浜田拘置支所保護房熱射病死事件で国賠を提訴

水 野 彰 子 (島根県弁護士会)


  1. 保護房で熱射病死

     1996年7月25日未明、島根県浜田市にある浜田拘置支所の保護房内で、男性受刑者(「Aさん」とする)(44歳)が死亡した。死体検案書によれば、死因は熱射病であるが、未だ、正式な司法解剖の結果は出ていない。
     Aさんは、道路交通法違反(酒気帯運転)で懲役2ヵ月の実刑判決を受け、7月19日に拘置支所に収容されたばかりであった。折から、山陰地方では酷暑が続いていた。
     遺族から相談を受けた時点で、妻波弁護士と私が得ていた情報は新聞報道と拘置支所長が作成したという経過に関するメモのみ。それらによると、Aさんは、7月20日から手が震えて字が書けない、暑い、などの症状を訴え、7月22日には意味不明の言動を呈し、さらに同日午後9時50分ころ大声を出して暴れるなどしたため、保護房に拘禁され、同月25日の死亡前まで意味不明の言動が続いていたとのことである。
     一体、保護房内で何があったのか? 暑さの過ぎ去らぬうち、早速証拠保全を申し立てることとなった。

  2. 真夏の証拠保全

     8月8日、松江地方裁判所浜田支部に郵送で証拠保全を申し立て、同月14日、本件の証拠保全決定が出された。
     決定は、保護房の構造等の検証と広範囲にわたる書類の検証を認めた。長くなるが、次に主文を引用する。

    「一 島根県浜田市殿町980番地所在の浜田拘置支所に臨み、次の各物件を検証する。

    1.   浜田拘置支所に保管されている別紙物件目録記載の物件
    2.   A(昭和27年1月29日生・平成8年7月25日死亡)が、平成8年7月22日から同月25日まで拘禁されていた保護房の構造及び同房内の温度
    3. 監視ビデオモニター
    二 右証拠調期日を平成8年8月16日午後1時30分とする。
    三 右1の物件についての提示命令の申立てを棄却する。
    (別紙)  目 録
    一 A(昭和27年1月29日生・平成8年7月25日死亡)が平成8年7月19日から同月25日までに受けた診療に関する左の書類等
      1 診療録
      2 医師指示票
      3 処方箋
      4 検査所見記録
      5 その他右診療に関して作成された書類等の記録
    二 右Aに係る左の書類等(ただし、平成8年7月19日から同月25日までに関する部分)
      1 収容者身分帳簿
      2 分類調査票
      3 戒具使用書留簿
      4 戒具使用中動静観察簿
      5 保護房使用書留簿
      6 保護房使用中動静観察簿
      7 監視ビデオ等の記録
      8 給食・給水に関して作成された書類等の記録
      9 衣服(私服・囚人服)
      10 同人に平成8年7月22日から同月25日まで使用されていた金属手錠及び革手錠(両手前)
      11 その他同人の動静観察に関して作成された報告書等の書類
    三 平成8年7月19日から同月25日までの期間に関する浜田拘置支所職員の出勤簿、勤務日誌その他職員の勤務状況に関して作成された書類等の記録」

     8月16日の証拠保全で、実際に検証することができたのは、次の書類である。
    「(1)診療録1枚、(2)視察表12枚、(3)親族申告表1枚、(4)戒具使用書留簿1枚、(5)動静記録簿 10枚(7月22日から同月25日までのもの、戒具使用中動静観察簿・保護房使用中動静観察簿も一体となったもの)、(6)保護房使用書留簿1枚、(7)@昼間勤務捺印表7枚、A夜間勤務捺印表7枚」。
     その他の書類等については作成されておらず、ビデオ映像も記録されていないとのことであった。また、監視ビデオモニター、金属手錠、革手錠は警備上の理由により提示を拒否された。
     保護房に関しては、警備上の理由から写真撮影は拒否されたが、内部の検尺及び温度の測定が行われた。保護房の検尺の結果は検証見取図として調書に添付されている。

  3. 提訴へ

     こうして得られた証拠を分析した結果、Aさんの死亡に対する拘置支所の責任が浮かび上がってきた。
     保全された証拠によると、
    @拘置支所は、Aさんにアルコール依存症の既往症があることを収容時から認識していた、
    A7月20日以降の症状、特に、7月22日以降詳細に動 静観察記録簿に記録されたAさんの症状は、アルコ ール離脱症候群の疑いが濃厚であり、Aさんは睡眠 や食事も殆どとることができない極めて衰弱した状 態にあった、
    Bこのような症状を認識しながら、拘置支所側は何ら 適切な医療措置を取らなかったばかりか、却って環境劣悪な保護房内に遺棄・放置し、Aさんを熱射病 乃至アルコール離脱症候群を基礎とする熱射病によ り死に至らしめた
    、 という事件の概要が明らかになった。
     拘置支所側の杜撰な処遇が原因で、収容後たった5日で帰らぬ人となったことに対する責任を追及したい――10月30日、Aさんの遺族は、国に対して約6000万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。

  4. 第1回口頭弁論期日と刑事告訴

     96年12月11日、本件国賠訴訟の第1回口頭弁論期日が開かれた。被告国側には、広島法務局から2名、松江地方法務局から3名、広島矯正管区保安課から2名、松江刑務所処遇部から3名の指定代理人が名を連ねた。
     こんなにたくさんの代理人がつきながら、被告国は請求の棄却を求める一方で、請求の原因に対する認否及び被告の主張については「事実関係を調査の上、追って認否・主張する」としたのみであった。
     既に、事件から約5ヵ月が過ぎようとし、提訴から1ヵ月以上経った段階で、しかも事実関係は被告から得られた証拠を基に主張されているにも係わらず、こんな答弁書しか出ないとは! 司法解剖の結果が未発表であることも関連しているのだろうが、客観的に明らかな事実すら認否を行っていないのである。受刑者の生命・身体の安全に配慮すべき国の態度として許されるだろうか?
     この日の裁判に先立つ12月9日、遺族は、松江地方検察庁に対し、拘置支所長以下職員7名を特別公務員暴行陵虐致死罪で、同拘置支所非常勤医師を業務上過失致死罪で告訴した。告訴は同月13日受理された。(但し浜田警察署は事件発生直後から捜査に着手していたようである。)

  5. これからのこと

     刑事拘禁施設における医療体制・医療措置の杜撰さは、これまでにも多くの事件の中で問題提起されてきた。
     また、保護房をめぐっては、その構造そのものが人権抑圧的なものであることが指摘されて来たほか、革手錠等の戒具との併用によって精神的・肉体的な苦痛を与えるという懲罰的な使用方法や基準を逸脱した安易な使用方法についても数多くの告発がなされて来た。
     本件は、刑事拘禁施設における医療の問題と保護房使用をめぐる問題の双方を含むものであり、それらの杜撰なあり方が受刑者の死亡という重大な結果をもたらした事件である。
     国及び拘置支所職員の責任は、国賠訴訟や刑事事件の中で明らかにされていくであろう。今後も、さまざまな形で本件の推移についてお知らせしたいと考えている。
     本件裁判について、広く皆さんのご支援を賜るようお願い致します。