監獄人権センター事務局
なぜ、過剰拘禁の問題が起こるのだろうか。極めて単純かつ直接的にいえば、入る人が多いのに、出る人が少ないからである。ここでは、最近の世論の流れになっている「厳罰化」の声と過剰拘禁の関係について、平成12年度の刑事事件のデータの傾向から分析してみる。
1 被疑事件総数・起訴数・起訴率の変化
検察庁の被疑事件受理総数・起訴数は、道交法違反・交通事故事件の処理の運用が変わったことが大きく影響して、昭和60年ころと比較すると、かなり数は少なくなってきている。ここ5年間の変化を見ると、受理総数、起訴数は微増傾向にあったが、平成12年度はやや減少した。これに対し、不起訴数は、平成11年度に前年比85,949人増(12.3%増)、平成12年度は前年比10万3,124人増(13.2%増)と大幅な増加傾向にあり、これに伴って起訴率も低下し、平成12年度は53.9%まで低下している。この起訴率の急激な変化は、後述するが、道交法違反事件及び自動車等による業過事件の運用の変化に大き影響を受けたものであると考えられる。
刑法犯の起訴率は、やや下がってはいるものの、総数自体は平成11、12年度と増加しているのに対し、道交法違反事件の起訴率が大きく減少しており、平成12年度は前年比約12万2千人減(13.4%減)となっているため、これが全体の総数の変化に大きく影響している。道交法違反の起訴の減少分を除けば、むしろ約1万8千人程度の増加となっているともいえる。また、主な罪名についてみると、傷害罪の起訴数は約38.7%増と激増しており、自動車等の業務上過失についても、起訴率は減少しているものの総数が大きく増加しているため、起訴数自体は増加している。強制わいせつ罪についても、起訴数、起訴率共に増加している。また、その他のいずれの罪名についても、程度の差こそあれ、軒並み起訴数は増加傾向にある。起訴率に変化はなくとも、受理総数自体が増えていることが影響してきていると考えられる。
資料1
総数 | 刑法犯総数 | 特別法犯 | 道交法違反 | |||||
起訴数 | 起訴率 | 起訴数 | 起訴率 | 起訴数 | 起訴率 | 起訴数 | 起訴率 | |
昭和62(1987) | 1、742、508 | 81.0 | 377、407 | 55.0 | 82、781 | 73.9 | 1、282、320 | 94.8 |
平成2(1990) | 1、297、124 | 72.0 | 238、675 | 35.7 | 55、253 | 72.1 | 1、003、196 | 95.0 |
平成7(1995) | 1、084、122 | 61.7 | 161、049 | 21.4 | 60、856 | 70.6 | 862、217 | 93.7 |
平成8(1996) | 1、122、399 | 62.4 | 157、602 | 20.9 | 61、334 | 74.2 | 903、463 | 93.9 |
平成9(1997) | 1、154、590 | 64.0 | 156、429 | 21.5 | 60、765 | 75.3 | 937、396 | 94.0 |
平成10(1998) | 1、128、503 | 61.9 | 155、330 | 20.3 | 58、054 | 74.5 | 915、119 | 93.4 |
平成11(1999) | 1、139、334 | 59.3 | 162、068 | 19.1 | 61、600 | 73.1 | 915、666 | 92.9 |
平成12(2000) | 1、035、182 | 53.9 | 180、077 | 18.7 | 61、641 | 73.7 | 793、464 | 90.7 |
起訴数・起訴率平成年検察統計年報より2 罪名別の被疑事件受理人員総数
次に、事件の受理総数の変化について、刑法犯総数と道交法違反、その他特別法違反の総数を比較すると、@刑法犯総数は、平成10年度に前年比約4万4千人増(4.8%増)、平成11年度に同約7万1千人増(7.3%増)、平成12年度に同約11万3千人増(10.9%増)とかなり増加傾向にある。一方、対照的に、A道交法違反で受理された人員は、平成10年度が前年比約2万1千人減(2.0%減)、平成11年度は同約3千人減(0.3%減)、平成12年度に至っては約11万8千人減(11.2%減)とかなり減少傾向にある。また、B道交法以外の特別法違反の総数は年間約9万人前後で安定して推移している。
この刑法犯総数の急増に大きく影響を与えているのが、自動車等による業務上過失の総数の変化である。自動車等による業過は母数が他の犯罪と比較して著しく大きいため、その変化は全体の傾向に大きな影響を与えるのであるが、従来は約60万人から70万人あたりで漸増傾向にあったところ、平成10年度以降急増している。すなわち、平成10年度が前年比約3万6千人増(5.6%増)、平成11年度は約8万人増(11.8%増)、平成12年度は約9万2千人増(12.0%増)となっている。平成12年度の刑法犯総数の前年比約11万3千人の増加のうち、自動車等による業過事件の増加分がその約9万2千人(約81%)を占めているのである。
一方で、道交法違反の総数は、平成11年度は前年とほぼ同程度であったが、平成12年度は約11万8千人も減少した。近時、急激に運転マナーが悪化したり、交通事故が多発している等の現象が顕著には見受けられないことから考えれば、道交法違反の急減と自動車等による業務上過失犯の急増との間には、近時の交通事故事案についての厳罰化傾向の影響が少なからず及んでいることを推測させる。
また、傷害罪の総数、平成11年度以前は約3万人前後で安定して推移していたが、平成12年度は前年比約1万3千人増(41.5%増)と急増している。特に急激に政情不安や暴動が発生したという現象が報道されていないことから、何らかの運用の変化があったのではないかと推測される。従来であれば暴行罪ないしは軽犯罪法違反にとどまる程度の行為が、傷害罪として受理されるようになったという疑いが生じうる。
他に主要な罪名別に見ると、殺人罪は平成12年度は1,902人(前年比176人増)とやや増えてはいるものの、特に数が多かった昭和60年度や平成7年度と比較すると総数は下回っており、顕著に増加しているとまでは判断できない。窃盗罪は年間約14万人前後で安定して推移しているが、ここ3年はやや漸減傾向にある。強制わいせつ罪についても、平成11年度に163人増(7.7%増)、平成12年度は448人増(19.8%増)と急増している。
資料2
総数 | 刑法犯総数 | 特別法犯 | 道交法違反 | 殺人 | 傷害 | 窃盗 | 自動車等による業過 | 強制わいせつ | |
昭和60(1985) | 3、372、119 | 913、177 | 137、770 | 2、321、172 | 2、252 | 42、530 | 216、902 | 537、635 | 1、604 |
平成2(1990) | 2、189、989 | 882、049 | 102、634 | 1、205、306 | 1、636 | 33、053 | 163、888 | 596、651 | 1、417 |
平成7(1995) | 2、008、948 | 916、764 | 95、486 | 996、698 | 2、172 | 28、526 | 126、555 | 672、967 | 1、644 |
平成8(1996) | 2、061、526 | 927、176 | 90、634 | 1、043、716 | 1、582 | 29、241 | 129、998 | 676、223 | 1、811 |
平成9(1997) | 2、086、735 | 918、263 | 88、735 | 1、079、737 | 1、613 | 31、377 | 143、779 | 644、262 | 2、071 |
平成10(1998) | 2、106、456 | 962、742 | 85、487 | 1、058、227 | 1、728 | 30、890 | 148、697 | 680、579 | 2、096 |
平成11(1999) | 2、180、572 | 1、033、177 | 91、969 | 1、055、426 | 1、726 | 30、438 | 139、850 | 760、901 | 2、259 |
平成12(2000) | 2、174、867 | 1、146、403 | 90、904 | 937、560 | 1、902 | 43、071 | 139、778 | 852、507 | 2、707 |
主な被疑事件の罪名別通常受理人員平成年検察統計年報より)
3 確定裁判の結果
確定判決のあった刑事裁判の総数は、平成12年度は起訴総数も減少していることもあって、前年比約10万4千人間(9.6%減)となった。
刑の内訳を見るに、大きく減少したのが罰金刑で、前年比約11万人減(10.8%減)となっている。その他、懲役、禁固のどの区分においても総数が増加している。執行猶予の総数は、平成11年、12年度と増加しているが、実刑と執行猶予との比較をみると、執行猶予率は約60%をやや上回る程度のところで、やや減少傾向にある。
罰金刑の大幅な減少は、その大部分は道交法違反の減少によるものであると考えられる。この影響によって確定裁判の総数は大きく減少しているが、罰金、科料、無罪、死刑、公訴棄却を除いた有期懲役(禁固)の数で見ると、平成11年度は6万7,115人(前年比3,494人増)、平成12年度は7万3,243件(同6,128人増)とかなり数が増えており、過剰拘禁に少なからず影響を与えていることが推測される。また、量刑の内訳をみると、いずれの区分・執行猶予でも総数は増加しているが、特に分布割合で見ると、重い量刑の区分の割合は、母数自体が少ないものの、確実に増加してきている。一方、1年以下の有期懲役の割合、執行猶予の割合は減少している。量刑の基準自体が重い方向へとややシフトしている傾向があることを示している。
資料3
総数 | 死刑 | 無期 | 20年 以下 |
15年 以下 |
10年 以下 |
5年 以下 |
3年 以下 |
1年 以下 |
執行 猶予 |
禁固 総数 |
罰金 | 科料 | 無罪 | 公訴 棄却 |
|
平成8(1996) | 1、073、227 | 3 | 34 | 21 | 90 | 741 | 2、031 | 13、712 | 6、198 | 36、980 | 2、446 | 1、005、684 | 4、708 | 45 | 468 |
平成9(1997) | 1、099、567 | 4 | 32 | 21 | 122 | 727 | 2、231 | 14、019 | 6、060 | 38、706 | 2、321 | 1、030、612 | 4、167 | 58 | 418 |
平成10(1998) | 1、076、329 | 7 | 45 | 30 | 131 | 914 | 2、306 | 13、937 | 6、224 | 40、034 | 2、350 | 1、006、000 | 3、757 | 57 | 466 |
平成11(1999) | 1、090、701 | 4 | 48 | 20 | 140 | 928 | 2、564 | 14、821 | 6、555 | 42、039 | 2、613 | 1、016、822 | 3、514 | 59 | 493 |
平成12(2000) | 986、914 | 6 | 59 | 45 | 178 | 1、099 | 2、905 | 16、829 | 7、011 | 45、117 | 2、887 | 906、947 | 3、141 | 46 | 561 |
確定裁判を受けた者の裁判の結果平成年検察統計年報