法務省と日弁連の間の受刑者処遇に関する勉強会の現状と課題

海渡雄一(日弁連拘禁二法案対策本部委員)


 法務省と日弁連の間の受刑者処遇に関する勉強会の実情については、このニュースでも継続して取り上げてきている。最近の勉強会の内容について参加している個人の資格で報告する。なお、この勉強会の内容は報道機関などに全面的には公開されてこなかったが、法務省では、情報公開法の施行に伴って議事録を公開する予定と聞いている。

第1 日程

第1回全体会議2000年6月5日
第1回ワーキンググループ 7月19日(刑務作業)
第2回ワーキンググループ9月19日(刑務作業)
(海外共同調査 11月) 
第3回ワーキンググループ11月20日(刑務作業)
第2回全体会議と第4回ワーキンググループ2001年3月9日(刑務作業・教育)

第2 受刑者に対する刑務作業についての意見交換の内容

1 刑務作業の意義と目的については、
応報としての労働、罰としての労働か、それとも社会復帰に資するためのものかをめぐって討論した。法務省は刑法12条の「所定の作業」とは罰としての労働を意味しているとの理解である。日弁連側からは刑務作業以外の職業訓練・教育なども含めて、「所定の作業」を理解することも可能ではないかと問題を提起した。
2 刑務作業の実態
 厳しい規律の下で労働がなされている実態があることを日弁連側から指摘した。軍隊行進、裸体検診(身体検査)の実施状況、工場におけるよそ見、交談、トイレの禁止規則などについて運用実態について意見交換を行った。法務省からは、日常生活からあまりにもかけ離れた実態の改善に取り組んでいることが報告された。
3 刑務作業が社会復帰のための処遇
として効果を上げているか、職業訓練の実施が不十分ではないかと日弁連側から指摘した。矯正局側からは、問題意識はあるが、プライバシーの問題があり、調査すること自体が難しいという説明を受けた。
4 作業の種類の指定と被拘禁者の選択権 
 日弁連側から、現実に刑務所において実施している作業の中から被拘禁者の希望に従って、ないしすくなくとも希望を尊重して作業の種類を指定できないか、本人の希望に配慮することで作業の社会復帰効果が高まるのではないかと指摘をした。矯正局側は物理的に本人の希望にいつも添うことは難しい、本人の希望も一要素としては斟酌していると説明があった。再度、日弁連側からは少なくとも、希望を聞き置くだけでなく、希望に添えないときは本人への丁寧な説明が必要ではないかと指摘した。
5 作業報奨金・報酬と保険制度
日弁連側から、作業報奨金・報酬に作業に対する対価性があり、金額が極めて低額な実情は小手先の改善によって変えることは難しい、財政当局の理解を得るためにも制度を変え、賃金制を採用すべきではないかと主張した。ドイツ連邦憲法裁判所判決(1998・7・1)が、平均賃金の5パーセントの作業報酬が社会復帰のための処遇として低額すぎるとしてこれを違憲とし、20パーセントへの速やかな改善を求めている(但し、実際の法改正は州政府の財政事情から7パーセントに留まった)。オーストリアでも、平均賃金の20パーセントを支払うという改革が矯正局長のリーダーシップで実現していることを紹介した。そして、作業報酬の増額のための予算獲得の作業を日弁連と法務省の共同で取り組もうと呼びかけた。
 また、日弁連側から、就業時間や休息などについても、実態は労働基準法に準じて実施されており、このような実状をふまえて、原則として、一般の労働法令を適用するものとできないか、すくなくとも刑務作業中の労働災害に対する補償は低額に過ぎ、労災と同等の保障を行うべきと主張した。そして、このような補償の実現のためにも、賃金制の採用が必要ではないかと主張した。
 これに対して、作業賞与金・労災補償が低すぎて、改善の必要があることは矯正局側も認めたが、財政当局の厳しいシーリングのある中で、毎年3パーセントずつの改善を評価して欲しいと答えられた。

第3 受刑者に対する教育についての意見交換の内容

1 教育活動に関する国連犯罪防止会議勧告
 勉強会の討議は教育の問題に移行している。日弁連側では、1990年5月月国連犯罪防止会議の刑事施設内における教育に関する勧告を紹介した。
「2項 加盟国は
 a 犯罪を防止し、受刑者を再社会化し、再犯を減少させるうえで、大きく貢献できる様々なタイプの教育を提供しなければならない。
b 拘禁に代わる代替措置と受刑者の社会的なリセツルメントの手段の使用を増大させることを考慮しなければならない。
3項 加盟国は教育政策を発展させるにあたって、以下の原則に留意しなければならない。
a 刑務所における教育は受刑者の全人格の発展を目的とするものでなければならない。
b すべての受刑者は次のような教育に対するアクセスを持たなければならない。
読み書き・基礎的な教育・職業教育・創造的、宗教的、文化的教育・体育、スポーツ・社会教育・高等教育・図書施設の利用
c 受刑者が刑務所における教育のあらゆる側面に活発に参加することを奨励するようにあらゆる努力がなされなければならない。
d 刑務所内の行政と管理に当たるすべての人々は可能な限り教育を推し進め又は支持しなければならない。
e 教育は刑務所体制における欠くことのできない要素である。教育活動に参加する受刑者に対する不利益な取り扱いは避けなければならない。
f 職業教育は個人の発展を目的とするものでなければならず、また、労働市場におけるトレンドに敏感なものでなければならない。
g 創造的文化的活動に重要な役割が与えられなければならない。なぜなら、これらの活動には彼ら自身を発展させ、表現できるようにする特別な潜在力が認められるからである。
h 可能なところではどこでも、受刑者は刑務所外の教育に参加することを認められなければならない。
i 教育が刑務所内で実施される場合には、外部の地域社会は可能な限り全面的にこの活動に参加しなければならない。
j 受刑者が適切な教育を受けることができるよう、必要な財源、装置、教育スタッフが利用可能でなければならない。」(訳 海渡雄一)
2 日本型の行刑の理念と国際水準
 日弁連側から、日本的な更生と国際基準における再社会化は異なる点があるのではないか、すなわち、日本的な矯正概念には「苦痛を与えて再犯の気持ちを絶たせる」という考えがあるのではないかと指摘した。そして、このような考え方は受刑中の時間を「意義のある活動」の時間とすることと矛盾しており、見直しが必要ではないかと指摘した。
3 イギリスにおける「意義のある活動」概念の紹介
 また、海外調査の成果を踏まえて、イギリスにおける受刑者に対する「意義のある活動」(purposeful activity)と判決管理・計画(sentence management and planning)を紹介した。矯正と保護を統合し、再犯リスクの低減を目的として、受刑中の時間を犯罪者の時間を最善のやり方で使用させるものが、「意義のある活動」概念である。この概念は受刑者ごとに作成される「判決計画」の中核をなすものであり、職業訓練、教育、犯罪的行動(Offending Behaviour Program)に対するプログラムなどを総合したものである。
 今後、日弁連としては、教育と作業・職業訓練、カウンセリングなどを統合した「意義のある活動」概念を日本でも導入し、再犯のリスクを減らすという目的にそって、そのために意義のある活動を展開するという刑務所の新しいあり方を提言していきたい。この点については、時間不足のため、矯正局側からの回答は次回に持ち越されている。

第4 今後の予定

今後の予定については5月18日に次回が予定されている。次回は教育関係の残りをやる予定である。今後、日弁連側としては、次の事項の討議を希望している。
1 受刑者の処遇総則関係として
 受刑者処遇の原則について、受刑者処遇の分類基準、拘禁の程度のもっとも緩和された形態として開放処遇を位置付けて、分類制度の中で開放処遇を議論すべきではないか、受刑者処遇の個別的処遇計画の策定手続きとこの手続きへの受刑者本人の参加について、受刑者の処遇に当たって社会との連携を図ること、高齢受刑者の処遇について、未成年・若年受刑者について議論することを提案している。
2 処遇に当たっての心理学的アプローチ
 また、教育の中でも議論したが、心理学的なアプローチの矯正における位置づけ、本人同意を実施の条件とすること、個別カウンセリング・グループカウンセリング・ディスカッションなどの処遇技法、被害者との和解プログラム(リストラティブ・ジャスティス)、性犯罪者に対する特別プログラム等についても話し合いを求めている。
3 受刑者の外部世界とのコンタクトについて
 外出外泊制度、面会、通信、電話利用についても話し合うことを提案し、この点を勉強会の論点とすることは合意されている。

第5 勉強会の課題

1 感じられる矯正局の前向きの姿勢
 この勉強会を通じて、情報公開や海外の実情から学ぼうとする姿勢など、矯正局が前向きに行刑の改善に取り組もうとしている姿勢は明らかに感じられた。このことは、日弁連と法務省の新たな信頼と協力関係の基礎となりうるものであり、大事にしていく必要があろう。
2 法務省の改革への展望が明確でない
 しかし、具体的な制度改革の展望となると、必ずしも明確ではない。法務省は作業報酬を引き上げる必要性があると考えていることは理解できるが、賃金制度の採用を訴えていこうとする姿勢は見られない。この勉強会の出口でどのような改革のプランが合意できるについては、慎重な見極めが必要であろう。
3 全ての被拘禁者処遇を対象にしたいとの新たな提案にどう対応するか
 まだ、正式の提案ではないが、ワーキンググループのための準備会合の中で、矯正局側の希望として、狭義の受刑者処遇だけでなく、未決の処遇や規律秩序などの課題についても日弁連と勉強会をしたいという話があった。日弁連と矯正局の間に信頼関係が芽生えてきていることの現れとも考えられ、提案自体は前向きに受けとめる必要があるだろう。しかし、規律秩序や未決・死刑確定者の処遇などについて、合意にこぎ着けることは受刑者処遇以上に困難な課題である。どのような対応が行うか、日弁連内でも真剣な議論を行う必要があるが、監獄人権センターの会員の皆さんからもご意見を頂きたい。