fuchu inmate suied the addmin
府中刑務所のアメリカ人受刑者
刑務所内の処遇について提訴
秦 雅子(第二東京弁護士会)
1996年7月2日府中刑務所で受刑中のアメリカ人ケビン・ニール・マラ氏が府中刑務所による不当な革手錠使用、保護房収容、恣意的懲罰、奴隷的労働、仮釈放の機会の剥奪等に対して1000万円の国家賠償請求訴訟を提起した。彼の代理人の一人として、事件の概要を報告させていただきます。
<事件の特徴>
- アメリカ人受刑者のはじめての訴訟・・・外国人未決被拘禁者が原告として提起した訴訟は数件報告されているが、外国人受刑者が訴訟を提起した例はまれ。アメリカ人受刑者ははじめて。
- 府中刑務所に対する国際的批判・・・府中刑務所における刑務作業、所内生活についての厳しい規律と体制は、厳しい国際的批判の対象となってきた。この問題は、アメリカ、イギリスなどの海外新聞紙や、国際人権団体、Human Rights Watchのレポート「Prison Conditions in Japan」(和訳「監獄における人権/日本 1995年」現代人文社)、アメリカ国務省の人権レポートなどに取り上げられている。この訴訟はその内容を証明するものになると思われる。
- 訴訟を不可能にするアメ(仮釈放)と鞭(懲罰と暴力)・・・これまで、外国人受刑者は刑務所当局の懲罰や、暴力の圧力の下に、押さえ込まれてきた。また、外国人受刑者は、裁判などを提起した際に、報復として仮釈放の機会を奪われるという不利益を恐れて、裁判を起こすことができなかった。原告は、自らの権利だけでなく、他の同じような状況にある、多数の外国人受刑者の声を代表して、自らの犠牲を覚悟して、この訴訟の提起を決意した。
<事件の具体的内容>
マラ氏は懲役4年6月で1993年3月から収容されている32歳のアメリカ人男性。
- <1>「目を閉じろ」事件と「本を投げた」事件
- 府中刑務所では食事前、食堂に全員入室し着席するまで目を閉じていなければならないという規則がある。1993年6月20日頃、原告が名前を呼ばれたために目を開けたところ、看守が寄ってきて日本語で大声で叫んだり足踏みしたりした。どうしていいのか分からないでいたところ、原告は「反抗」として、10日間の懲罰を課された。
この懲罰の開始の際、原告は本を投げたという理由で、革手錠を掛けられ、2日間保護房に収容された。しかし、原告は看守から「Books Out」と言われたため、急いで本を片付けただけであり、投げたりしていない。原告は、看守にうつ伏せに寝かされ、8〜10人の看守に乗られ、裸にされた上、革手錠を20時間にわたって息ができないほどきつく締められた。又、上半身には拘束衣、下半身には股の割れたズボンをはかされた。
- <2>「ひとりごと」事件
- 1995年12月14日、原告が工場で働いていたとき、頬をかいたところ、窓の外を見た、規則違反だと怒鳴られた。原告がとりあえず、謝ったにもかかわらず、看守は怒り続け、懲罰の手続きに入るため壁に立たされた。全くこちらの言い分を聞かず、些細なことなのに、一方的に怒鳴り続け懲罰を課そうとする看守の態度に驚き途方に暮れた原告は、その看守が立ち去った後小さな声で「Crazy」とつぶやいた。このことで原告は15日間の懲罰を受けた。
この事件が起きる直前、原告は、刑務所の庭で革手錠により左手が麻痺してしまったイラン人と刑務所における処遇について話をしていたところであった。相手のイラン人もなぜか翌日工場を移されてしまったという。
- <3>「水による整髪」事件
- 1996年2月13日、原告は髪の毛の寝癖を直すために手で水をすくって髪になすり付けた。原告は入浴の時以外に髪を洗ったとして、5日間の懲罰を課された。
- <4>独居拘禁と奴隷労働
- 1996年3月原告が日弁連に対して弁護士の派遣を要請する手紙を送ったところ、刑務所当局は、原告を厳正独居拘禁に処した。
- 原告は、この独房の中で座ったまま1日に8時間、週に40時間労働しなければならない。原告の仕事はショッピングバッグの製作である。1ヵ月の作業賞与金(報酬)は1996年5月にはわずか700円だった。
- この金額は、一般的な受刑者の受ける金額に比べても著しく低い。刑務所労働に対して公正な報酬条項を設けることは、国連被拘禁者処遇最低基準規則76条1項の要請であり、原告の極端な低賃金労働は、被拘禁者の人道的処遇を義務づける国際人権規約の10条に違反している。
- <5>仮釈放の機会の剥奪
- 法律は、受刑者に対して刑期の3分の1を経過すると、仮釈放の審査の対象となる資格を与えている。外国人受刑者は概ね、刑期の2分の1程度の仮釈放を受けている実態にある。しかし、懲罰を受けると、「改悛の情」がないとみなされ、仮釈放の対象から外されるという取り扱いとなっている。このような重大な結果をもたらす懲罰の手続が恣意的なものであること自体の違法であり、また、原告が事実無根の、ないし些細な規律違反行為を理由として、拘禁期間が2年以上も増えることとなったことも違法である。
<参考資料>