するかどうかは別として」、「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしにみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由を有する」と判示した。つまり、いかなる場合にも、例外なく、「承諾なしにその容貌・姿態を撮影されない自由」を有するのではなく、「みだりに」されない限度において権利として保護されているのである。（注／爆笑）
この判例に対比すれば、原告の定義は無限定な保護を認めさせようとするものであり、独自の解釈というほかなく、明らかに失当である。
二 似顔絵の肖像権
１ 本件は写真ではなく似顔絵による肖像である。写真撮影は、被写体の情報を機械的に記録し再現するものであるのに対して、似顔絵は、作者が被写体を観察し、その認識を自らの腕で「絵」として「表現」するものである。それは感覚、画風、その時々の筆遣いの偶然によって常に異なるものである。同じ著作物でも、写真と似顔絵では、その個人情報の伝達状況において極めて大きな差異があるのである。
２ 例えば刑事裁判の公判廷において、被告人の写真撮影は禁じられているのに対して、法廷画家や傍聴人による似顔絵の作成・公開は広く許されている。また週刊朝日連載の「山藤章二の似顔絵塾」に代表されるような人物肖像の似顔絵描写とその公開は、巷間広く認容されており、それが肖像権侵害として問題にされることは皆無である。
これらから見ると、「みだりに写真撮影されない」という限度では権利性が保障されているとしても、「みだりに似顔絵に描かれない」ことが同様に権利として保障されているとは到底解されない。
仮に保障されるとしても、その程度は写真撮影に比べて相当程度弱く、したがって「みだりに」の判断においては、似顔絵描写という表現活動の自由により重きを置いて解釈されなければならない。
３ さらに加えて、「漫画」という表現手法においては、社会通念上、ある程度の比喩的表現や誇張表現を用いられることがその本質的特徴として広く許容されている。
４ 以上に鑑みると、漫画作品の中での似顔絵掲載が、モデルとなった人物の「肖像権」を侵害する違法行為とされることは、通常考えられない。
三 肖像権侵害と表現の自由
１ 仮に、漫画作品の似顔絵についても肖像権の保障が認められるとしても、表現の自由とのバランスにおいて、相当程度の制約を受忍しなければならないと解すべきである。
言論・出版その他の表現の自由は、民主主義を実現する上で必要不可欠な精神的自由の根幹をなすものであって、最大限の尊重を要するから、他人の肖像権を侵害する場合であっても表現の自由の行使として認められる範囲内においては違法性が阻却されると解すべきである。
２（略）
３ そもそも原告は、自ら進んでテレビ番組に出演し、その著作に自ら顔写真を掲載し、その容貌を公開している。つまり原告の容貌は、一般人に広く知られている情報ということができ、特に秘匿されるべき私的事項などではない。 また、一般人がその立場に立てば公開を欲しないような私生活上の情報でもなければ、公開によって名誉を傷つけられたり強い羞恥心を覚えるような事柄でもない。したがって、本件似顔絵によって公表された内容が、その表現目的に照らして相当なものであることも何ら疑問の余地がない。
四 まとめ（略）
第三
欄外の文字と漫画の関係
欄外の文字表記は、本文の内容とは一切関係ない被告小林からのメッセ−ジの告知に利用される場合もあれば、本文の漫画表現の補充など、漫画作品と一体となった、或いは関連性を持った表現の場合もある。
原告摘示の３及び７は後者であり、被告小林の意見・主張等を補充的に表明しているものである。
以上
（文責：横山好雄／「楽しむ会」）