ところが、広島拘置所では、被拘束者が入所した後に内視鏡の検査をしているものの、その検査により食道静脈瘤が発見されていたのにこれを軽度のものとして黙殺しようとした。また、被拘束者が肝硬変に対して、肝臓の薬を服用していたとの申出をしても、広島拘置所の医師は当初は投薬を実施しなかった。
これに対し、被拘束者は1997年5月に生命の危険を感じて、当時の刑事弁護人を通じて、勾留執行の停止や保釈請求を行った。しかし、これらの請求は容れられなかった。
そこで、新たに刑事弁護人に就いた原田香留夫弁護士と足立が、1997年6月6日に人身保護法に基づいて、国際人権規約上あるいは監獄法上、拘置所には被収容者の健康状態に十分注意し、その生命身体の安全を守るべき義務があり、被収容者の病状に対し拘置所内の診察、治療では対処できない時には、外部の医療機関で診察を受けさせ、検査結果によっては手術を受けさせたり、適切な処置をしなければならないとして、外部の医療機関での適切な検査・治療を受けるための移送を求めて、人身保護請求を行った。
この期日の後に、拘置所側から、処遇部長の陳述書や被拘束者のカルテ等が提出された。当方は、それらの資料に対し、1997年6月20日に準備書面で、広島拘置所での医療措置が不十分であることを指摘し、また、大阪刑務所で受刑中に医療においての注意義務の不履行で肝細胞癌の発見が遅れたために国賠訴訟になっているケース等を指摘して主張した。
その上で、「監獄の長が当該疾病に対する適切な検査、治療を施さないまま、右被告人を拘束し続けることにより、右被告人の生命、身体に重大な影響を及ぼすことが顕著であると認められる場合については、監獄の長は、右被告人に対し適切な治療を受けさせるべく必要な措置を取るべき義務が認められ、監獄の長がこれを怠り、右被告人を漫然勾留場所に拘束した状態で放置する時は、その裁量権を考慮しても、著しくかつ、顕著な違法性が認められ、人身保護法による救済が認められるべきである。」として、一般論として、生命、身体に重大な影響を及ぼすことが顕著であると認められる場合について、人身保護法による救済が認められる場合のあることを承認した。
ただ、勾留場所に要求される当該疾病に対する検査、治療のための設備、能力についての程度について、「当該疾病に対するものとして、一般的に是認され得る程度の設備、能力で足りる」とした。
その上で具体的事情の検討を行っているが、検査、治療のための設備、能力について、広島拘置所と広島刑務所が連繋して適切な措置を講じうる態勢にあるとするものであった。
そして、被拘束者の病状との関係で判断しているが、拘置所としても検査、診断の結果に応じて、講じている措置もあるから、「被拘束者に対し、適切な治療を施さないことにより、被拘束者の生命、身体に対して重大な影響を及ぼすことが顕著であるとまで認めることはできない。」とされ、結論として、決定で棄却された。